第4話「ギルドとエール」
「お〜ここが魔族領の冒険者ギルドか。
人族領の冒険者ギルドとはやっぱり違うな」
フレウとの大競り勝負後、俺たちは冒険者ギルドへと来ていた。本来ここに行く予定はなかったのだが、魔族領にも冒険者ギルドがあるということを聞かされて興味が湧いたので案内してもらったのだ。
「まぁ、人族のギルドは人族の宗教が主権を握っておるからな。狩猟組合が運営してるこっちとは大違いじゃろう」
指輪を渡した時から、手を絶対に離してくれないフレウがそう説明してくれる。
なるほど、そういえば赤いステンドグラスの窓とか、十字架に貫かれた魔物の絵が人族領のどこのギルドにもあったな。趣味悪いなぁと思いながら見てたが、宗教的なあれだったのか。
俺は人族領のギルドを思い出しながら目の前のギルドの外観を観察する。
魔族領の冒険者ギルドは、木造二階建ての建物で他の施設や住居に比べて一回り大きい。
よく見るだろう入口の上には、剣をクロスしているかっこいい紋章があった。恐らくはギルドのシンボルなのだろう。
「よし、じゃあ入るか!」
俺は、ワクワクしながらフレウとレミさんの方を見る。
きっとひとつ返事で行くぞ!と言ってくれると思っていたが、帰ってきた反応は予想と違うものだった。
「いや、妾はお主が冒険者ギルドに行っている間に用事を済ませてくる。じゃから一緒には行けないのじゃ!すまんな」
そう言って名残惜しそうに手を離すフレウ。先程まであった温もりは徐々に俺の手から無くなっていった。
そういえば用事があるって言ってたな……
少し寂しいが、まぁ仕方ないだろう。
俺は乱れた気持ちをリセットしてフレウに笑顔を見せた。
「いや、いいよ。ギルドを見たいと言ったのは俺だし……逆に用事があるのにここまで連れてきてもらって悪いな」
少しバツの悪そうな表情をしていたフレウはそれを聞いて安心したようで、そっと胸をなでおろした。
「そうか……いや、いいのじゃ。妾とレミがいない間は余り動くんじゃないぞ?じゃあ行ってくるからな?」
「そんな子供みたいに……俺だって一応大人だからな?
さぁ用事があるんだろ?行った行った!俺は大丈夫だから!」
今度は別の意味で落ち着かない様子を見せるフレウの背中を押し送り出す。
そのあともチラチラと俺の方を見ていたが、時間がそろそろやばくなってきたのか慌てて駆け出して行った。
全く、無邪気な子供みたいだったり心配する親みたいだったり……ほんと忙しい奴だな?
まぁそれだけ気にかけてくれてるってことか……
「さーてと、俺もそろそろ行くかな……」
姿が見えなくなるまでフレウとレミさんを見守ったあと、俺は軽く息を吐いて冒険者ギルドに入っていく。
入口の扉は既に開け放たれており、中の喧騒が外に漏れ出ていた。
意を決して中に入ると、晴れた夏の澄んだ空気は消え失せ酒やら汗やら血やらの何とも言い難い空気が肺を満たした。
どうやら1階は酒場や魔物素材の買取場、休憩場などが一体になってるようだ。
俺はその空気に少しうっとなったが、まぁそこまでではなくすぐに慣れた。
うん、人族のギルドは中に酒場なんてなかったから新鮮だな!むしろ割と無骨で好きかもしれない。
とことこと歩いて受付らしきところに向かっていく。
聞いた話によるとそこで冒険者登録ができるらしい。なんでも依頼達成度に応じてランクが上がるとかなんとか……
そんな制度人族の方にはなかったからワクワクするな!
