第8話「龍脈研究所」
第二魔族領の東側、緩やかな幾つかの丘陵に囲まれたノエルゼの街の外れの場所にその建物は立っていた。
外壁を囲む様な鉄線の群れ、謎の球体が取り付けられた棒状のタワー。そしてその中央に位置しているのは無機質な《強化土》で作られた灰色の建物だ。
確かコンクリート?とか言うやつである。最近伝わってきたらしい新たなる建材なのであった。
「……ふぅ。(すぱぁ……)」
そんな建物の前で、何かを待つように煙草を吹かす女性が独り、彼方の空を見つめていた。
「……」「すぅ……はぁー」
俺はそんな女性を見て、少しだけ話し掛けるか迷っていた。
理由は、見た感じで分かるぐらいとても疲れていそうなのと、寝てないのだろう目元に湛えられた深い隈が引く程に根深かったからである。
まぁ、後は身長が高くて豊満……俺よりも数段ぐらい背が高くて体格が良さそうな人だったから気圧されたというのもある。
もしくは、背中に生えた蝙蝠の羽根が、まるで彼女と俺との心の壁のように外界との隔たりを作っているようにも見えたのかもしれない。
───しかし、目的地はどう考えてもここなのだ。
数人の街の人に聞いてようやく辿り着いた研究所っぽい建物。此処で引いてしまっては、シャルロッタさんの指名依頼も達成出来ないというものであった。
「あのー、すみません。
龍脈研究所ってここであってますでしょうか?」
という訳で俺は話しかけることにしたのだ。
なるべく下手に出るようにして(物理的に届かないので)、しかし気づかれないといけないので上を見上げながら少し声を大きめにして話しかけてみる。
すると、女性はそのそばかすのある顔を少し潜めて、煙草から口を離し周囲を見渡して……気がついた。
「……あぁー!ごめんごめん!
居たんだ?気が付かなかったよー!悪いねぇ!」
そして、慣れた手つきで携帯用の喫煙ケースにじゅっと煙草の先を押し当ててそのまま煙草を収納すると、俺に口の端をあげた軽い笑顔で謝ってきたのだった。
ーー
《強化土》で出来た研究所の中。
程よく整理された戸棚と伏せられた写真立て、後はぐちゃぐちゃに本や資料の積み上げられた作業机のあるその部屋の応接ソファーにて。
手渡された便箋を読み流しながら、目の前の女性、リエルサさんはにこにこと微笑んだ。
「ふむふむ、なるほどねぇー。
こういう経緯でレントくんはシャルロッタの指名を受けて私に手紙を届けに来てくれたんだ?ありがとねぇ?」
手紙にはこれまでの経緯が書いてあるのだろう。
俺はそんなリエルサさんの様子を見ながら、内心で変なことを書かれていないかヒヤヒヤしながらも頷いておく。
「そうですね。シャルロッタさんの指名依頼で第一魔族領からここまで来ました。なんでも所長さんへの手紙と、そのお手伝いをして欲しいとかで……」
シャルロッタさんに聞いた限りだと、今回の指名依頼の内容は大きく別けて二つだった。
ひとつは龍脈研究所の所長さんであるリエルサさんに手紙を届けること。もう一つは、彼女の仕事のお手伝いをして欲しいという事。
『龍脈研究所の仕事は大変らしくてね。前々から調査の為に人手が欲しいと頼まれてたのよ。適性のある人間を送ってくれって』
……との事だった。
まぁ、その他にも第二魔族領の特産品とか第一魔族領に売ってないお菓子とかも買ってきてと頼まれたが……それは恐らく依頼外の話である。出来たら探してみようと思う。
「それで、依頼内容の件なんですが……俺はなんの手伝いをすれば良いんでしょうか?リエルサさん」
「あぁ、そうだったね。お手伝い、ね。
……じゃあ来てもらって早々だけど、キミが気になってる話をしようか?レントくん」
研究所の応接室らしき場所のソファ。
その緑色の落ち着いた雰囲気のするソファの上で、軽く手を組みながらリエルサさんは俺の問いに答え始める。
「───キミは『禍滝のダンジョン』って知ってるかな?
魔国で有名な古参ダンジョンなんだけど……この近くにある滝の裏にある洞窟のダンジョンでね。そこが前々から我々の調査対象なんだよ。……理由は解るかな?」
「理由、ですか……あー、もしかして『魔脈直上』のダンジョンなんですか?『禍滝のダンジョン』って」
「そう。こっちでは『魔脈』じゃなくて『龍脈』だけどね。
だからこそ定期的に間引く意味も込めて、調査員を派遣して貰ってるんだ。シャルロッタとか他の友人とかにね。龍脈の調査も大変だよ。色々とね」
その話を聞いて思い出す。
『魔脈』……こっちでは『龍脈』らしいが、俺の祖国であるアレグバドル直下にも流れていた、地下にある魔力溜まりの川の様なもののことであるらしい。
なんでも、アレグバドルの方では『原初の魔王』の血が地下に流れ出した結果だとか、その血の影響によって直上に生まれるダンジョンには大量の魔物が発生するだとか言われていたが……恐らく此方も寓話とか噂話程度の物なのだろう。人族国家が魔国を敵として認識するための洗脳目的のおとぎ話だと思う。
「……」
……だが、魔脈直上に生まれるダンジョンには大量の魔物が発生する、というのだけは本当だった。
例えば、聖王国アレグバドルから魔国にかけての最短ルートにある《禁域の森》。
あれも実はダンジョンの1種であり、どこからともなく魔物が発生しては互いに食い合い独自の自然界を形成しているのだ。
───そして他にも、人族国家ミレーニアの『鏡の峡谷』。南東部シャドレーノ公国の『思惑の城』。
そのような、突如として世界に現れた『突発的異常地帯』である《ダンジョン》の最大級のものが、地下魔力溜りの直上にできる『魔脈直上ダンジョン』なのである。
一度禁域で死にかけた身だ。それに他の魔脈直上ダンジョンにも何回か潜ったことがある。その恐ろしさは身に染みて分かっていた。
「……ですが、そんな直上ダンジョンになんの調査に?
