第二王女、敵軍の正体に戦慄する
■(第三者視点)■
魔導王国元老院議会は始まろうとする魔導王国軍と魔物の群れとの戦いを見守ることにした。遠くの映像を鏡や水辺に映し出す遠見の魔法はそれなりに高度な技術を要するが、魔導王国の技術力はそれを魔道具に落とし込むまで発展していた。
城塞都市を戦略兵器イレイザーキャノンで消し飛ばしたものの、それでもアリの軍勢が侵略を続けることは充分予測出来た。そのため近隣の地域一帯から軍勢を差し向けてアリの残存勢力を迎え撃ち駆除する。そんな作戦が立てられた。
開けた平野を戦場として丘に本陣を設営、近隣の山や森にも陣地を配置。可能な限りの戦術兵器も用意して準備は整った。アリの群れは予測した通りまんまと魔導王国軍の前に姿を見せてきた。
「馬鹿な……」
そこで魔導王国の者達はようやく戦っているアリの群れの全容を知った。アリの魔物は多くの種あれど、映像に映るクロアリは彼らの知識の中には無かった。そしてシロアリの方は一部の者には恐怖の権化として記憶に刻まれていた。
「ナイトメアターマイトだと!? 魔王城での決戦で姿を見せたアリ系の魔物の最上位種ではないか!」
三年前、勇者一行が魔王を討ち果たした際の決戦では膨大な量の魔物を相手するために各国が軍を結集して対応した。魔導王国もまた多くの援軍を派遣しており、決戦の全容は魔導王国にも情報が共有されている。
世界各国に派遣された魔王軍五つの軍団を攻略して戦力を削いで挑んだ決戦は、予想していなかった六名の魔王の寵姫が統括する魔王直属軍により多くの犠牲が発生した。そのうちの一派がナイトメアターマイトで統一された巨大シロアリ達だった。
「馬鹿な……魔王勢力圏内の巣は女王も含めて全て駆除したと報告があがっていたぞ。なぜこの大陸に奴らが……」
「落ち延びてきたのでしょうね。女王アリが一匹でも逃れられれば再び繁殖出来るのですから」
元老院議員も務める将軍が愕然とする一方で第二王女は冷静に分析する。
魔王城での決戦は第二王女も報告を読んでいるのでナイトメアターマイトの軍勢がとてつもない脅威なのは充分に分かっている。問題なのはそのナイトメアターマイトと同数近いクロアリの軍勢だろう。
「あのクロアリに見覚えは?」
「魔の森の奥に生息するクロアリの魔物のようですが、よもやこれほどまでに数を揃えているとは……」
「魔王城を守護していたナイトメアターマイトなら残党であっても地方に生息する野生の魔物は従えて然るべき。ナイトメアターマイトとクロアリが同格に敵軍が構成されているように見えますが」
「いえ、魔王城の魔物は一体一体が屈強な戦士または熟練の魔導師が数人がかりで挑んでようやく倒せるほど強力。確かにあのように対等なのはおかしいですね」
第二王女達が疑問に思う中、アリの群れは単調な前進を止め、それぞれが忙しなく動き出す。統率の取れた動きにより群れはやがて隊列を成し、陣形を構築していく。本能に支配された魔物のスタンピードではありえない、明らかに軍事行動の知識、知恵のある動きだった。
やがて一体の魔物が軍勢の前に歩み出る。それを見た元老院議員は悪魔、魔族の生き残り、などと呟いたが、第二王女の知識が違うと断定する。アレは魔物の中でも頂点に君臨するほどの強力な個体が魔王と円滑にコミュニケーションを取るために姿を模す魔人形態だと見抜いた。
「魔人形態になれるほどの存在が魔導王国に……」
まさか、と頭によぎった最悪の予感は現実のものだと見せつけられた。
魔人形態の魔物が掲げた魔王軍旗によって。
「ば、馬鹿な……。魔王軍正規軍の旗だと……!?」
「ハッタリだ! 魔王軍は勇者と我ら人類が滅ぼし尽くしたはずだ!」
「大方残党が御大層に自称してるに違いないわ!」
「魔王軍……第三軍団……」
思えば不思議だった。魔王軍は五つの軍団を各大陸の列強国攻略のために派遣した。しかし魔導王国のあるこの大陸はそんな魔王軍の侵攻とはこれまで無縁だった。第五軍団を名乗る海からの軍勢を迎え撃ったぐらいだったか。
魔王軍から脅威とみなされていなかった? 戦略上後回しにされていた? 魔導王国を始めとしてこの大陸の国家に恐れをなしていた? そんな予想がされていたが、もし実際には既に派遣されていて今の今まで力を蓄えていたのだとしたら……。
「最悪の事態です……まさか魔王軍はそこまで読んでいたのですか……?」
「王女殿下……?」
「魔王を討伐し、無用となった軍備を縮小し始め、我々は平和に慣れてきた今になってようやく決起してきたのです。敵はずっと機会を窺っていたのでは?」
「そんな馬鹿な! 魔物共にそのように知恵が回るはずが……!」
抗議の声を上げてきた元老院議員に対し、第二王女は机を叩いて黙らせた。
「魔王を討った勇者はもういないのですよ! 私達人類が排除してしまったから!」
そう、これまで魔王軍五つの軍団は勇者一行が主体となって攻略してきた。軍団長や軍団幹部を勇者一行が相手したからこそ人類は魔王軍を退けられたのだ。それでも今なお世界各国は魔王軍の侵攻による爪痕が深く残っているというのに。
六つ目の魔王正規軍の軍団が無傷で残っていた。それが今になって魔導王国に襲いかかってきた。それも寵姫率いる魔王直属軍をも率いて。これは元老院議員達が想定していた遥かに深刻で危険な状況であると言えた。
「各国に応援を要請しなさい。一刻も早く!」
「し、しかし王女殿下、まだ戦いは始まっても……」
「いえ、負けます。あれでは足りません。我々は敵を甘く見すぎていました」
希望的観測を口にしようとする議員に対して第二王女ははっきりと告げた。
「我ら魔導王国は今日になって初めて魔王軍の真の脅威を目の当たりにすることになるでしょう」
第二王女は冷酷なほどに己の導き出した分析を突きつけた。