黒蟻女王、白蟻女王を訪ねる
「と、言うわけで早速巻き込まれたんだけど?」
「すまない。迷惑をかけた」
魔導王国の魔術師共を餌にしてからすぐさま妾はフェリクスのいる小屋に帰り、今までの顛末を説明した。文句を言うとフェリクスは謝意と共に頭を下げてくる。いいね、その素直さは美徳だよ。
フェリクスはちょうどナースアントに体を拭いてもらっている最中だった。万が一にと思って子供らに教えておいて本当に良かった。世の中何が役に立つのか分かったもんじゃないな。
「魔導王国に追手を差し向けられたってことは、何かやらかして指名手配でもかかってんの?」
「全てを話せばもう引き返せなくなるが、いいのか?」
「何を今更。追手が帰ってこないってなったら大規模な討伐隊が結成されるのは時間の問題だろ。手をこまねきたくない」
「……分かった。話せる部分だけ話そう」
フェリクスはぽつりぽつりと語りだす。その壮絶な過去を。
……けどさあ、こっちは魔人形態に慣れてないアリだよ? 言葉で事象を理解するってかなり大変で頭使うの。莫大な情報を流し込まれても覚えられないって。バナ仮に解釈して整理する。
「え、と。フェリクスは三年前魔王様を討伐した勇者一行の一人? 凱旋したら邪魔扱いされて追放された? んで逃亡生活の末にこんな辺鄙な土地まで来た、と」
「端的に言えばそうなる」
まあ、聞いてみたらありきたりな英雄譚の末路だった。とどのつまり名声を得た勇者一行を妬んだり、魔王様を倒すほどの強者を恐れたりしたんだろ。平和になった時代に勇者は不要ってかー?
「人間って分からないなぁ。どうして立役者を無下にするんだか」
「仕方がないさ。それが人間というものだ。俺達はそれを承知の上で名乗りを上げて勇者に同行したのだから」
「世俗から離れて隠居すれば良かったじゃん。どうして魔導王国に追われてるの?」
「詳しくは言えないが、魔導王国に探し物があった、とだけ」
探し物ねぇ。ここに逃げてきたのも一旦ほとぼりが冷めるまで行方をくらませて後日改めて、みたいに想定してたんだろ。まさか妾達が根城にしてるとか思ってもみなかったんだろうなぁ。
さて、妾にはフェリクスに協力する義務も義理も無いので、怪我が回復し次第の放逐が一番だろ。けれど追手を返り討ちにした時点で物事はもう解決しなくなった。だからってこのまま縄張りに侵入してくる輩を食い漁るのも限界があるな。
「仕方がないなぁ。さっきの約束は変更無しだ。今は治すのに専念してくれ」
「いいのか? 俺がこのまま留まっていたら迷惑だろう」
「どの道ここらが限界だったのさ。いつかは雌雄を決しないといけなかったのが今になったってだけだね」
「? 貴女は……」
もう用は済んだのでナースアントにあとは任せた。
巣に戻った妾はいつも通らない通路を進む。途中でワーカーアントやソルジャーアントが妾に道を譲るのを過ぎ、やがてこれまでとは異なる造りの通路に入った。そこを徘徊するのは妾達デモンアント種ではなくナイトメアターマイト種、つまりはシロアリの連中だ。
一生懸命に働くターマイトワーカーや巡回するターマイトソルジャーを横切って妾は女王の部屋へと入る。そこでは女王がちょうど産卵中でワーカーが生まれたての卵を運び出している最中だった。
「あら、これはこれは軍団長様。ご機嫌麗しゅう」
そんな女王の頭であぐらを組んでこっちを見下ろしてきた奴は羽を羽ばたかせて妾の前に降り立つ。それからどこで覚えたのか知らんけど髪を掻き上げて妖艶に笑ってきた。それから妾に座るよう促してきたのでお言葉に甘えるとしよう。
「イヴォンヌ。妾とそなたは共に真女王なんだから敬わなくてもいいって言ってるよね?」
「ですが魔王様より軍団長に封ぜられたのはロザリーの方でしょう。では上下関係ははっきりさせておかないと」
彼女、イヴォンヌは魔王軍第三軍団傘下のナイトメアターマイト種の真女王にあたる。真女王って何だよって言われても、シロアリ連中は一つの巣に女王が何匹もいる場合があるんでね。それを統括する魔人形態になれる個体が真女王なんだとさ。
だから妾とイヴォンヌはアリとシロアリなのに魔人の姿で対面してるって奇妙な構図になってるわけ。あいにく連中のようにテーブルと椅子は無いけどな。お茶と菓子の代わりに肉団子にかぶりつくのがお似合いだわ。
「はあ、まあいいや。それで、調子はどう?」
「あいにく退屈だわ。ねえ、いい加減いいでしょう?」
「いいでしょうって、魔導王国攻略の話?」
「そうよ。もう充分な頭数は揃ったから大々的に攻め込んでもいいと思うの。大陸全体を支配すればおいそれと手出し出来なくなるわ」
このイヴォンヌ、この一年間ほどずっと妾に魔導王国を侵略するよう提案してきてる。勝ち目はあるからって意気込むのをこれまでずっと抑え込んできてた。だって総掛かりで攻められたらひとたまりもないじゃん。勇者なんて差し向けられたら一巻の終わりだって。
けれど、事情は数日前から変わった。勇者一行が追放されたなら怖いものなしだ。あとは圧倒的な物量で押し切ってしまえばいい。それにフェリクスという攻めなきゃ滅ぼされる口実を向こうに与えてしまった以上、もはや安穏とはしてられない。
「いいよ、やろう」