黒蟻女王、第二王女と問答する
きっかけはフェリクスがうちの敷地内に侵入してきて魔導王国の追手が差し向けられて、妾がフェリクスに加担したから大規模な討伐部隊が攻めてくる前にこっちから仕掛けたれ、となったわけだ。
「ぶっちゃけた話、妾らは魔導王国全土の人間を餌にしたりとか人間牧場作ったりなんかするつもりはないぞ。やり始めたからには人類の国家は攻め滅ぼすよう魔王様から命令された仕事はこなすけど、そっちが降伏して軍門に下るならそれでいいとも思ってる。魔王軍が占領したって名目が立つからな」
「誰が魔王軍などに与するものですか、と言いたいところですが、もはやその条件すら選択肢に入るほど追い詰められているのも事実ですか……」
「とはいえ、この三年間は互いに刺激しあわずに上手くやっていけたんだ。勇者一行の一人フェリクスが妾を頼ってきたのがこの戦いの発端。こっちが単なる魔王様の影響で自然発生した野生の魔物じゃなく魔王軍の正規軍だってバレるのは時間の問題になっちゃったんでね」
「確かに。であれば雷撃勇者をそちらに逃したのがいけませんでしたか。残念ですよ。真女王である貴女と話し合えるのなら今後も付き合えたかもしれませんのに」
さてね。もはや妾らと魔導王国との間の亀裂が修復不可能、ってほど手遅れでもないような気がするんだがなぁ。ま、その辺りはまず妾らが勝者となって言うことを聞かせられるようにならなきゃな。
「それで、勇者一行をどうして追放したか、でしたか」
「フェリクスは勇者一行が邪魔になったからって言ってたけど本当かよ?」
「邪魔、ですか……。確かに一言で片付けるならそうなりますね。しかし勇者一行の追放を決定したのは我々人類の総意……いえ、正確には人類連合会議にて議決されたものです」
知らん単語が飛び出してきたけど、人類連合は知ってるぞ。人間、エルフ、ドワーフ等、人型の知的生命体が団結して魔王軍に立ち向かった際に連中は自分達を人類連合だって名乗ってたな。
アニエスの説明によれば魔王様討伐後に開催された人類連合会議では各地の復興の方針、決戦で得た戦利品の分配、そして勇者一行の扱いについて主に話し合われたそうな。当然勝利に貢献した勇者一行は厚遇するかと思いきや……。
「はぁ? 魔王様を倒した奴らが魔王様以上の脅威になりかねない~?」
「はい。言い出したのは神聖帝国の執政官でしたか。既に各所の魔王軍は鎮圧済み、国に属さない過剰な戦力は危険だろうと。ただ、その執政官は我々が存じない勇者一行の事情を知っていたようで、それを何より恐れていたようでした」
「んで、人類圏諸国は勇者一行の追放に賛成した、と」
「それだけ神聖帝国の執政官の口が達者だったのか気圧されたのか……。ともあれ勇者一行はこうして追放となり、人類の敵とされたのです」
いやー醜い醜い。フェリクス達にとってはたまったもんじゃないよなぁ。そりゃあ人類側を見限って妾を頼ってくるわけだわ。悪くないって言えば嘘になるんだが、フェリクスにだって好き勝手する権利はあるだろ。
「開戦のきっかけは分かりました。ここからは私個人のお願いですが、軍を退いていただくことは?」
「無理。魔王軍として行動開始したからには妾らかそなたらのどちらかが負けるまでは続けなければなぁ。逆にそなた等こそ降伏しない? もはやろくな戦力は残っちゃいないだろ」
「無理ですね。勝てる可能性が充分に残されている以上、負けは認められませんよ」
だろうなぁ。城塞都市をふっとばしたあの戦略兵器がいつ真上から飛んでくるのか戦々恐々しながら軍を進めてるし。二発目がまだなのは溜めが必要なんだろうか? まあ、近い内に潰す作戦は立ててるけどな。
「あ、そ。じゃあ最大限の譲歩をしてあげる」
こちらからの提案にアニエスは僅かに目を見開いた。
「譲歩……? 聞きましょう」
「魔導王国が捕らえてる魔王様の御息女を引き渡せ。それで停戦交渉に応じてやる」
そもそもがフェリクスがマリエットだかを探してるところから始まってるしな。ここまでコテンパンに叩きのめしてやれば魔導王国もしばらくおとなしくなるだろう。侵攻は停戦期間明けに後ろ倒ししてもいい。どうせ文句言う奴はもういないしな。
向こうにとっても悪くない提案だと思ったんだが、意外にもアニエスは険しい顔をした視線を妾からずらしてきた。うっわ、とてつもなく嫌な予感しかしないんだが。面倒くせぇことになりそうな臭いがプンプンするぞ。
「……いえ、せっかくの申し入れですが、ご厚意だけ頂戴します」
「そ。じゃあこの戦いはまたご馳走になるとしようか」
「みすみす餌にはなりませんよ。私達も意地がありますので」
「互いが自軍に戻ってから戦闘開始な。不意打ちはしないから安心して戻ってくれ」
妾は踵を返して妾の子らのもとへと戻る。アニエスもまた砦の中に引っ込んだ。
敵軍は砦の中に立てこもってこちらを迎え撃つつもりのようで、野戦には応じない構えだ。さすがに首都を守護する最後の砦だけあって守備力は国境守備の城塞都市以上と見受けられる。手前の堀も深くて広いし城壁も高いし。
しかしだな。バカ正直に我が子の死体の山を踏み越えて活路を切り開くなんてしてられっかっての。既に仕込みは終わってるんだなーこれが。と、いうわけで妾達が目立ちまくってるうちに刺客に頑張ってもらうとしよう。




