雷撃勇者、黒翼魔姫?を一刀両断する
■(第三者視点)■
「すまない。余計な真似をしたか?」
「いえ、助かったわ。礼ぐらいは言っておく」
フェリクスは完全武装の出で立ちで剣を構え、マリエットのような魔導師と対峙する。魔導師をひと目見たフェリクスは一瞬だけ不快感を顕にしたが、すぐさま落ち着いた表情に戻る。
「それで、こいつは?」
「貴方が知らないなら知らないわよ。貴方が探してる姫様そっくりじゃないの。心当たり無いの?」
「似ても似つかないな。魔導王国の差し金か?」
「どのみち貴方達勇者一行に匹敵する実力者なのは間違い無いわ。油断しないで」
「問題無い。すぐに片付ける」
フェリクスは一足で敵との間合いを詰め、剣を振り抜いた。敵はイヴォンヌに破壊されて半分以下の長さになった杖で受け流そうとするも、剣は杖をすべらずに杖の柄を斜めに切断した。剣が敵の首元をかすめて血が流れ出る。
敵は反撃すべく魔法を放とうとするもフェリクスが更に追撃を加え続けるために術式を構築できず、防御に専念しざるを得なくなった。次第に杖で防げなくなった攻撃は防御魔法マナシールドで直接受け止めるしかなかった。
「無駄だ!」
しかし魔法障壁もフェリクスの一閃で粉々に打ち砕かれる。
敵魔導師はこれを受けて形勢の不利を悟ったのか飛翔魔法ソニックウィングを発動し、フェリクスに背を向けて砦に向けて高速飛行を開始した。ターマイトウィザードが撃ち落とそうと魔法攻撃するものの全て回避されて当たらない。
このまま巨大アリの軍勢の前線を超えて敵側に逃げられてしまう。イヴォンヌは獲物を追い詰めながらもみすみす逃げられたことが腹立たしく、忌々しげに顔を歪めて舌打ちする。しかし躊躇なく逃げの一手を打てる潔さを天晴と言う他なかった。
「ライトニングスラッシュ!」
次の瞬間、何が起こったのかイヴォンヌには咄嗟に理解出来なかった。
フェリクスの姿は一瞬で掻き消えたと思ったら地上で雷が走り、はるか遠く砦の城壁手前でフェリクスが残心を取っていたのだ。途中で通り過ぎた敵魔導師は首を両断されたばかりか胴や脚など複数も断ち切られ、肉片となって地面に転がり落ちる。
雷撃勇者と呼ばれていたとおりフェリクスは雷撃魔法を駆使する剣の達人だった。しかし雷のような速さで瞬間移動が出来るとまでは知らなかった。こんな攻撃を仕掛けられれば彼にとって目視出来る範囲は全て間合いに入っていることになる。
「お、恐ろしいわね……」
今回は敵でなくてよかった、と流れる冷や汗を手で拭い取りながらイヴォンヌは墜落した敵魔導師へとターマイトキャリアを走らせ、その死体を検分する。じっくりと眺めたが外見はやはり自分の記憶するマリエットと瓜二つだが……。
イヴォンヌは腕を取ってその肉を貪り血を啜った。味わいながら飲み込んだ彼女は確信する。この者はやはりマリエットではなかった、と。何故なら味わい深さや舌触りがマリエットの種族ではなく人間のものだったからだ。
「翼は……くっついてるだけね。神経も筋肉組織も繋がってないから自力で動かすなんて無理。本当に飾りじゃないの」
イヴォンヌは翼の一部を毟ってやはり口に運ぶ。だが意外にもその味はイヴォンヌが予想していなかったもので、驚きのあまり目を見開いてしまった。よく噛んで口の中で転がしても味が変わったりはしなかった。
そんなイヴォンヌのもとにフェリクスがやってきた。彼は敵魔導師の髪を引っ張り上げて顔を確認し、興味を無くしたようにその手を離して踵を返した。敵魔導師の死に顔は地面へと倒れる。
「酷いことするのね。同じ人間なのに」
「シロアリのお前にそう言われるとはな。この女は俺の敵だ。無碍に扱ったって構わないだろう」
「へえ。貴方には彼女が何者か分かったんだ。よければ教えてくれない?」
「……この女は――」
フェリクスが口にした名はイヴォンヌを驚かせるに充分だった。口元に手をやってイヴォンヌは考え込んでしまう。もしその正体が真実なら魔導王国はどうしてこの者にこんな仕打ちをしたのか理解に苦しむからだ。
フェリクスは困惑するイヴォンヌを気にせず砦へ向けて駆け出した。イヴォンヌも「ああもうっ!」と悪態をつきながら彼の後を追う。
砦を囲う堀は犠牲となったソルジャーアントの死体が幾つか浮いており、それを足場に二人は堀を越える。砦の出入り口を塞ぐ重厚な門や落とし格子は既にロザリーの軍勢が破壊しており、やすやすと中に入り込めた。
中はデモンアントやナイトメアターマイトの死骸、人間の遺体などが散乱しており激戦が繰り広げられたことを物語っていた。生まれたての若い個体が比較的多かったことからも、内部侵入作戦は実行されたが失敗に終わったのだと分かった。
上へ上へと昇っていくと膝をついて手を頭の後ろに回した魔導王国兵の数が増えてきた。無駄な戦いを避けて降伏するよう促す奴など第三軍団の中にはロザリーしかいない。彼女の管理下に無ければ皆殺しのうえで餌になっていたことだろう。
「ごめん。ちょっと攻め落とすのが遅かったかな?」
砦の最上階。司令官の執務室で窓から戦場を眺める女のそばでロザリーが手を振ってきた。女の外套には魔導王国王家の家紋が施されており、彼女がこの戦場における魔導王国側の責任者だと察した。
「……この戦、私共の負けです」
彼女、第二王女のアニエスは震えた声を絞り出した。