そんなことを考えながら歩いていた次の瞬間。
「ッッ……!!ごふっ!」
何故か真正面から吹っ飛んできた大男。
それを受け止める形で俺は壁にぶち当たった。
「いてて……なんだ…何が起こった?」
壁に当たった俺は吹っ飛んできたのびている大男を取り敢えず横に寝かせて、現状を把握するために吹っ飛んできたその先を見やる。
その場所は、今俺が向かっていた場所。受付カウンターであった。
「もう、ダンべルさんったら。女の子にセクハラしちゃ駄目っていつも言ってるじゃないですかぁ……」
そう言って、指をポキポキと鳴らしながら怖い笑顔で近寄ってくる女性。肩上ぐらいの黒髪で、透き通るような金色が綺麗なぱっちりとした瞳の人だ。身長は150から60くらいか?体型は普通だ。
服装はフリルを無くして実用性を取ったメイド服のような服を来ていた。そして服の胸ポケット辺りに、ふたつの剣の絵とギルド職員と書かれたプレートが一つ。
えーと、名前は「ヒイラギ・トツカ」?不思議な名前だな。
「ダンべルさん……?聞いてるんですか……ってあぁぁぁあ!すみません!大丈夫ですか?!」
心を落ち着かせるために俺がそんなことを考えていると、受付嬢であろうトツカさんが焦って近寄ってきた。
「俺は大丈夫ですよ。でもこの人が……」
俺は床で伸びているダンべルと呼ばれていた大男を指さす。
因みにフレウの一撃で割と重症を負った俺だが、これでも一応勇者をやっていたので体は強い方だ。
なので、このぐらいでは少し痛いぐらいで致命傷を受けることはないのだよ。
……まぁ最近露店の人に殺されかけたが、あれはノーカンだ。ちょ、ちょっと気を抜いてただけだし…
「あぁ、その人は別にいつもの事ですので大丈夫です!」
心の中で弁明していると、ぱっとした笑顔を作りトツカさんはそう答えた。
いつもの事なわけないだろと思い周囲を見渡してみるが、誰もこちらを気にとめず談笑や食事を楽しんでいることから、ホントの事なんだなと理解させられた。
「えーと、ならいいんですが……人をぶっ飛ばすのは危ないですよ?」
「ほんとにすみませんでした……」
次に来た人が巻き込まれないようにと思い少し注意すると、しょんぼりとした顔で謝らせてしまった。
……まぁでもほんとに危ないと思うし、言っといた方がいいだろう。心が痛むが必要悪だ。
「じゃあ俺はもう行きますね」
俺は、受付に歩き出す。
だが、それまでしょんぼりとしていたトツカさんが、気になったことがあったようで恐る恐る話しかけて来た。
「あの、見かけないお顔ですが此方にはなんの用で?」
好奇心旺盛なのか、気まずいながらも気になってしまってつい聞いたのだろう。すぐに、「あっ!すみません!嫌なら答えなくてもいいですよ!」と返していた。
「あー冒険者登録をお願いしに来たんですよ。受付でできると聞いたので……」
俺は、隠す必要も無いのでそう答えた。
「それなら!私にお任せ下さい!こっちです!」
それを聞いたトツカさんはしょんぼりした顔から一転、満面の笑みになり俺の手を引いてカウンターの方へ向かっていく。
切り替え早いなこの人。いや、荒くれ者の冒険者を扱うにはこのぐらいじゃないと成り立たないのか?
「いや、これは元々ですね!さぁ着きましたよ!」
やべ、声漏れてた。
俺は動揺してるのがバレないように、トツカさんが開けた扉の先を見た。
受付カウンターの隣の部屋の中にあるそれは、緑がかった石造りの祭壇であった。
「さぁ入りましょう!」
「あぁ、わかった」
懐かしいと思いながら中に入る。
というのも、これは人族の冒険者ギルドにもあったものなのだ。名前やら職業やら称号やらを表示してくれるカードを作る大変便利なもので、確か、古代から伝わる神器のひとつだったような?
