第6話「フレウの友達」
「え?友達と喧嘩した?」
「う、うむ。そうなんじゃよ。
それでちょっと火傷してな。この有様じゃ」
俺が冒険者ギルドで再登録し、しこたま酒を呑んで記憶をぶっ飛ばした次の日。
朝の食卓で腕やらに包帯を巻いたフレウにどうしたのかと問いかけた所、友達と喧嘩したと言われた。
理由は、紅茶のお供に食べていたオヤツの最後のひとつが取り合いになり、ぶん殴りおーけー魔法ぶっぱのガチ戦闘になってしまったとか。
「へぇー。魔族って怖いなぁ。
そんなオヤツひとつでガチ喧嘩になるんだ……俺も気をつけよ」
そんな事を呟きながら、俺はレミさんの作ってくれた朝食に舌鼓を打ちもぐもぐと料理を頬張る。
今日は龍魚の切り身焼きと、ニンジン玉ねぎ+魔香草のスープ。そして、最後に朝から丹精込めてレミさんが焼いてくれたらしい白いふわふわパンのオーソドックス朝食だ。
……まぁ、人間界では指定害獣の龍魚が朝食に出てる時点でオーソドックスでは無いかもしれないが。
そこはもうご愛嬌というか。魔族領らしい光景だし美味しいし良いかと俺は思うようにしている。
「レント様、おかわりは要りますか?」
「ん、あぁ頼むよ。
出来れば魔香草多めがいいな。宜しくレミさん」
「あ、妾も頼む!レミ、にんじん抜きで!」
「はい、かしこまりました。
では……お二人共、多めに入れてきますね?」
スタスタと歩いていくレミさん。
そんな後ろ姿を「後生じゃ……酷い、レミ……」と呟きながら見つめているフレウは、哀愁漂うへちゃむくれた口元で泣いていた。
フレウにんじん嫌いなんだなぁ。
まぁ俺もあんまり好きではないが、この魔香草のスープだけは意外と大丈夫なんだよな。なんでだろう。
なんというか、甘さが良いアクセントになってるというか、組み合わせが巧妙というか。
最近、毎朝食べてるけど飽きないんだよな。これ。
「ずずず」
「うう、にんじん嫌いじゃあ……いやじゃあ……」
「……そんなににんじん嫌いなら俺食べようか?フレウ」
「……え?!ほ、ほんとか?!
レント食べてくれるのか?お主なんて良い奴なんじゃ!
妾、この恩は一生忘れないぞ!ありがとうっ!」
そんなふうに、俺たちの朝は始まる。
こうしてみんなで顔を合わせてからそれぞれの仕事に戻っていくのだ。
あぁ、本当、こんなにも団欒を感じられるようになったのって俺の人生でいつぶりだろうか。
少なくとも、俺が勇者の時は一つもなかったと思うし、
幼少期の頃も国王ら……両親達とも卓を囲んだことは少なかった筈だし。
そもそもご飯を食べること自体、栄養補給の目的で喉元に流し込んで終わりみたいな生活をしていた人間だったから……正直、こういうのは魔族領にきて初めての経験だったのだ。
「でも、本当に良いのか?
お主もにんじんあまり好きじゃないじゃろう?
確か、言っておったよな、この前話してくれた野営の時にいつも食べてて、って。大丈夫か?」
「あぁ、別に良いよ。レミさんの作る料理は美味しいし。
フレウには沢山恩があるしな。こういう所で少しぐらい返してかなきゃ、俺、死ぬまでに返しきれないから」
だからこそ、俺は噛み締めるようにしていた。
この今得られている幸せが、望んでも手に入らないものだと知っているからだ。
「……はー、お主は何言っておるっ!
恩など感じんで良いといつも言ってるじゃろうが?