氾濫しない為にも間引くのは大事ですけど、それだけじゃないですよね?」
すると、そんな俺の問いに、待ってましたとばかりに対面のリエルサさんがその口角を上げた。そして───
「うんうん、やっぱり気になるよねぇ……!
それはだねぇレントくん。我が龍脈研究所の研究テーマである『魔力炉』の設置をね……?って痛ッッ!?」
……そしてその後頭部にダン!と法書のように分厚い本が振り下ろされ、リエルサさんはあえなく撃沈した。
「もう所長っ!ダメでありますですよ?!
そうペらぺらと内部の情報を喋らないでください!漏らしたら危ないですよッ?!」
ふんすと現れたのはあどけない少女だった。
鼠の獣人なのだろう。楕円形の大きな耳に淡い栗色の髪。
かけられた白いカーディガンが深い青色のワンピースによく似合っている可愛らしい様相の少女だ。
そんな少女の登場に俺は少々驚きながらも、にこりと笑顔を作って話しかける。
「どうも、こんにちは。
第一魔族領冒険者ギルド『銀剣の宿』から依頼を受けてやって来ました。銀級冒険者のレントと言います。
指名依頼の相手からリエルサさんのお手伝いを頼まれてるから、どうぞ宜しくね?」
「あ……!これはどうもご丁寧に、ありがとうございますです!わたし、この研究所で所員をしてます、にゃーという鼠獣人族です!宜しくお願い致しますですっ!」
なるほど、鼠なのに"にゃー"なんだな。
獣人族は他種族からしたら名前が少々おかしいことで有名である。そしてこの子も例に漏れない純獣人っ子のようだった。
「所長、所長……!
この人族の冒険者さん礼儀正しいですよ……っ!?
驚きです……!こんな優しそうな冒険者さんがこの世界に居たなんて……有り得ないです……!」
「あぁ、そうだねぇ。
今までのと比べると天地ほどの差があるね、にゃー。今回は私も手が掛からなさそうで安心したよ。良かったねぇ」
うん、めっちゃ聞こえてる。小声で喋ってるつもりなんだろうが、あいにく俺は耳が良かった。
冒険者……あんまりいい印象無いんだなぁ……。
まぁ信用商売とはいえ荒くれものの集まりだしな。低ランクになればなるほど、粗雑な輩も増えるし。
そんなことを思いながら、俺はにゃーちゃんが持ってきてくれていた珈琲を口に含んでこれからの依頼について思いを馳せていた。
『魔脈直上ダンジョン』。
俺一人でどうにかなればいいが……以前、別の直上ダンジョンに潜った時のことを思い出す限り、もう少し人手が欲しい所であった。
腕が立つ奴とは言わない。ある程度そつなくこなせて、気配りができるやつが居ると心強かった。
「そうだな、となると……」
うん、多分、あの子に頼めば大丈夫だろう。
俺は頭の中でそう結論付けると、軽く頷いてリエルサさんに向けて口を開いた。
「すみません、同行させたい冒険者が居るんですけど、呼んできても大丈夫ですか?名前は……」
ーー
「───宜しくお願いします!
『銀剣の宿』所属、銅級冒険者のハルキですっ!得意なのは盾術、まだ冒険者始めたてですけど、頑張りますっ……!」
魔力直上ダンジョン……《禍滝のダンジョン》前の整備された入口にて彼はばっと頭を下げて自己紹介する。
彼はハルキくんだ。言わずもがな、このノエルゼの街に来るまでに馬車護衛依頼を一緒にこなしたあの子である。
「ハルキくん、確かノエルゼで仕事するって話してたからさ。どうかなと思って誘ってみたけど、来てくれて嬉しいよ!」
そんな彼に俺はすっと近寄って、緊張した様子のその手を掴んで握手しながらも馬車旅中のハルキくんを思い出す。
この子、冒険者の中では新人寄りの銅級冒険者ではあるが、道中で話を聞いた所、護衛依頼を主とした《騎士職》のソロ冒険者であるらしいのだ。
───《騎士職》は大変珍しい職種である。
攻守こなせる"攻防一体型"で、大盾や位置取り立ち回りの扱いに長けており、特に人を守るという点において、他の職に追随を許さないのが特徴である。
つまり堅いし強いしサポートが出来る。
今日いるメンツとして、俺一人では守り切れるかどうか不安だったので呼ばせてもらった次第だった。
「よろしくお願いしますです!」「あぁ、よろしくねぇ」
「は、はい!レントさんほど強くはありませんが、精一杯頑張りますっ!」
という訳で、今回《禍滝のダンジョン》に潜るメンバーはこの四人(俺、リエルサさん、にゃーちゃん、ハルキくん)。
後、それに加えて龍脈研究所の『機構部所属』とかいう所員さん数名である。
「ハルキくん、俺、来た敵全部急いで接敵して倒すから、みんなの守り宜しくね……!頼んだよ……!」
「は、はい!わかりましたっ……!
なるべく近寄らせないように頑張りますっ……!」
そう、研究員の彼らがどの程度戦えるのか分からないのだ。用心はしておくに越したことはないだろう。
そう思いながら、俺たちは『魔脈直上ダンジョン』。
激しく打ち付ける滝裏に存在する洞窟型のダンジョンである《禍痕の滝》へと、足を踏み入れることとなったのだった。




