黒蟻女王、殺虫剤入りケーキを処分させる
「なんかさ、女王の頃は何とも思わなかったんだけど、真女王になって魔人形態になったじゃん。人間の言葉が分かるようになると彼らの悲鳴を聞くとあまり気分良くないんだよね」
「そう? 私は逆に楽しくてぞくぞくしちゃうけれど」
「おあいにく、加虐趣味はないんで。ま、だからって躊躇するほどでもないし」
「知恵と理性、か。私達アリには無用の長物なのだけれどねぇ。魔王様に従うのなら仕方がない進化なんでしょう」
結局さしたる抵抗にもあわずに地方都市は陥落。そこで生活を送っていた住人は一人残らず犠牲になりましたとさ。領主は勇敢にも最後まで戦おうとしたらしいけれど誇りとか考えないうちのソルジャー達が袋叩きにして幕を下ろしてた。
攻め込んだ地方都市は既に巣から大きく離れている。住んでいた人間を食料として巣に持ち帰るのはここぐらいが限界だろう。城塞都市みたいに一発で消し飛ばされる危険性があるから、ワーカーアントには速やかに作業させるか。
妾とイヴォンヌは子らの働きに満足しながら滅んだ地方都市を練り歩く。ワーカーアントは人間の他にも倉庫に備蓄されていた食材も一緒に抱えて妾達を通り過ぎて行進して……、
「いや、ちょっと待った」
臭う。すっごく臭うぞ。
不自然なぐらい強烈な甘みが鼻をくすぐってくるなぁオイ!
妾はワーカーアント共を止まるよう命じて、一体が抱えていた袋の中を開けてみた。中はレンガぐらいの大きさをした蜜をたっぷり練り込んだパンだかケーキか。妾は角をほんのちょっと引きちぎって口の中に放り込んだ。
軽く咀嚼して……べっと吐き出す。口の中の残留物は唾と胃液を混ぜて全部吐き出した。当然ながらワーカーアントが抱えてたケーキ入りの袋は没収。他のワーカーアントが持ち運んでる食材も全部再確認じゃあボケぇ!
「このケーキ、殺虫剤入りだった。巣に持ち帰ったら危うく全滅するところだ」
「は?」
イヴォンヌが殺虫剤ケーキをまじまじと眺める。
「こんな巨大な殺虫剤ケーキなんて何のために用意したのよ? 近隣の魔物を駆除するためのもの?」
「いや、明らかに妾達アリの好みに合わせてる。妾達を駆除するためのものだ」
「まだ決起してから数日しか経ってないじゃないの。その間にこれだけ大量の毒入りケーキを準備したって言うの?」
「いや、おそらく魔導王国は妾達が大繁殖してスタンピードを起こした際の対策として事前に備蓄してたんだろう。城塞都市に近いこの都市全体を罠にしてね」
おそらくこの殺虫剤ケーキはこの都市の至るところに保存されているんだろう。ソルジャーとワーカーだけだったら……いや、妾やイヴォンヌがいなかったら間違いなくこれ一発でやられていたに違いない。
魔導王国、やってくれる……! けれどこれでこちら側の一方的な蹂躙ではなく互いに生死をかけた戦争が本格的に始まったとも受け取れる。ここからはノリと勢いだけで攻めたら返り討ちにあう可能性が出てきたわけだ。
「今回は固形物の罠だったからまだ何とかなったけれど、殺虫剤を噴射されたらたまらないね」
「魔導王国を名乗るぐらいだから毒撃魔法の使い手もいるでしょうねぇ」
「大胆でもいい。でも慎重さも忘れないでいこう」
「了解ー」
結局、あれからワーカーアントとターマイトワーカーには人間以外持ち出し禁止だと厳命した。だって持ち出した食材全部調べてたら時間ばかり食っちゃうんだもの。手間を食ってたらあの天撃の餌食になりかねない。
で、夜が明けた頃には撤収完了。人っ子一人いない無人の廃墟と化した地方都市を放棄して進軍を再開させる。しかし次の都市に到達する道半ばで先行させていたスカウトアントが戻ってきて進路側の報告をしてきた。
「ふぅん。魔導王国はこの先の丘に陣取って妾達を迎え撃つ準備を整えてる、か」
「更には近隣の複数の都市からも援軍を集結させている、と。随分と盛大なお迎えのようね。このまま突き進む?」
「勿論。アリが何匹群れようと人間一人にも敵わないように、人間がどれだけ群れたって妾達アリ一匹にも太刀打ちできないもの。恐れる必要は無いさ」
「ただ天撃の戦略兵器や殺虫剤ケーキみたいにこちらを駆除する策はいくらでも出してくるでしょう。油断しているとまずいわね」
妾とイヴォンヌの認識は一致している。とはいえ慎重になればなるほど対策を練りやすくなる。なので相手に余裕を与えないぐらいの怒涛の攻勢で押し切ってしまえばいいのだ。そのために何年間も個体を増やしてきたのだからね。
太陽が丁度真上に昇ったぐらいの時間帯、妾達は魔導王国軍と相対した。向こうもただ単に雁首揃えてきただけではなく、きっちりと妾らに対抗するための兵器も準備してきたようだ。カタパルトやバリスタ、移動式防御塔など、イロドリミドリだな。
「さて、じゃあやるか」
「あら、本当にやっちゃうの? それをやってしまったらもう引き返せないわよ」
「いいの。ただ単なるスタンピードだとか思われてる方が心外だ」
「そう。まあ、名乗るには丁度良かったのかもね」
妾はワーカーアントに運ばせていたソレを手に魔導王国軍と対峙する妾らの軍勢の前に出た。そしてソレを広げ、高く掲げ、見せつけてやった。旗に描かれしその紋章は我が第三軍団のものではない。
ソレを目撃した魔導王国軍の連中は困惑し、動揺し、やがて驚愕した。彼らにとってはやっとの思いで克服した過去の恐怖が蘇った形だからな。だが残念、妾らにとってはまだ現在進行系だ。それこそ頂点の魔王様がいなくなろうとなぁ。
「我らは魔王軍第三軍団なり! 人間どもよ、妾達の糧となるがよい!」
さあ、戦争を始めようか。