妾は大体の行動を好きでやってるんじゃからな、お主を助けたのも、妾の勝手でっ!」
「じゃあ、このにんじんも俺の勝手だからな。フレウも恩なんて感じなくていいさ。頂きます」
パクリとにんじんを口にする。
そして、自分の器に残っていたにんじんを食べられた事でぽかんと口を空けたフレウを見て、俺はしてやったりと微笑んでいた。
「ふふっ、何してるんですか。お二人共楽しそうですね。
さぁ、おかわりお持ちしましたよ。どうぞお召し上がりくださいな」
そう───これはそんな風に、俺のいつも通りとなった日常の朝の風景だ。
「お!はーい、ありがとうレミさん。いただきます!」
「いただくのじゃー!」
「ゆっくり食べて下さいね。急がなくとも食事は逃げませんから……勿論、にんじんもね?」
俺の人生に今まで無かった、心まで暖かくなるような団欒の景色。最近、それがやっと自らの手元にあることを理解して、俺は少しずつその色を受け入れ始めている最中なのだった。
ーー
「こんにちは、クソ人間。
私、フレウの友達のシャルロッタよ。よろしく」
───午前11時40分。
朝食も終わり、みんなが仕事をしに解散し、俺が部屋で掃除をしていると……なんとガチャリと俺の部屋の扉を開けて銀髪の少女が入ってきた。
人国でも魔国でも稀に見ないような美人さんだ。
血のような赤目が綺麗な、フレウと同じかそれより少し高いぐらいの身長を持った銀髪少女である。
「ふん、簡素な部屋ね。生活感の一つもないじゃない。
私、家具の趣味が合わない人とは話したくもないのだけれど。まぁいいわ。許してあげる」
そして、そんな少女は顔に見合わぬ物言いでスタスタと俺の部屋を物色しあらかた貶すと、俺の自室の窓際に置いてあった机の木椅子にストンと座り優雅に紅茶を飲み始めた。
あぁ……残念系美人か。
偶に居るんだよな。俺も何度か会ったことがあるぞ。
アレグバドルにいた頃、貴族の上層位の箱入り令嬢がこんな感じの性格をしていたのだ。
そんで、俺も一応王子だったから良く顔を合わせてたんだけど……まぁよく喧嘩したのを覚えている。
俺は内心そんな事を思い出しながらも、取り敢えず茶菓子を用意する。
だってこの子、フレウの友達と言っていたし……あまり無下にする訳には行かないだろう。
綺麗な薔薇には刺があるとはよく言ったもので、こういうタイプは細かな気使いを欠かすと、一瞬で棘を刺し殺してくるのだ。それを俺は知っていた。
……という訳で、窓際にあるテーブル。
そこに、コトンと白い薄皮に包まれた糖の塊で出来たお菓子を小さな皿に盛り付けて差し出した。
「はい、これどうぞ。
いきなりの来訪だったから、今はこのぐらいしか出せないけど。許してくれると嬉しいよ」
これは魔国まんじゅうだ。
観光の時にこっそり買っておいた、観光土産的なやつの少し高級らしい"ニホン"伝来の甘味とか。
とても美味しいらしく、実は後でフレウと一緒に食べようと思ってたんだが……まぁ仕方ないだろう。
だって多分、話のタイミング的にこの子がフレウと喧嘩したオヤツっ子だろうしな。
ここで出さなきゃ殺される可能性がある。
それは嫌だ。俺はおやつで死にたくないのだ。
「……ふん、そう。まぁ頂いておくわ。
私の寛大な心に感謝しなさいな、クソ人間?」
という訳で、いきなりやってきた銀髪少女のシャルロッタさんはその純白のもち肌お菓子を食べ始めた。
優雅な手つきでフォークを使い、柔肌の彼女を器用に切り分けて口に運んでいく。
……魔国まんじゅう、ぶよぶよして切りにくそうなのに上手なものである。断面まで綺麗に真っ二つだ。
どうやったらああなるのだろう……その細腕からは分からないほどの強靭な力でも込められているのだろうか?
