火炎賢者、黒蟻女王に決戦を挑む
■(第三者視点)■
「……ドミニク。十賢者とはいえ貴方は研究を本業としていて、戦闘は不得手だったのでは?」
「勿論吾輩自らがオーギュストと肩を並べようなどとは言いませんとも。しかし吾輩の新作であれば必ずやお役に立てるかと」
そんな周囲の反応を意に介さず、初老の男はヒゲを弄りながら一歩前に出た。
「と、ドミニクは言っていますが、オーギュストはどうしますか?」
「……あいにく私めは言葉だけでは信用致しません。その新作とやらをこの目で見てから判断いたします」
「構わないとも! 貴殿のお気に召さないだろうが実力は確かだ。それは吾輩の名にかけて保証しようじゃないか!」
「……では、次の戦で十賢者オーギュスト他四名を派遣する案も議決を取りましょう。時間がありませんから少し討論し、本日中に方針を決定します」
オーギュストは憮然とした面持ちでドミニクを睨み、ドミニクはひょうひょうとしながら手帳に次の研究題材となるだろう閃きを書き記す。二人の剣呑な雰囲気を無視しつつ第二王女は議会を進行させた。
結論として、空中要塞の投入と十賢者オーギュストの派遣は可決された。
■■■
魔導王国の奥深くまで侵攻してきた魔王軍第三軍団を迎え撃つべく魔導王国は討伐軍を再編成した。そして決戦の地に定めた平地や周辺の荒野、森林内などに布陣し、敵軍の到来を待ち構えた。
そして巨大アリの軍勢が魔導王国軍の前に姿を見せる。
魔王軍側は前回の大規模戦闘と同じ布陣、ソルジャー種を前衛、ボーガン種を中列、ランチャーアントやターマイトシャーマン等を後列に配置。真女王と思われし個体も前回同様にキャリア種に騎乗していることが確認された。
魔導王国軍側が中央軍、右軍、左軍の三つに分けて布陣したのに合わせて荒野の左軍側にはデモンアントの軍勢が、森林の右軍の前にはナイトメアターマイトの軍勢が出現する。軍の規模としては魔導王国軍側がやや優勢な状況であった。
「それではゆくぞ! 狙うはただ一つ、アリの真女王の首のみだ!」
オーギュスト率いる決死隊の突撃と共に戦が始まった。
オーギュストやお供の十賢者が放つ攻撃魔法にはさしものソルジャーアントも耐えきれずに仕留められていく。オーギュストの行く手を阻んでくるソルジャーアントは魔導王国軍本陣上空に浮遊する空中要塞から放たれる援護砲撃で取り除かれた。
オーギュストに随伴する一行は十賢者モーリス、十賢者ナタン、エルフの射手ノエ、そして十賢者ドミニクが紹介した三名の剣士の総勢七名。彼らに他の魔導王国軍兵が突破口を切り開いていく。
特に全身鎧に身を包んだ正体不明の剣士達はソルジャーアントをもろともせずに次々と斬り伏せていく。そのためオーギュストら魔導師達は援護攻撃をしやすく、想定以上に順調に進めていた。
一方の魔王軍第三軍団側の中央軍、中央突破するオーギュストら決死隊の相手はそこそこに他の個体には前進させる。更に地上を砲撃する空中要塞に向けては翅の生えた雄アリ、ウィングアントの群れを向かわせた。
戦局はほぼ互角。であれば自分達が総大将を仕留めさえすれば戦争は終わる。オーギュスト達はそんな確信を抱きながら徐々にアリの真女王達との距離を縮めていく。行く手を阻んだガーディアンアント数匹も団結の力で撃破に成功。
ついにオーギュスト達七名はクロアリの真女王と対峙した。
「貴様がこの魔王軍を統括する軍団長か?」
「いかにも。妾が魔王軍第三軍団を任された軍団長である。名は持たないが他の者は妾をロザリーと呼ぶ」
オーギュスト達は真女王との決戦の邪魔をされないよう決死隊には耐えてもらう想定だったが、なんとロザリーの方が指図して他のアリ達が介入しないようにした。これでロザリー対オーギュスト一行の戦いは誰にも妨害されなくなった。
「余裕のつもりか?」
「ははっ! 少数精鋭で決闘を挑まれて子らに乱入させるほど無粋じゃないぞ! 妾とてそれぐらいの空気は読むさ」
「……何故今になって魔導王国に攻めてきた? 魔王はもういないんだぞ」
「妾も余計な戦など仕掛けたくなかったんだがなぁ。事情が出来ちまったんでね」
「事情だと?」
「そなたが知らなくても上の人間は何人か察しが付いているかもなぁ」
キャリアアントの上で座るロザリーは脚を組み替える。魔人形態になっているとはいえ服を着ていないロザリーの姿はあられもない。秘部こそ水着のような何かで隠されていたが、妙に蠱惑的な動作がオーギュスト達男衆の心をかき乱す。
オーギュストは咄嗟に口元を覆う。ロザリーの全身はよく見れば濡れている。汗を流しているようだが実際はフェロモンを発しているのではないだろうか。死闘前の会話だと認識していたが、戦いは既に始まっていたのだ。
「では妾のもとまでたどり着いた褒美として目的を明かそう。妾達はとあるモノを探しているんだよ」
「とあるモノ、だと?」
「それ以上喋らせたければ剣で語れ。つまらんお茶会の誘いに来たんじゃあないだろ?」
「……それもそうだ」
オーギュスト達は各々の武器を構えた。
ロザリーもキャリアアントから降りて手招きする。
「さあ来い人間の強者! そして魔王軍軍団長の力、とくと味わえ!」
ロザリーの宣言と共に軍団長討伐戦が始まった。