なんでも、特定の儀式を行う事でこの祭壇が出現するとか何とか……
だから、世界中のどの冒険者ギルドにも同じものが置いてあるらしい。昔王宮の文献で読んだことがある。
「えーとですねー。この針で少し血を出して、えーと確かここの四角いところに落として貰えば登録完了になります!」
トツカさんがめちゃくちゃざっくりとした説明をして、針を渡してくれた。 それでいいのかギルト職員……
まぁ俺は1度やった事があるのでスムーズに指の先を刺し、祭壇の天辺にある長方形の窪みに血を垂らした。
ワクワクとしながらトツカさんがそれを見ている。
「さぁ来ますよ!」
その言葉が合図のように俺の垂らした血が広がっていく。
ゆっくりと長方形の窪みにそって広がり、やがて窪み全部が赤くなったと思うと、一瞬緑の光が部屋を満たした後、血が白いプレートに変わっていた。
「やっぱり綺麗ですねー私好きなんですよね!これ!」
「まぁ綺麗ではあるが……まぁいいか」
何かが腑に落ちない気がするが、喜んでる所に水を差すのもどうかと思い何も言わないことにした。
俺は出来上がったギルドカードを手に取って書かれている内容を確認する。
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名:レント 職業:なし ランク:石級
称号
【元勇者】
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やっぱりかぁ……そりゃそうだよな。
俺は職業が何もなしになってることを確認し、称号欄の【元勇者】という文字を見つめた。
予想はしていたが、実際に見ると少しだけ心がざわめく。
職業欄にあった勇者という文字は綺麗さっぱり消え失せており、その代わりにつけられた、【元勇者】。
全く、俺のこれまでは本当になんだったのだろうか。
「ふーん。効果がないなんて不思議な称号ですね?」
「うわっびっくりした……」
俺が少し感傷に浸っていると横から覗いていたトツカさんにそう言われた。別に見られてもなんともないのだが、気づかないうちに隣にいたので少し驚いた。
「効果がないか……そうだな」
まぁそうだろうな。これは多分戒めのようなものだろうし。
称号というのは、神から与えられた栄誉であり、大小はあるが効果を持っているのだ。
その効果はギルドカードがなくても発揮されているが、ギルドカードにすれば名前や効果がわかるため大体の人は冒険者ギルドや商業ギルド、魔術師ギルドなど、どこかしらのギルドに所属することになる。
だが、この【元勇者】には効果がない。
だから不思議な称号だと言われたのだろう。
「あっそうだ、職業の所。そこ選んでおくの忘れないでくださいね。みんな見るところなんで」
トツカさんはそう言って、もう用はないとばかりにドアを開けて出ていってしまった。
やはり職員の仕事とかではなく、ただ光ってるのが観たかっただけなのか……
「嵐のような人だな……えーと職業は何があるんだ?」
造形師、裁縫師、造花職人、剣士、聖剣士、魔剣士、拳闘士……etc
うむ。前の方が見事に造花関係で埋まっている。もしかして造花作りって割と俺に適職だったんじゃないだろうか?
───まぁでも、そこまで本格的に造花を極める気は無い。
俺は取り敢えず魔剣士を選ぶと、トツカさんに続くように祭壇を後にした。
部屋の外に出ると、先程トツカさんにワンパンされ伸びていた男が俺の前にやってきた。
一体なんの用だろうか?
「よう!さっきはすまなかったな!俺はダンべル。お前は?」
大男ダンべルはそう言って、口角をニヤリと上げ酷く残忍な笑みを浮かべた。
「あぁ、俺はレントだ。で、俺に何の用だ?」
スキンヘッドにガタイのいい体。麻でできたパッツパツの服をきている、身長が俺よりも40以上はでかい大男がまさかただ謝りに来た訳では無いだろう。カツアゲでもされるんだろうか?