「……」
しかし、そんな中で。
俺は少しだけ気になった点があった。
多分、昨日の喧嘩が相当激しかったのだろう。
フレウと同様、首元や腕・手首に包帯を巻いてる姿を観察して、ひとつの事に気がついたのだ。
「カチャ……カチャ……」
うん、多分当たりだな。
きっと手首がまだ痛むんだろう。
その、普段ならばひとつの淀みも無さそうな、優雅で自然な動作の中に明らかに手首を庇う動きが混じっているように感じられたのだ。
なので、俺はその様子が少し気になって……こう提案してみた。
「あの……手首痛いなら、光魔法とか使います?
俺、少しだけなら治癒系も覚えてるから、治癒活性ぐらいなら出来るけど……」
「は?余計なお世話よ。
私は魔族だから光属性なんて食らったら死ぬわ。優しさとお節介を履き違えないで。ゴミ人間?」
ブリザードだった。
氷結魔法の究極技でも使われたのかな?ってぐらい場が一瞬で冷え切った。
うん、光魔法を選択した俺も悪いが、一ミスに対しての返しが凄まじく大きかった。致命傷だった。
「さいですか……えっと、じゃあ俺掃除しときますんで、なんかあったら呼んでくださぁい……」
そうしてクソからゴミに格下げとなった俺は無事死亡。
少女が魔国まんじゅうを食べ切るまでの間、涙を堪えながら布巾で窓を拭く作業に従事することしか出来ないのだった。
ーー
しばらくして。
「ふぅ、ご馳走様。
やはり"ニホン"の甘味は美味しいわね。私も数人出身者を知ってるけど、あまり関わりがないから嬉しいわ」
そう呟いて、シャルロッタさんは魔国まんじゅうを平らげると少し満足そうにして俺に皿を渡してくる。
そして優雅な手つきでドレスの懐から薔薇の刺繍の入ったハンカチを取りだし、自らの口元を拭いてみせた。
「へぇー、そうなんですね?
俺、友人から教えてもらったお店で買って貰ったんで、知りませんでした。そんなに良い奴だったんだな、あれ」
そんな事を言われて思い出す。
昨日のギルドからの帰り道、朧気ながら記憶に残っている情報の中でダンバルから教えて貰った裏通りの茶屋に寄ってレミさんに買って貰ったのだ。
『ははは、これ買ってフレウを喜ばせるんだー!』
みたいなことを言ったら、レミさんがくすくすと笑っていたのだけは印象に深く残っていたので覚えている。
「ふふ……」
あの時の笑顔、可愛かったなぁ……。
眠気MAXでうろ覚えだったからあんまり記憶には残ってないけど……もっかい見たいな。
「何笑ってるの?いきなりキモイわね。貴方」
「ぐっ……!?き、キモイ……?
