黒蟻女王、体よく利用されてうんざりする
一旦整理しよう。
魔王様の御息女であるマリエットは本当のアニエスを偽マリエットとして改造した上で封印。自分をアニエスなんだと魔導王国中を洗脳して思い込ませ、挙げ句に自分にもマインドコントロールをかけてアニエスらしく振る舞ってて、今さっき予め仕掛けていた大鏡での解除方法で全てを思い出したわけか。
おかしいと思ったんだ。偽マリエットは十賢者の大半より秀でていたし、十賢者を束ねるティファニーにも劣らぬ優れた魔導師だった。対する偽アニエスは一切魔法使わなかったからな。アニエスに扮してる最中も超能力主体な戦い方なのはいかがなものかとも思わなくもないが。
だからって妾らをあてにして計画を練られてもはた迷惑なだけだったぞ。
十賢者は全滅した。国王は暗殺した。第一王女と第二王女も嵌め殺した。結果として王権と三権全てを握ったマリエットは魔導王国の実権を握っている状況だ。操られて権限を譲渡したティファニーが魔導王国に破滅をもたらしたわけだ。マリエットに洗脳されたのが運の尽きだったな。
「お久しぶりねイヴォンヌ。まさか第三軍へ出奔してただなんてね」
「ええ久しぶり。こっちこそ驚きよ。まさか貴女が人間の国で暗躍してただなんて」
魔王城で魔王女と寵姫の関係だったマリエットとイヴォンヌは当然面識があるか。しかしそんなイヴォンヌでもマリエットの正体が掴めなかったことからも、自分自身に相当強力な洗脳術を施していたんだろう。
「それから軍団長ロザリー。この度の働きは大儀でしたわ」
「そりゃどうも。仕掛け人に労われても嬉しくもなんともないけどな」
一方、魔人形態になってからすぐに軍団長に命ぜられてこの大陸に派遣された妾はマリエットと面識が無い。なので魔王様のご息女だからと彼女に従う義理は無い。魔王様の後継者があの方の系譜だと決められてもいないので義務も薄いか。
魔王軍の立場で言うと軍団長と寵姫はほぼ対等。魔王様のご子息やご息女は妾らより一つ上の立場だが、軍団長には独自の指揮権が与えられているので、魔王様以外の命令に従う必要は無い。
なのでマリエットに不満たらたらな妾の無礼な態度を咎める権利は彼女に無いね。
「ところで、どうしてこんな回りくどい真似をしたのよ? 貴女なら国の中枢を尽く洗脳したら済む話じゃないの。見たところ洗脳や魅了の耐性は無さそうだったわ」
「そんなのでは意味がありませんわよ。私が魔王軍を復活させたいわけじゃないの。だから第三軍団が決起しようがしまいが、私の計画は遅かれ早かれ順調に完了する見込みだったのよ」
「は? それどういうことよ? 元老院議長の座についていたことと関係が?」
「それはね……」
マリエットは視線を妾やイヴォンヌから外し、隣にいたフェリクスに向けた。今まで黙って背中を壁に預けていたフェリクスは黙したままマリエットへと歩み寄る。端正な顔立ちしてる細マッチョが玉座に座った華奢なマリエットの目の前に立つ光景はどうも犯罪臭がするな。
勇者フェリクスと魔王女マリエット。相容れない関係の二人はしばらくの間じっと相手を見つめたまま動かなかった。やがてマリエットが腰を上げ……フェリクスへと抱きつく。フェリクスはマリエットを抱きとめた。
「フェリクス様! お会いしたかったですわ!」
「マリエット。会いたかった。無事で良かった。気が気じゃなかったんだ」
「人間どもがフェリクス様を追放したと聞いた時には怒りと憎しみで頭が沸騰してしまいそうでしたが、こうして私のもとに来てくださり嬉しいです」
「苦労をかけたな。もう離さない。これからは俺が剣となり盾となり君を守ろう」
……。
…………。
………………どういうこっちゃいな?
「イヴォンヌ。説明求む」
「私にだって分からないことぐらいあるわよ」
「どう見たって相思相愛の関係にしか見えないんだけど?」
「だから知らないって言ってるでしょうよ。確かにマリエットは何回か勇者一行と戦っていたけれど、まさかどこかで互いに恋に落ちたとか?」
「そんなの妾の知ったこっちゃねーんですけどー? 許されない恋だろ」
「勿論、三年前の決戦時には自分の思いに蓋をしたようね。ただ、不運だったのは魔王城でマリエットが戦ったのが魔導王国の連中だったって事だけどね」
どうやらマリエットは自分を捕らえた魔導王国を逆に乗っ取って人類の敵扱いされたフェリクスを救うための関連法案を整備しようとしていたらしい。アニエスとして振る舞う間も無意識に思考誘導することで。
フェリクスは囚われの身になったお姫様を救うべく世界中を旅して回り、マリエットは流浪の身になった勇者様を助けるべく安住の地を作っていた。二人して愛する人のために奔走してたってわけだ。




