第一王女、降伏を持ちかける
結構な犠牲を払って魔導王国首都を守護する砦を攻略した妾らは事後処理を子らに押し付け……もとい、指示してから砦を出陣した。魔の森の巣からの増援で補填したので首都も陥落出来るだろう。
と言うかこれで攻め落とせないと本格的にヤバくなる。魔の森の巣の予備戦力はもう無いのでこれ以上の補充は無理。女王に追加の卵を産ませまくっても普通に育てたら成虫になるのは半年先の話だからな。
「これで遷都されて徹底抗戦に入られたらどうしよ?」
「電撃作戦を諦めて長期戦に切り替えないと無理ね。こっちもそろそろ限界だもの」
「本腰入れて全面戦争に入ると血みどろの争いになるから出来るだけ避けたいなぁ」
「それは魔導王国側がどれほどの犠牲を許容するか次第でしょうね」
進軍する間、妾はイヴォンヌと他愛ない会話で時間を潰す。正直妾とイヴォンヌだけだったら子らと意思疎通するのと同じようにフェロモンだけで充分なんだが、言葉を交わさないと魔人形態になった意味が無いからな。
「十賢者とかいう実力者はあと二人だっけ。妾やイヴォンヌに敵わないって分かってるのに戦争を継続させて勝機あるもんなのかぁ?」
「さあ? 人間は不合理な生き物だもの。矜持とか意地とかで暴走することだってしょっちゅうでしょう」
「戦略兵器も潰してるのにぃ? 人間共の懸命な選択を期待したいところだね」
「それより私達に差し向けられたあの刺客がどんな意図で作られたのか確かめないとまずいんじゃない?」
そうだよなぁ。魔導王国側では魔王様の御息女として認識されてた存在だがその正体はどこの馬の骨とも分からん輩で、しかも人間。魔導王国ほどの列強国が他の国に騙されて偽物掴まされたとは思えないから、魔導王国内でマリエットと偽物がすり替えられたことになる。
アニエスの話が正しければ偽物が三年間封印されていたのは間違いないらしい。偽物の洗脳には十賢者の一人が関わってたそうだが、フェリクスの主張通りそいつがこの件に関わっているかは未知数だ。偽物の実力は本物だったのがますます疑問に拍車をかけてるんだよなぁ。
「やめだやめ。魔王様の御息女を救出するって目的に変更は無いんだから、それに専念すべきだな」
「……それもそうね。複雑に考えても頭がこんがらがるばかりだし。で、彼女は連れてきて良かったの?」
「人質みたいなものだ。交渉の材料にする。あわよくば面倒事は彼女に全部押し付けたい」
「そう、ご随意に。私は客将だもの。ロザリーの方針に従うわ」
二日後、充分に休憩を取りながらの行進を経て妾らはついに魔導王国首都を包囲した。防衛兵器の射程範囲に入らないように包囲するが、あえて一方面だけ部隊は差し向けないでおいた。案の定そこから一般庶民の避難が続けられたようだ。
まずは相手の出方を伺ったが、半包囲網が完成するまで敵軍に目立った動きは見られなかった。むしろ不気味に思えてくるほど静寂を保っている。まるで嵐が通り過ぎるのを巣の中でじっと待っているかのようだ。
「準備整ったし、そろそろちょっかいぐらいかけてみる?」
「いや、待った。何かがこっちに向かってくる」
首都の方から飛空艇が何隻かこちらに向かって飛んでくるな。見た感じこちらを攻撃する兵器は装備してなさそう。かと言って移動用だって油断してたら中から突然歴戦の大魔導師が現れて大魔法ぶっ放してくる可能性もあるしなぁ。
妾はそんな可能性も視野に入れて捕虜にしていたアニエスを前に連れてくる。さすがに第二王女を犠牲にする強硬策に打って出たりはしないだろ。……もし手段を選んでこなかった時のために妾とイヴォンヌは少し距離を離すか。
しかし飛空艇は妾達より手前に着地し、中から何名かが降りてきた。いずれも文官や魔導師のようだがこれから死地に望む絶望感や覚悟は見られない。そのうちの一人は明らかに別格といった正装に身を包んでいた。
「貴女がこの軍団を統括する方かしら?」
「いかにも。妾が魔王軍第三軍団長、他の者は妾をロザリーと呼ぶ」
「ごきげんよう。わたくしは王国王太子である第一王女のティファニーですわ。一時的に元老院議長の座も預かっていますの」
ティファニーを名乗った女性は優雅にお辞儀した。大量のソルジャーに囲まれながら一切怖気づかずに堂々とした様は素直に関心する。しかし、凛とした物腰の中にどうも得体のしれない何かが潜んでいるように臭うのだが……。
「で、王太女様が一体何の用で?」
「これ以上の抵抗は兵士や民に犠牲を強いるだけでしょう。よって降伏する意思があるので、条件の打ち合わせの場を設けました。よろしければ来ていただけない?」
「罠の可能性は? 一室に閉じ込めて殺虫剤を充満させるとかさ」
「あら、魔王軍軍団長を懐に招き入れる此方側が戦々恐々としていますのよ」
妾はイヴォンヌと顔を見合わせる。妾だけが行こうと思ってたらイヴォンヌも行く意思を見せてきた。どうやら彼女もティファニーから何かを感じ取ったらしい。まあ、妾達がいなかろうと妾の子らには何ら支障はない。必要に応じて他の女王が進化して穴を埋めるだろうからな。
妾とイヴォンヌがティファニーの提案に乗って飛空艇に乗り込んだ。捕虜扱いのアニエスも連れて行く。彼女はこれから魔王軍に降伏しようとしている自分の国については黙して語らなかった。




