黒蟻女王、火炎賢者一行を全滅させる
剣士は月桂冠のような冠を頭に被せられていた。違うのは茨のようなトゲトゲが頭に突き刺さっていて痛々しい様子な点。妾は魔法に詳しくないが雰囲気や臭いで大体は察せられる。コイツが装備者を洗脳する器具だ。
ま、妾は別に同じ職場の同僚だからと情をかけるほど甘くないんでね。人間どもの奴隷にされた剣士共が邪魔だから始末したって悔しくも悲しくもない。妾が守るべきは我が子らのみ。イヴォンヌ達が義理の範疇ってところで、その他は別にねえ。
「ドミニクめ……! 私達に黙ってそんな非道な真似を……!」
「くっ、帰ったら絶対に法の裁きを受けさせてやるぞ!」
やはり十賢者といえども魔王軍の捕虜を洗脳してたことは知らなかったか。しかしこの場で憤ったところで意味ないんじゃないかぁ? だって怒りの矛先を向けられるようになるのは妾に勝ったらの話だろ?
「さて、前衛は片付けたぞ。さあどうする!?」
「ぐっ、なめるなぁ!」
飛びかかった妾を迎え撃つべく魔導師の一人が腰にぶら下げた剣を抜いて間合いを詰めてきた。その剣身に炎を纏わせながら。
この魔法剣は……まずいな。妾の腕では防ぎきれん。
足を踏ん張って突進を止め、逆に大きく飛び退くことで魔導師の一閃を回避する。魔導師は逃すまいと攻め手を緩めずに炎の剣を振り回しまくってきた。妾は後退しながらも毒霧を噴射してみるも、魔導師は全身に炎を纏わせて蒸発させやがった。
妾の太ももにエルフが射た矢が刺さり、脚を踏ん張れずにその場に転倒する。好機と見た魔導師は炎の剣を振りかぶり、妾の頭めがけて渾身の一撃を振り下ろす。あ、これ両腕で庇っても腕ごと頭かち割られるわ。
「トドメだッ!」
「……さて、誰のかな?」
しょうがないので妾は奥の手を発動した。
奥の手発動中にちょっとした愉快な劇が見れるように細工して、と。
ほい、奥の手解除。
魔導師の炎の剣が対象を両断した。対象の切断面は炎で焼かれたのか鮮血や臓物は飛び散らない。しかし自分の身に何が起こったか分からなかっただろう。
妾が奥の手発動中に引っ張ってきて盾にした魔導師は、仲間に討たれる最後を迎えたのだった。
「な……ぜ……!?」
「考える暇なんざ与えるかよ、ボケぇ!」
妾は強酸噴射魔法アシッドスプラッシュを発動。さすがの炎の衣でも蒸発させきれずに溶解液が顔面にぶちまけられた。魔導師は声にもならない悲鳴を上げながら顔と頭を溶かしていき、地面に倒れ伏す。
残るは二人。もはや勝利の道筋が途絶えたと絶望した魔導師は恐怖で震え始める。一方のエルフの射手は瞳を動かしまくって妾ではなく周囲を確認、なんと妾を通り過ぎて逃げ出したではないか。
「ほう、考えたなぁ。確かに妾の後方には部隊を布陣させていないから、突破すれば逃げられる可能性もあるんだろうが……」
いくらエルフが身体強化の魔法で早く駆け抜けようがソルジャーアントの速度は随一。逃げられるとでも思ったか? ほら、案の定追いかけてきたソルジャーアントに群がられて大アゴでむしゃぶられてるぞ。悲鳴は戦闘音で聞こえんけどな。
残ったのは魔導師ただ一人だが……コイツは恐怖に打ち勝って意を決したのか、顔を引き締めてきた。そして杖を構えて妾と対峙する。そうか、最後まで戦う覚悟を見せてくるか。
「逃げられるんなら逃げたっていいぞ。何なら命乞いしたって構わないんだが」
「わ……私は臆病ではあるが卑怯者ではない。同志達がやられてむざむざと背中を見せられるか!」
「そうかい。だったらその矜持もろとも食らってやるよ」
「フローズンオーブ!」
魔導師が放った凍気の凝縮した球体が高速で迫りくる。妾はまたしても炎の担い手だった魔導師の死体をぶん投げて撃墜。またかよと言うなかれ。もし死体が無いなら地面を蹴り上げてひっくり返すまでだ。
すかさず妾は敵が次の一手を打ってくる前に接近。その喉元に大アゴを突き立ててやった。
「あ……が……」
「残念でしたぁ」
首筋の鮮血で喉を潤し、満足したところで首を引きちぎった。あーうっめ。魔力が豊富な魔導師の味はやっぱ格別だわ。
「さて、残った厄介事はあの空を飛ぶ要塞なんだが……」
七人の勇敢なる挑戦者を返り討ちにした今でも空中要塞は好き放題こっちに向けて砲撃をばらまいてきやがる。けれどその船体には無数のウィングアントがへばりついている。砲塔がウィングアントの死体を詰まらせてて無力化されてるようで、開戦時点より明らかに砲撃の密度が減っているな。
やがて空中要塞は援護攻撃を止めた。そして今度はあろうことか魔導王国軍側をバカスカ撃ち始める。まさかの裏切り行為に向こうさんは大混乱。攻め手を全て失った中央軍はそう時間も立たないうちに妾らに殲滅されていくのだった。
「ふう、イヴォンヌったらようやく制圧出来たのか」
空中要塞に差し向けた雄の羽アリなんぞ単なる囮よ。本命は無数の生贄に紛れ込ませたイヴォンヌたった一人だけ。彼女が空中要塞に乗り込んで運転室と機関室を制圧するだけの単純な作戦だ。
どうせならこのまま空中要塞を敵軍の上に落とせばいいんじゃないかと思ったが、どうやらイヴォンヌにとってあの空を飛ぶおもちゃは利用価値があるようだ。何に使うんだか知らんが妾の迷惑にならないようにしてくれよ。
こうして魔導王国の反撃作戦は失敗に終わり、二度目の壊滅という結果が残った。
もはや魔導王国の軍事力は大いに削がれ、妾らに抗う術の多くを失ったのだった。