い、いや、すみません。ちょっと思い出し笑みを……」
うん、なんか泣きたくなってきた。
この人、可愛い顔に似合わず言葉のパンチラインが直過ぎて顔面ボッコボコだ。鋭利な刃過ぎて、俺じゃ対処しきれないかもしれない。
アレグバドルにいた箱入り令嬢もここまでの毒舌じゃなかったし、最早経験のない領域まで来ていたのだ。
「えっと、じゃあ、俺ちょっと仕事してくるので……。
たぶん待ってたらフレウも来ると思うし、少しお待ち頂いてもいいですか?」
なので、俺は戦略的撤退をすることにした。
何故ならば大人だから。大人は人前で泣かないのだ。
ましてや元勇者の身分の分際で、こんな事で泣くなんて事は有り得ないのだった。
心が強いのだ勇者は。だから勇者なのである。
という訳で俺は少し目頭を抑えて上を向きながら自室の外に出ようとした。……いや別に深い意味は無い。
冒険者の仕事を久しぶりにしてみようと思っただけだ。本当だ。本当に仕事するだけである。
外に出て泣くとか、下を向いたら涙がこぼれそうとか、ぜんぜん無い。ないったらない。
「では、俺はこれで───」
……しかし。
「待ちなさい。まだ話は終わってないわ。
私は貴方に用があってきたのよ。フレウの方じゃないわ」
少女はそんな俺の裾をぐっと掴んで、俺を引き止めたのだ。
「え?俺に?えっと、何の用ですかね?」
その言葉を聞いて俺は思わず問いかけた。
なんだろうか。
てっきりフレウとの仲直りでもしに来たものだと思っていたから、俺の方に会いに来たとは意外だった。
「用事……そうね。
私、クソ人間な貴方に少し興味があるのよ。
フレウから良く話は聞いているわ。なんでも、とてもいい人だってね?」
その言葉に、俺は少し嬉しくなる。
フレウ、俺の事良い人だって思ってたのか。
もしかしたら形式上のおべっかかもしれないが、それでも俺としては嬉しい話だ。
「はは、いい人だなんて。ありがとうございます。
……でも、正直俺自身は自分の事をそんなに良い人じゃないと思ってるんで。
多分、シャルロッタさんに興味を持たれるような人間じゃないですよ?それでもいいですかね?」
「ええ、良いわよ。
私が聞きたいだけだから。早く話して」
……という訳なので。
俺は、暇つぶしがてら、少しだけ自分の事を話してみることにしたのだ。
もちろん勇者という事はぼかしてだが、生まれてからこれまでの境遇、心境。
思い出せることはある程度、適度に公平な視点で話せるように務めながら、俺がやって来たことを語る。
「……人々を救う為、世界をより良くする為。
自分では真面目にやってきたつもりでしたが、それは、どうやら別の視点から見ればハリボテだったようで。
最近、どれだけ自分が盲目で歩いてきていたのかを一つづつ分からされる毎日ですよ。本当にね」
そう、さっきも言った通り、俺自身はあまり良い人間ではない。
祖国に言われて人殺しもそこそこしてるし、魔族も何十人、何百人と殺している。
───世界の為、お国の為、平和の為と銘打って『教育』されてやってきた事ではあるが、彼らを、そして国に悪人と呼ばれた者達を何人もの命を奪ってきたのだ。
それは、そうそう許されて良いものでは無い。
俺は祖国では《勇者》として持て囃されてきた自覚はあるが、それはどうやっても何も考えずに動く傀儡で……
決して頭の良い《賢者》では無かったのだから。
誇って良いものではなかった。
「はは……それで昔からの友達とも仲違いして、言い訳も出来ずに離れ離れになりましたし。自分のことながら、良い気味です。情けない」
今でも思い出すのはハルトマンの事だ。
あの時、禁域の森で言われた言葉が今でも胸に突き刺さっている。
『情けない姿だな、レント』
『喋るな。耳が腐る』
『お前も元勇者だろう。ならばそれで潔く去ね』
……思えばあの日、勇者の俺は死んだのだろう。
あの、去り際に言われたハルトマンの言葉で、勇者の俺は完全に打ち砕かれた。
残っているのは、感傷と憎しみと、後悔と諦め……。
そして惨めで落ちぶれたと言われても仕方のないほどに、心にぽっかりと空いた穴の底の部分で『勇者の残りカス』みたいな俺が……ずっとずっとへばり付いているのだ。
「……へぇ、それで?
貴方はここからどうするつもり?地位を奪われて故郷も失って、いったい貴方は何をしようというのかしら?
