第二王女、黒翼魔姫?の封印を解く
■(第三者視点)■
その女は拘束具で手足の自由を封じられ、目隠しと耳当てと猿轡で視覚、聴覚、味覚を奪われ、四方八方から伸びる鎖で雁字搦めにされていた。頭には天井から漏れ出る水滴が時折落ち、頬を伝い落ちる。
「へええー、それが開発した洗脳装置?」
「ええ、ええ! これを被ればたちまちに魔導王国に忠誠を誓う奴隷の誕生です。命をとして魔王軍を退けてくれるでしょうぞ」
ドミニクは部下に持ってこさせた厳重な箱から茨の冠を取り出し、全く反応を示さない拘束された女に被せる。女は大きく痙攣した後に再び脱力して項垂れる。茨のトゲが頭部に食い込み、額から血がにじみ出た。
アニエスの命令で女の拘束具が解かれていく。当然制御に失敗した時に備えて魔導師達が杖を構えて待機。アニエスとドミニクも距離を置いて見守る。ティファニーは封印の解除に間近で立ち会った。
「さあ、起きなさいマリエット。そして魔王の娘としての力を魔導王国のために示しなさい」
ティファニーの宣言と共に自由の身となった女はまず自分の手を握って開いてを繰り返し、次に自分の顔を触り、全身を弄り、それからようやく顔を上げて来訪者達の方を向いた。
端正だっただろう顔立ちは長年の監禁でもはや見る影もなくやつれていた。長く伸びた髪も脂ぎってボサボサ。肉が削げ落ちた骨と皮だけの身体はちょっと当たっただけでも容易く折れてしまいそうなぐらい華奢で儚かった。
魔王の娘マリエットはティファニー達へ深々と頭を下げる。返事は掠れた声でうめいただけ。しかしティファニー達に襲いかかる様子もなく、大人しく従う有り様のため、制御には成功していると考えられた。
「ドミニク。この調子で本当に戦力になるのですか?」
「問題ございません。体力吸収魔法ソウルドレインで死刑囚から生命力を奪わせればたちまちに力を取り戻すでしょう」
「……もはや背に腹は変えられませんか」
「そうですぞ。我らはもはや手段を選んでいられませんからなぁ」
ドミニクは部下に命じてマリエットを引き連れさせながら部屋を後にする。アニエスもまた彼に同行して去っていった。残ったティファニーは役目を終えた部屋を後で片付けるよう指示してから踵を返した。
「さあ、いよいよね。ふふっ、あの方は来てくださるかしら?」
ティファニーの嬉しそうな呟きは他の誰にも聞かれることはなかった。
顔に貼り付けた笑みも怪しく輝くような瞳もまた、誰の目にも留まらなかった。
■■■
最終防衛線にて魔導王国軍は各部隊の配置を終えた。防衛兵器頼りの防衛線だからこそ対抗しうる戦力しか整えられなかった。この戦いで敵軍を撃退したところで巨大アリの根絶には多くの年月を費やさねばならないだろう。
魔導王国首都を守るべく関所として建造された砦にて、第二王女アニエスは魔王軍の到来を待ち構えていた。無論、非戦闘員の元老院議長かつ王族の彼女が戦場に出向くなどあってはならないが、彼女はどうしても直に確かめたかったことがあった。
やがて巨大アリの大群が向こうから姿を見せる。それはまるで大地を飲み込まんとする黒と白の波のようにも見え、アニエスは恐怖で震え上がった。何とか腕を強く握って気丈に前方を睨み続ける。
やがて、敵軍は一定の距離をおいて進軍を止めて戦列を整えだす。その間に魔人の姿をしたクロアリの真女王がアニエスの姿を捉え、しばし考え込んでから彼女の方へと歩みだした。共のソルジャーやガーディアンを連れずに一人だけで。
アニエスも自軍から距離を置くべく真女王の方へと歩み寄り、二人は会話が交わせる程度の距離まで近づいた。真女王は意外にもアニエスへ会釈してきたので、驚きながらも彼女も会釈した。
「初めまして。妾は魔王軍第三軍団長。人は妾をロザリーと呼ぶ」
「初めまして。私は王国元老院議長兼第二王女のアニエスです。よしなに」
「で、行政の頂点が無防備に突っ立って何してんの?」
「どうしても聞きたかったことがあります。会話が成り立つと分かったので、ね」
子供と大人。ロザリーと対峙するアニエスはおぼろげにそんな印象を抱いたが、臆することなく相手を見据えた。そんなロザリーはアニエスを値踏みするように観察しながら低く唸った。
「どうぞ。一つだけなら答えてもいい」
「では、此度の侵略目的を教えて下さい。魔王が世界に混沌をもたらしていた際には静観していたのにどうして今更になって?」
「あー。それ答えてもいいけれど代わりに一つ妾の質問にも答えてほしい」
「私に答えられる範囲でしたら」
何となくだが、アニエスはロザリーが何を聞いてくるか察しが付いた。そしてその質問から導き出される此度の戦争の発端は、出来ればうやむやのままにしておきたかった。しかし、滅びを迎えつつある今こそ向き合うべきなのだろう。
「どうして人類共は魔王様を討ち果たした勇者一行を追放したんだ?」
雷撃勇者フェリクスを追って彼女らの生息域である魔の森に踏み込んだのが始まりだったのだ、と。




