雷撃勇者、魔導研究所に侵入する
■(第三者視点)■
ロザリー率いる魔王軍第三軍団が魔導王国を守る砦を陥落させた後、雷撃勇者フェリクスは魔導王国軍の敗残兵にまぎれて首都入りを果たした。目的は勿論、魔導王国に捕らえられている魔王の娘マリエットの救出である。
魔導王国軍が敗残兵の身元を照合している間にフェリクスは抜け出し、一路首都の中央に位置する宮殿に向かった。戦時体制でも宮殿の警備は厳重であったが、一瞬であろうと雷のごとく速く動けるフェリクスにとって掻い潜るなど造作もなかった。
宮殿は王族の住まいの他元老院、国務院、最高法院が置かれる政治の中枢である。フェリスクは敷地内にある魔導王国を魔導国家たらしめる最先端の魔導研究所へと駆け抜けた。
フェリクスは他の職員が認証で扉を解錠して通り抜ける度にすり抜け、奥へと進んでいった。彼は監視に引っかからないままとある者の研究室へと足を踏み入れる。魔導研究所内でも最大の面積がある十賢者の一人、ドミニクの研究室へと。
「ひょっひょっひょっ! やっぱり来なさったか!」
書物と紙束が所狭しと敷き詰められている部屋の奥、十賢者ドミニクが椅子を回転させてフェリクスの方を向く。フェリクスは無言のまま剣を鞘から抜き、その切っ先をドミニクの方へと向けた。
「十賢者ドミニク。お前たち魔導王国が捕らえているマリエットのもとへと案内してもらおう」
「まあ落ち着きなされ。剣を突きつけられたら怖くて話も出来ませんなぁ」
「それとあの悪趣味な紛い物は何だ? ティファニーは何を企んでいる?」
「魔王の娘なら無事ですぞ勇者殿。少なくとも今のところは、ですがね。この先どうなるかは貴方様次第ですな」
フェリクスは歩みを止めず、しまいにはドミニクの喉元に剣が触れる間合いまで詰め寄った。切っ先が皮膚を傷つけて血が滲み出る。しかしドミニクは全く臆さず、それどころか愉悦を味わうようにニヤけ顔のままフェリクスを見据えていた。
「悪趣味な紛い物とは、はて? もしやあの魔王の娘を再現しようとした吾輩の作品のことを言っておりますか? いやはや、結構魔王の娘に似せたつもりでしたが勇者様の目は欺けませんでしたか!」
「いや、あの偽装は憎らしいほど見事なものだった。外見を似せるだけでなく彼女を知っている者が彼女だと誤認するよう術を施していたな」
「左様。そうやって魔王の娘マリエットが封印され続けた挙げ句に我ら魔導王国の傀儡として最後を迎えた。そんな筋書きですじゃ」
ドミニクは包み隠さず白状する。砦の外でイヴォンヌと死闘を繰り広げた魔導師の正体が何かを。無論フェリクスは不愉快だとばかりに顔をしかめる。しかし剣で目の前の怨敵を突き刺さないような理性はまだ残っていた。
「紛い物の背中に縫い付けられた黒い翼はマリエットのものだ。彼女からもいだのか?」
「まさか! 魔導王国の錬金技術であれば身体の一部分を創り出すなど容易いですぞ。ホムンクルス製造のちょっとした応用でございますじゃ」
「素体は人間だったとイヴォンヌ……シロアリの女王が言っていたぞ。何故そんな回りくどい真似をした? 立案者が俺の想像通りだったらマリエットを直接洗脳してアリの真女王達にけしかければ済んだ話だろう」
「さて? 吾輩は存じませんなぁ。何せあのお方からのご命令にしたがって提供された素体をそのまま使っているだけですのでね」
ドミニクは「よっこらせ」と大げさに呟きながら腰を上げた。作業机の上は書物や紙束が散乱する周囲と裏腹に整頓されていた。まるでこれから死地へ向かう前に身辺整理をやったかのように。
フェリクスはドミニクが勝手に動こうとも特に何もしなかった。それどころか剣を鞘に納めて彼の後を付いて行く。ドミニクは部屋から出て、廊下を抜けて、やがて魔導研究所建屋から外に出た。
「それでは案内いたしましょう。マリエットの元へね」
「……何を企んでいる?」
「ひょっひょっひょっ! この我輩が? まさか! 吾輩は全てあのお方のお仰せのままに動いているにすぎませんぞ!」
宮殿の方から爆発音が轟いてきたのは直後のことだった。




