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第二王女、アリの軍勢に降伏する

 ■(第三者視点)■


「もはや我々は檻の中に閉じ込められた……いえ、虫かごの中の餌に過ぎません。将軍、総員に直ちに退避命令を」

「議長閣下、しかし……」

「少しでも人員を首都に返して次に繋げるべきでは? 玉砕覚悟で突撃しても無駄死にするだけでしょう」

「……承知いたしました。直ちに」


 砦司令官はアニエスの指示を受諾、防災設備による緊急放送で砦全体に撤退戦に移る旨を通達した。それを受けて外壁で防衛に当たっていた部隊も徐々に後退してゆく様子が窓からも確認出来た。


「確かこの砦には万が一敵の手に渡った時のために自爆装置が付いていると噂で耳にしたことがありますが?」

「ありますが、お使いになられますか?」

「……いえ、先程会話して分かりましたが、敵の軍団長は降伏すればそう無下には扱わないでしょう。差し出す首は私一人いれば充分でしょうから、将軍と司令は直ちに避難を」

「議長閣下! しかし……!」


 反対の声を上げた将軍へアニエスは封筒を差し出す。記された宛先は第一王女ティファニー。それが何を意味するかは明白だった。返そうとする将軍をアニエスは無言のまま手で制した。


「中には元老院議長を委任する旨を記しています。必ず王太女殿下にお渡し下さい」

「……御意に」


 もはや決意は揺るがないと諦めた将軍と砦司令官はアニエスに敬礼し、部屋を後にした。これから少しでも兵士達を逃がすための陣頭指揮に取り組みつつ、転移室で首都までひとっ飛びすることだろう。


 騒々しさが段々と近づいてきて、やがて執務室の扉がゆっくりと少しだけ開かれた。廊下からの視線は素早く部屋の中を伺って待ち伏せが無いことを確認、中へと視線の主である招かれざる客が堂々と入ってくる。


「ちわーす。出前に来ましたー」


 巨大クロアリの真女王、ロザリーは戦争をしていたとは思えない気さくさでアニエスへと挨拶を送ってきた。手には小さな樽と砦のどこからか失敬したグラスが二つあり、樽から液体を注いでアニエスへと差し出す。


「ぷっ。何ですかそれは」

「怪しい物は入ってない。ただの果汁水さ。妾らと人間共のどちらもが美味いと言える数少ない飲み物がコレでね」

「いただきましょう。で、私を食べに来ましたか? あいにく塩もコショウも用意出来ませんよ」

「妾らに人間の味付けは不要だって」


 アニエスはロザリーから貰った飲み物に口を付ける。そう言えば開戦してから水も飲んでいなかった。喉が渇いていたと喉を潤して初めて気付いた。甘ったるくてこの戦争の結果とは正反対だな、との感想が頭に浮かんだ。


「この戦は妾らの勝ちだ。降伏を」

「生き残った者達を捕虜として丁重に扱っていただけるなら受け入れます。でなければこの砦を自爆させて貴女達を道連れにして差し上げましょう」

「……死体を食べていいならな。さすがに腹を空かせた妾の子らに何も与えないのは無しだ」

「……遺留品を残してもらえるなら」


 互いに合意が取れたところでアニエスはそれらを書面にしたためて最後に自分の名と立場を記した。その上に自分が常に携帯する元老院議長としての捺印を押す。ロザリーはインクの瓶に異形の指を浸し、鋭い指先で署名する。その上に魔法で魔王軍第三軍団長としての焼印を施した。


 アニエスは契約書を核として契約魔法ブラッドコントラクトを発動。契約書を中心としてアニエスとロザリーが入る大きさの魔法陣が形成され、淡く輝いたと思うと儚く消えていった。


「この契約を破った者には天罰が下される。ちゃんと守ってもらいますよ」

「へー。契約魔法は魔王軍でもたまに使われてたけど、実際見るのは初めてだな。こういう感じだったんだなぁ」

「ナイトメアターマイトの真女王は貴女の配下でしょう? 守らせてくださいね」

「分かってるって。あー、ちょうど来たみたいだから説明しとくわ」


 階段を駆け上がる音が扉が開かれた執務室内にも聞こえてきた。程なくして現れたのは雷撃勇者フェリクス、続いてシロアリの真女王イヴォンヌが部屋へと入ってくる。二人に向けてロザリーは「遅かったゴメン」といい、アニエスは自分達が負けたことを改めて表明する。


「ところで、あの強かった魔族は倒せたんだな」

「ええ。私は大苦戦したけれどこっちの勇者があっさりと片付けてくれたわ」

「へえ、じゃあアイツはやっぱ魔王様の御息女じゃなかったのか。妾は会ったこと無かったから何とも言えなかったけれど、二人がそう言うならそうだったんだろうな」

「……は?」


 ロザリーがイヴォンヌとし始めた会話を耳にしたアニエスは間の抜けた声を発した。あまりにも奇怪な声色だったのでロザリーは思わずアニエスへ顔を向ける。


「ん? どうした? 妾らは別に何もおかしなこと言ってなかったと思うが?」

「貴女達を倒すために送り込んだ者は魔王の娘ではないのですか?」

「ええ。上手く似せていたけれど所詮は偽物ね。と言うか、貴女が責任者じゃあないのかしら?」

「そんな……では我々が三年間封印していたあの者は一体……?」

「やはりそういうことか」


 腕を組んで壁に寄りかかっていたフェリクスが沈黙を破り、アニエスの方へと歩み寄っていく。堂々とした歩行だったがそれ以上に威圧感と迫力があり、アニエスは軽く悲鳴を上げて後ずさってしまう。


「王国元老院議長のアニエスだな。十賢者ドミニクはどこだ?」

「……彼でしたらまだ首都にいると思います。それが?」

「あの趣味の悪い紛い物は奴が作ったんだろう? なら奴に聞くのが一番手っ取り早いぞ。貴女は奴に騙されているんだ」

「そんな……」


 アニエスは膝から崩れ落ちた。

 それだけ彼女にとって突きつけられた事実は衝撃的だったようだ。

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