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黒蟻女王、降伏条件を詰めていく

 意外にも妾とイヴォンヌはきちんとした会議室に招かれた。アニエス曰く国同士の正式な会談で使用する部屋らしく、席の並びからも妾らを自分達と対等に扱っているとのこと。イヴォンヌは負けを認めたくせにと不満げだが、妾は納得した。


「さて。では改めて。わたくし共は貴女方魔王軍第三軍団に降伏する意思がありますの。そこでまずは貴女方の要求を聞かせていただけないかしら?」

「じゃあまず一つ目。貴国には魔王軍第三軍団の傘下に下ってもらう。まずはその事実を認めてもらおう」

「他の条件次第ですわね。続けていただけない?」

「二つ目。魔王城での決戦で戦利品として預かった魔王様の御息女マリエットを引き渡してもらう」

「いいですわ。数日中には必ず」

「三つ目。これまで侵攻した領土内にデモンアントとナイトメアターマイトの巣を作ることを認めること。そっちの生活に支障が出るほど繁殖するつもりはない」

「それもいいですわ。細かい条件は後ほど詰めましょうか」

「四つ目。これまでの侵攻で獲得したそっちの兵器は戦利品として押収する」

「目録を作成した後に譲り渡しを認めますわ」

「以上」


 妾はイヴォンヌに視線を向けるも彼女も要求事項は無いようだ。しかしこちら側の要求を聞いて一番驚いているのはアニエスだった。混乱しっぱなしの彼女は用意された水を飲んで自分を落ち着かせる。


「え、と。それだけですか?」

「それ以上は望まない。ああ、新しく作る巣の周りの魔物は餌用に捕獲したいかな。川から水も得たいし。近隣に住む人間と遭遇した場合は条件によって対応を分けた方がいいかな」

「そんなんじゃなくて、領土を割譲しろとか年に何人の生贄を差し出せとか魔王軍の尖兵として他の国に侵攻しろとか、無いんですか?」

「嫌だ。面倒くさい」


 はっきり言って妾は人間社会を支配するのに全く向いてない。だって理解出来ないんだもの。勉強する気も無いし。デモンアントの食料も自然発生する魔物を狩れば足りるから、人間牧場なんて要らないね。


「魔導王国の領土は今回の進行前、つまり魔の森手前まで戻す。そこまでならどこに村や都市を作ってもいい。ただし妾らの巣が真下にあっても文句は言うなよ」

「本当に魔王軍が占領したという事実があれば実体が伴わなくてもいいのですね」

「無論、魔王軍や魔王様に歯向かおうものなら容赦はしないがな」

「……市民には厳しく指導いたしましょう」


 アニエスはティファニーへと頭を下げた。勝手な発言失礼しました、って意図だろうか。ティファニーは全く気にせず手が止まっていた書紀に記録を再開するよう注意する。身体をびくっとさせた書紀は慌てて筆を動かし始める。


「この会議は無条件降伏の申し入れではないとは理解いただけてますわよね?」

「条件次第だな。あまりに図々しいようなら全部蹴って総力戦してもいいんだぞ」

「では魔導王国側からの要望一つ目だけど、現時点でそちらの捕虜になっている人々を解放してもらえないかしら?」

「いいよ。撤退する時に街に残していく」

「二つ目ね。貴女方がこちらに返還する領土に巣を作っても良いけれど、わたくし共の生活を脅かす真似は慎むようにしていただきたいの」

「保証はしかねるけれど努力することは約束する。少なくともそっちがちょっかい出してこない限りは干渉しない」

「三つ目。魔王軍に帰属すると言っても主権は以前わたくし共にあることの保証と、魔王軍の尖兵とはならなくていいって保証を頂きたいの。人間同士争えだなんてまっぴらごめんだもの」

「受け入れる。元より当てにしてない」


 その他の細かな決め事はイヴォンヌに一任した。さすがは寵姫だけあって政や交渉は彼女の方が上手いな。妾の大甘な大方針には不服のようだけれどきちんと尊重してくれているのが嬉しい。


「ひとまずはこれで条約を締結して……」

「あ、ごめん。肝心なこと忘れてた。この戦争の発端になった問題を解決したい」


 妾から以前聞いているアニエスの表情が曇った。一方のティファニーを除く魔導王国の文官共はまるでこちらが沈黙を破って攻め入ってきたのがきっかけだろ、と恨み満載で睨んできやがる。


「聞きますわ」

「五つ目。人類連合が合意した勇者一行の追放ならびに指名手配を無効とすること。魔導王国の法に背かない限りはその身分と安全を保証しろ」

「なっ……!」


 妾が突きつけた要求に文官の一人が声を上げて立ち上がった。ティファニーに鋭い視線を送られて失態に気づき、慌てて席に座り直す。気持ちは分からんでもない。これで魔導王国も晴れて人類の敵に早変わりだものな。


「雷撃勇者フェリクスの追手がこっちの縄張りを侵害してきた。専守防衛で開戦したんだからその原因を取り除きたいのは当然だろ」

「いや、しかし……」

「嫌なら嫌とハッキリ言え。譲るつもりはない。この協議にも同意しないからな」


 沈黙が会議室に漂う間もティファニーは書記に記録させ続ける。そして出来上がった合意書をまずティファニー達魔導王国側が、そして妾とイヴォンヌの魔王軍側が目を通す。うん、きちんと互いの要望が網羅されていると確認出来た。


 まずは妾が指にインクを付けて名前と立場を記す。そして手のひらから分泌した毒素で紙に焼印を施す。今度は砦での降伏受諾で押した魔王軍第三軍団長としてではなく魔王軍として。それから会議テーブルの上を滑らせてティファニーに渡してやった。礼儀がなってない? 田舎者に期待すんな。


「……」


 しかしティファニーはそよ風を発生させて合意書をアニエスへと送ってしまう。しかもテーブルの上に置かれた魔導王国の国璽と共に。驚愕するアニエスが何か言い出す前にティファニーはテーブルを指で叩いた。


「アニエス。既に元老院の承諾は得ているから貴女が署名なさい」

「お姉様! いかに元老院議長といえど私にはそんな権限など……」

「ああ、第二王女アニエスは本日付で魔導王国首相並びに法院長官に任命されていますわ。三権を束ねる者は国家元首の代理として充分ではなくて?」

「……は?」


 一体何を言っているんだ、と理解に苦しむ様子のアニエスだったが、ティファニーの全く笑っていない視線が突き刺さる。アニエスは顔を青くしながらも震える手を抑えて、やっとの思いで自分の名と三つの肩書を記し、国璽を押した。


 これにより魔導王国はこの世から消滅。旧魔導王国自治領が誕生した。


 結果だけを見たら何も文句無いんだが、魔導王国側の動きが意味不明すぎる。何故王太女のティファニーじゃなく捕虜のアニエスにわざわざ立場を追加して署名させたかさっぱりなんだが?


 アニエスの背後に回り込んだティファニーが両者の署名とハンコがきちんとされていることを確かめると、契約魔法ブラッドコントラクトを発動。魔王軍と魔導王国の間でこの血の盟約は正式に結ばれる。


 直後、突然ティファニーが笑い出す。

 歓喜に打ち震える彼女は魔導王国の連中も魔王軍の妾らも眼中に無かった。

 恍惚の向けられた先はすぐに彼女の口から語られた。


「ああっ、これでようやくフェリクス様をわたくしのものに出来ますわ!」


 は? 一体、どうなってるんだ……?

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