……まさか復讐でもしようとか考えてない?どうなの?」
「いいえ、そういうことは今は考えてないですね。
確かに少し前までは恨みもしましたが、今は、なんというかこう……空っぽというか。なんというか。あんまり分からないというのが、実情です。」
でも、それでも分かることが幾つかある。
例えば、俺に気付かれないように、心に空いた穴を必死に埋めようとしてくれている皆の事とか……。
そんな大切な周りの人々のおかげで、今の俺がある事とか、こうして今までの事を考えられるようになったということが、何よりも変え難い物なのだろうと思うようになった事とか。色々だ。
「でも、多分それだけじゃだめなんだろうなぁ、とも思うんです。考えてるだけじゃ、何も変わらないと。
……俺の底にあるものが、囁くんですよ。必死に。」
そう、だからこそ、その心の奥底にある"勇者の残りカス"が囁いてくるのだ。
お前が自らで動けるようになれと。
助けれてくれた皆の分も、お前が代わりに助けられるようになれと。
───今日食べた魔香草のスープの味を忘れないうちに、出来る限りの行動をして、周りの人の役に立てと囁いてくるのだ。
「これって多分、きっと俺の最後に残った《善性》だと思うんですよ。
知ってますか?人族圏で流行っている『性善性悪の定義』という哲学がありまして。それによるとですね……」
これは幼い頃、哲学者だった母に聞いた話だ。
『人は元々根源たる悪の部分と善の部分で構成されていて、環境によってそれが揺れ動く』
という話で、なんでも、その人の置かれた人間関係や家庭環境、時代、歴史、風土や風習の様々な外的要因によって人は元々奥底に眠っている『善と悪』というものを呼び覚まされてしまうらしい。
それが、元々どのような悪性だったり、善性だったり、というのは人それぞれ違うらしいが、どのような善人でも、環境が死ぬほどに悪ければ悪人になってしまうよ、という哲学……というか考え方らしい。
「なので、ですよ。今のフレウやシャルロッタさんが言うような『良い人』な俺がいるのは、多分周りで支えてくれている人々のお陰でして……。
だからこそ俺も、出来る限り周りに、その《善性》ってやつを返せるようにこれから動いていければなぁ……って。
最近、少し自分を振り返ってみて、考えるようになったんです。……本当に最近ですけどね。ははは……」
でも、きっとそれが俺が今まで勇者としてしてこなかった『見て見ぬふりをしていた』部分だと思うから。
今まで、環境に弄ばれて人を幸福に出来なかった分、
これからは沢山、自らの根底にある想いのままに全ての人々に手を伸ばすことが出来ればな───と、内心ではあるが、大きな声では言えないが、俺は考えるようになっていたのだ。
……まぁでも、まだ全然弱いから出来ればではあるが。
少なくとも行く行くは、フレウの横に並び立てるぐらいには強くなりたいと願うようになった。
「……はぁ、それで?具体的にはどうするの?
見通しのない目標なんてただの飾りよ?その目的を達成するために、貴方はこれから具体的に何をするつもりなの?」
そう問いかけられて、俺は少し考える。
「そうですね。
とりあえず、冒険者として仕事をこなしながら魔国の各地を見て回ってこようかと。そこで、俺が力になれそうなことがあれば、手伝えればなー……みたいな」
「そう。でもそれはいい迷惑ではなくて?
力なきものが全て手を差し伸べられることを望んでいるとは限らないじゃない。その結果、貴方の自己満足で終わって罵倒されるだけかもしれないわよ?」
「……あー、それならそれでいいですよ。
罵倒されたら流石に凹みますけど……でも、本当に手を欲しがってる人を見逃すぐらいなら、自己満足でもなんでもやった方がマシだと俺は思います。」
そんな俺の発言を聞いてシャルロッタさんは眉をひそめて怪訝な顔をする。
「……無理よ。
人間の手なんて、借りたい魔族がいると思う?
