第一王女、本性を表す
「ご苦労でした魔王軍の皆さん。おかげで思い通りに事が運びましたわ」
「思い通りってどういうことかしら? フェリクスが貴女のものって言ったのと何か関係が?」
突然態度を変えてきたティファニーに警戒したのは妾とイヴォンヌだけ。アニエスは姉の豹変ぶりに理解が追いついていないようで困惑しきりだ。ティファニーが従える分間共は先ほど熱心に打ち合わせしたのと打って変わって不気味なほど沈黙したまま起立している。
「勿論、世界からフェリクス様を孤立させる計画ですわ。魔王軍が消えた世界に勇者は必要なくむしろ脅威である。そんな風に神聖帝国の連中が言い出した時は好都合だと思ったものよ。勇者一行がバラバラになって追い込んでいけば、わたくしが手を差し伸べればとっていただけるでしょう?」
「意味が分からん。だったらどうして魔導王国はフェリクスを指名手配してたんだよ? そなたは王太女の身分なんだから匿ってしまえば良かったのに」
「分かっていませんわね。魔導王国が、ではなく、わたくしがフェリクス様を独り占めしたかったのです。あの魔王城における決戦での勇姿、ひと目見て心奪われてしまいましたわ。そんな彼がわたくしだけを見つめてくださるのを想像して何度果てたことか!」
「それと妾らへの降伏がどう結びつくのかさっぱりなんだけど?」
「勿論、あの忌々しい魔王の娘の処分に利用するためですの。貴女達が虎視眈々とこちらに攻め込む機会を伺っていたのは分かっていましたのでね」
「んん?」
何言ってんだ? フェリクスもイヴォンヌも言ってたけど、あのなんちゃった黒翼人はマリエットじゃなかったぞ。もしかしてティファニーはアレをマリエットだと思い込んでるのか? さっき結んだ条約の項目にも入れてたのに。もしかしてあの偽物で約束を果たしたつもりなのか?
「報告によればフェリクス様ご自身があの泥棒猫を一刀両断なさったそうですわね。あとはわたくしがフェリクス様を迎えに行けば必ずやわたくしの手を取ってくださることでしょう」
「そんな……。お姉様、まさかそのために魔導王国を差し出したのですか? 一体どれほどの民が犠牲になったかと……!」
「はっ。有象無象の輩なんていくら積んだってあの気高いお方とは釣り合わないわ」
「な、んていうことを……」
アニエスは愕然としながら椅子に崩れ落ちる。まさかの王太女のご乱心だ、そりゃあこれまで懸命に妾らに抵抗してきた努力に砂かけられたんだからな。それも恋路とかいう理解不能な感情によってな。
くだらないネタばらしに辟易していたら、ティファニーが徐ろに手を上げた。途端、部屋の天井から何やら空気が入り込む音が聞こえてくる。これは……もしかして殺虫剤でも噴射してるのか?
「あとは貴女達二匹を生け捕りにして洗脳、わたくしの傀儡にしてしまえば言う事無し。魔王軍の一角を手中にした魔導王国には神聖帝国だろうと手出しは出来ませんわ。フェリクス様は安心して隠居生活を送れるというわけです」
「それで終戦条約締結って名目で妾らを誘い出したのか」
「飛んで火に入る夏の虫とは正に貴女達のことですわね。さあ、わたくし共の輝かしい未来のために大人しくして頂戴」
「はぁ~。いや、それで勝った気でいるなんてとんだお笑いだぜ」
妾は足を組んだままテーブルに肘を乗せてアゴを手に乗せる姿勢のまま相手を見据える。イヴォンヌは用意された水を優雅に飲み、アニエスは何やら見えない盾だか傘だかを形成して降りかかる殺虫剤にかからないようにしているようだ。
殺虫剤がかかってきて気持ち悪い。けれど生け捕りにするつもりだったのか身体への異常はそんなでもないな。これなら中和する毒の生成は簡単。全身から発汗して殺虫剤を洗い流してしまう。
「へえ。さすがね。けれどこんなのはほんの小手調べですわよ」
妾達をはめる策が失敗に終わったのにティファニーは余裕げに微笑んでくる。彼女は虚空より自分の杖を出現させると構えてきた。へえ、どうやらティファニーは戦える王太女らしい。
妾も椅子を引いて立ち上がった。イヴォンヌは横着して座っていた椅子を蹴って立ち上がる。アニエスも椅子を引いて立ち上がり、なんとティファニーに対峙するような向きを取った。
「お姉様……いえ、国賊ティファニー。貴女を国家転覆の罪で告発します」
「あら、国家元首代理の地位を与えてあげた恩を仇で返すの?」
「信じていたのに……尊敬していたのに! お姉様のことを王国を背負うに相応しい方だと、勇者一行に劣らぬ英雄だと!」
「女は恋を知れば変わるものですわ。覚えておきなさい」
ぎり、と音が聞こえてきそうなぐらいアニエスは歯を噛み締める。
まーこっちとしてはティファニーが色ボケしてようがトチ狂ってようが、妾達に悪意を向けたという事実があれば充分だ。ブチのめせばいいだけだから話が単純になって大助かりだしな。
「けどよ、魔導王国ご自慢の十賢者とやらは大半を片付けてやったぞ。なのにそなた一人で妾らを相手しようというのか?」
「ええ、問題ありませんわ」
ティファニーが杖の先端に魔力を込め始める。
その質、その量、その流れ。どれを見ても彼女の力量が桁外れなのが分かった。
それこそ先日対峙した十賢者三人どもよりも脅威に思うぐらいに。
「わたくしこそ十賢者筆頭、魔導王国の頂点に君臨する魔導元帥ですもの!」
ティファニーが攻撃魔法を放つ。これは魔砲魔法マジックキャノンか!
単純に魔力を破壊光線に変換してぶっ放すだけの一般攻撃と言っていい。魔法使い見習いでも出来る簡単な魔法だが、極めれば山一つ吹き飛ばすほどの威力にもなる。魔導師の力量を計るならこの魔法を見ろってぐらい実力に比例するな。
回避行動を取った妾のすぐ傍を通り抜けていった破壊光線は後ろの壁を貫通していく。そのままの勢いに任せて窓を叩き割った妾は外へと飛ぶ。翅を羽ばたかせて宮廷の中庭に着地した。見上げたら窓から外へと破壊光線がいくつも抜けていき、直後に窓からイヴォンヌが飛び出してきた。
「さすがに会談の場をひっくり返してくるのは想像してなかったわ」
「もうちょっと賢いかと思ってたんだけどなぁ。考えが甘かったか」
「どうする? 逃げる? 倒す?」
「倒すに決まってんじゃん。あんな危険な奴を放ってはおけない」
破壊光線をくぐり抜けて今度はアニエスが空へと飛び、何故か妾らの傍に降りてくる。勢いよく着地てすぐに上方を睨むが、会議室からこちらを見下ろすティファニーは追撃してこないで中庭の少し離れた位置に降下してくる。
「二人がかりで? それともどっちかが一対一で?」
「二人がかりの方がいいかなぁ。魔砲魔砲で飽和攻撃されたら面倒くさい」
「加勢します。今のお姉様は魔導王国としても見過ごせません」
「あ、そう。好きにしてくれ」
何でこんな魔導王国攻略の最後がこんなくだらない戦いになるんだ。
愛に狂った王太女兼魔導元帥だなんて洒落になってないぞ。
こうなったらことが片付いたらフェリクスの奴をどうしてくれようかな。
とまあそんな先のことを考えるのもそこそこに、妾は敵へと飛びかかった。




