黒蟻女王、全面戦争の初戦に大勝する
■(第三者視点)■
魔導王国軍の兵士達は対峙する巨大アリの群れに恐れおののいた。自分達よりも巨大なアリは無数にいるのだから、もし周りに仲間達がいなかったら悲鳴を上げて一目散に逃げ出していたに違いない。
しかし相手は所詮知性の無い魔物。叡智を持つ人類に敵うものか。それに自分達は戦術兵器を多く準備してきた。やみくもに突撃してこようが瞬く間に蜂の巣にし、消し炭にし、その死骸を並べるばかりだ。その事実が兵士達を安心させた。
アリの軍勢が忙しなく動いて陣形を組み立てていった後、一体アリとは思えない絶世の美女が出てきた。しかし羽や手足など決して人間ではないし魔族でもない魔物の部位が残っていることがかえって不気味で恐ろしかった。
そして、一同は魔王軍旗を目の当たりにする。
最初はそれが何を意味するのか分からなかった。しかし、魔導王国軍の者達は直後に思い知ることになる。魔王軍が三年前まで他の大陸にもたらしていた恐怖、そして絶望に。それが今になって自分達にも降り掛かってきたのだと。
「ん……? 連中は一体何をやって……?」
兵士の一人が奇妙な光景を見て素直に疑問を口にする。前列のソルジャーアントの背後で一際大きな個体が後ろ向きになり、尻を斜め上に持ち上げたからだ。それも一体だけではなく何体も。
そんな大きな個体、ランチャーアントの尻がぶるぶると震え、腹部が膨張しだす。そして尻が小刻みに痙攣すると、尻から何かが上空へと一斉に射出された。何だろうかと多くの魔導王国兵士が見上げていると、射出されたそれ、巨大な火球は放物線を描いて落下を始め、魔導王国陣営へと襲いかかった。
糞などの廃棄物を核とする火炎球の射出。それがデモンアント種の中でも戦術兵器に相当するランチャーアントの攻撃手法だ。狙いが正確ではないので本来は逃亡時に使うものだが、デモンアントという纏まりの中では攻め口として活用される。
「ぎゃあああっ!?」
「た、助けてくれぇぇ!」
火炎球が着弾すると炎や高熱に晒されるばかりではなかった。核となった炎を纏う廃棄物が周囲に飛び散って被害範囲を拡大していく。カタパルトなどの戦術兵器にも被害が及んでおり、直撃を受ければ木っ端微塵に破壊され、焼かれる人から燃え移ると炎をあげた。
同じようにナイトメアターマイト側からも火炎球が射出される。こちらはターマイトカタパルトがあらかじめ作り溜めた汚物団子を発火させてから尻に乗せて放り投げている。火力は劣るが汚物の量はその分大きく、二次被害は同規模となった。
慌てふためく魔導王国陣営に向けてソルジャーアントとターマイトソルジャーが突撃を開始した。何とか混乱を収拾して迎え撃とうとするも、今度はソルジャーアントの隙間から無数の太い針が射出、魔導王国軍前衛が突き刺されていく。これはボーガンアントという鉢のように尻に針を持った個体が放ったものだ。
こうなってはソルジャーアント達の突撃を食い止められやしない。魔導王国側は群がるアリに食いつかれ、次々と大アゴの餌食となっていく。統率の取れたソルジャー達の攻勢はもはや一方的な蹂躙……いや、食事時間と化してしまった。
「狼狽えるな! 地壁魔法アースウォールで奴らの進行を食い止め、火炎の竜巻ファイヤーストームで一気に焼き払うのだ!」
しかしそれで崩壊する魔導王国ではない。指揮官は直ちに対策を講じて部下たちに命じる。部下の魔導師は魔法発動のために術式の構築を開始するが、指揮官の想定どおりとはならなかった。
落石魔法ストーンシャワー。ターマイトソルジャーに紛れ込ませたターマイトシャーマンが発動した魔法が容赦なく後衛へと降り注ぐ。何とか部隊を取りまとめようと声を上げる隊長も土の弾丸ストーンバレットで頭を撃ち砕かれる。
「……こうなればやむを得ん。大魔法を使用を許可する。奴らを殲滅せよ」
「し、しかし、それでは今なお戦っている兵士達が犠牲に……!」
「多少の犠牲はやむをえん! これ以上我が国の被害が拡大するのを抑える方が先決だ! 直ちに準備に取り掛かれ!」
「は、ははぁっ。畏まりました」
戦局の不利を悟った魔導王国軍の総大将は従えていた十賢者の一人に非道な命令を下す。混戦状態となっている今こそがアリを全滅させる最後の機会だと。十賢者の魔導師もまたアリの脅威や己の保身と罪なき人々の犠牲を天秤にかけ、大魔法の準備に取り掛かった。
隕石魔法メテオストライク。天空より巨大な岩石を高速で飛来させる戦略的魔法だ。一つの都市を根こそぎ吹き飛ばすほどの威力を持つため魔導王国では個人の使用を禁じられている。担い手も魔導王国広しと言えど指で数えられる程度しかいない高度な魔法だ。
十賢者の魔導師が杖を高く掲げると上空はるか高い位置に巨大な魔法陣が形成されていく。やがて紋様が構築されると駆動を始めて鮮やかに光り輝き始めた。やがて魔法陣の中心から空間が歪みだし、別の場所との転移門が形成された。
「メテオスト――……ッ!?」
「悪いけど、それをやらせるわけにはいかないなぁ」
しかし、十賢者の魔導師が隕石魔法を発動し終える直前、突然口から多量の鮮血が溢れ出る。更に言葉をつぐもうとしてもひゅーひゅーと気の抜けた呼吸が繰り返されるばかり。やがて激しい目眩と嘔吐に襲われ、その場に倒れた。
毒によるものだと気付いた頃にはもう手遅れだった。急速に意識が遠のく中、十賢者の魔導師が最後に見た光景は、冷たい眼差しで自分を見下ろすクロアリの魔人だった。魔導師は美しいなぁと場違いにも見惚れながら永遠の眠りについた。
こうして魔王軍第三軍団と魔導王国軍の戦争は魔王軍側の完全勝利に終わった。