手を差し伸べた先で、拒絶されて貶されて殺されかけるのが目に見えてるわ。意味のない行動よ。そんなの」
どうやら納得いってないらしい。
まぁ、そうだよな。突然ぽっと出の人間にこんなこと言われても、心に何か響くわけもないし。
「まぁ、だからこそこれから頑張りたいんです。
良い人と言って、俺なんかを助けてくれた……フレウ達の為にも。この想いはなるべく捨てたくないですし……」
───あの日、俺を抱き抱えてくれた優しい手のように。
俺も誰かを心の底から救えればいいなと、少しでも心にできた余裕の中で考えられるようになったから。
「だからこそ、限りある俺の人生の内で、これからは俺の心を分け与えて……一人の人間の"レント"として困っている人々に手を伸ばそうと思ったんです。
これは、拒絶されて簡単に諦めて良いほど、俺にとって軽いものじゃないと思うので……大丈夫です。罵倒されても何とかなりますよ。多分。」
そう、俺はもう大丈夫だと思う。
周りに沢山の支えてくれる大切な人がいて、その人たちの為に頑張れるのだから。
きっと、これほど嬉しいことはないのだろう。
だって、俺の勇者としてフレウを討伐する為だけに存在意義を見出してきた人生のなかで、これほど有意義な目標を持てることなんてなかったのだから。
───きっと、今が一番、レントとして幸せに生きられていると……俺は思っている。
「……だから、シャルロッタさんも心配してくれてありがとうございます。俺、頑張りますね。
物語に出てくる"本物の勇者"みたいに───成れたらいいな、と。思ってますから。」
そうして俺はシャルロッタさんに。
出来る限り優しい表情で にこりと笑いかけたのだ。
「……はぁ、そう。貴方は。
そういう考え方をする人間なのね。解ったわよ」
「?そういう考え方ってなんで───?」
「 いや、何でもないわ。
忘れて頂戴。今のは独り言だから。」
……なんだろうか。
そういう考え方とは、一体どういう考え方だろう?
しかしそんな疑問も解消しない中。
シャルロッタさんは部屋の窓をぎぃと開け放った。
そして───
「じゃあ、また会いましょうか。レント。
貴方の出した茶菓子は……まぁ美味しかったわ。ご馳走様。でも、次は紅茶も用意しておいてね。宜しく」
「あッ、シャルロッタさん落ちッ!?」
……次の瞬間だった。
突如、開け放った窓枠の外に背を預け、そのまま倒れ込むように後ろへ倒れてシャルロッタさんは部屋の外へ飛び出したのだ。
そしてそのまま、俺が窓枠の下を見た時には、その姿は無かった。
あるのは、外に広がっていた綺麗な白雲の浮かぶ青い空と、その空を不自然に飛び立つ蝙蝠の群れの様なものだけだった。
「……消えた。なんだったんだ、結局?
なんか意味深なこと言って消えちゃったし、ほんとに話にきただけだったのか……?」
ていうかフレウ、シャルロッタさんと仲直り出来たのかな。あいつ落ち込んでたし、できてるといいな……。
「……あの表情、なんだったんだろう。一体……」
窓枠から落ちていくシャルロッタさんの表情。
最後に見た彼女の少し俯くような目線に少し引っかかりを覚える。悲しそうな顔だった。辛そうな目だった。
……しかし、そんな事よりも先ずはやる事があるだろう。
俺はそう思い立ち、パンと自らの頬を叩き、気合を入れて立ち上がったのだ。
「まぁ、取り敢えず、と。
───今は、さっさと掃除終わらせるかっ!」
そうして、俺は彼女が居て掃除出来ていなかった窓際下の清掃をするために、一人になった自室にて。
───少し、何処か寂しいな、などという感傷に浸りながら。気合いを入れ直して働き始めたのだった。
ーー
……そして翌日。
「あら、おはようクソ人間。
予想に紛うことなき不細工な寝起き顔ね。夜、寝苦しくて寝返りを打った後の寄れたシーツみたいだわ。」
「えっと……。
なんで居るんですかね、シャルロッタさん……?
あの、先日の意味深な別れはなんだったんですか……?」
俺の団欒の食卓に何故か、謎の銀髪少女が増えていたのだ。
───そう、これは俺のいつも通りの朝の団欒に加えられた銀髪少女シャルロッタさんとの……出会いの物語だ。