まぁその時は返り討ちにしよう……
だが、ダンべルの返答は俺の予想を裏切るものであった。
「いやいや、俺の巻き添えで吹っ飛んだらしいじゃねぇか!それを謝ろうと思ってな!」
あ、ただ謝りに来ただけだったわ。割と良い奴じゃん。女性にセクハラするけど……
残忍な笑みとか言ってすまん、とりあえず心の中で謝っておこう。
「いや、よく言われるしいいぜ!」
あっやべ口にでてた……
俺は急いで頭を下げる。
「すまん。思ったことが口に出るくせがあって……」
「大丈夫大丈夫!それよりも向こうで飲みながら話そうぜ!」
そう言ってあっけらかんとした(怖い)笑みをうかべたダンベルは、俺を連れて酒場の席に着いた。
そして、すぐさまエールとクック鳥の丸焼きを頼むと俺にメニューを渡してきた。
「お前は何がいい?」
「いや、俺今金ないから……」
財布をハラハラとふりながらダンベルに見せた。
彼はそれを見ると、じゃあ奢ってやる!と言って自分と同じものを頼んでくれた。
「えーと、ありがとう」
「いいってことよ!元はといえば俺が悪いしな!」
ダンベルはそう言ってガハハと笑うと、店員さんが持ってきたエールをグイッと飲み干す。
いい飲みっぷりである。これぞ冒険者って感じだ。
俺はそんな様子を眺めながら、自分の手元に渡ってきたエールで喉を湿し、クック鳥の丸焼きを一口頬張った。
「へぇ、美味いなこれ」
「だろう!?酒によく合うし、俺のお気に入りなんだよ!」
ダンベルはそう言って、喜んでもらえてよかったと俺の肩を叩いてくる。
人族の冒険者ギルドではこんな対応されたことないから、少し新鮮だ。なんというか.......こういうのもいいなと思っている自分がいることが、驚きである。
勇者をやっていた頃は魔王討伐のためにひたすら訓練に明け暮れて、魔族に侵略されたという村々を救うために各地を転々として、戦闘、戦闘、戦闘の毎日だったからな。
俺について来れる仲間は居らず、各地の冒険者ギルドに行ってもすぐに仕事に駆り出されて......知り合いと呼べるような相手は一人も出来なかったのを覚えている。
「おう、どうしたそんな暗い顔してよぉ!話聞くぜぇ?」
しかし、ここではどうも違うようだ。
魔族領に来て、早々に勇者としての肩書きを失った俺だったが、肩書きの代わりに早くも馴れ馴れしく肩を叩いてくる冒険者仲間が出来てしまったらしい。
その事実に気がついて、俺は思わず笑みをこぼした。
「ははっ。お前距離近いな!
じゃあ聞いてくれよ。俺の身の上話をさ───」
エールを飲みながら、俺は自分の境遇を話していく。
勇者だとか、人族だとか、所々ぼかしてはいるが、それでも俺の身に起きた大体のことを目の前にいるダンベルに話して聞かせた。
先程まで赤の他人だったのに、こんなにも話してしまうのはどうかと思う。
でも、ダンベルが「まじかよ!そりゃあ大変だったなぁ」と、俺の前でエールを煽る度に、心が何処か軽くなっていくのを感じて話す口が止まらなかったのだ。
思えば、酒を飲んで語り合うなんてこと勇者の時にはしたこと無かった。役職を全うするために、文字通り一生懸命の心持ちで動いていたから......酒なんて飲む機会がなかったんだ。
だからだろうか......気がつけば、俺は自分でもびっくりするほどに酔っ払ってしまっていたのだった。
「そうそう......それで、そこを助けてくれたのがフレウで......」
「───レント様、お嬢様の用事が終わりましたので迎えにあがりました。共に帰りましょう」
そんな俺たちの元に、透き通った声が掛かる。
レミさんだ。そのレミさんの声に、俺はにこりと笑い振り向いた。
「おー、レミさん!!おかえりー!
ダンベル、この人はレミさんって言って、フレウのメイドさんでめっちゃ美人さんなんだよ。ちょっと分かりにくいけど嬉しくなると瞳孔が大きくなってな!それがまた可愛くて───」
「レ、レント様。
あの、そういう事はこのような場所で言われると困るというか......は、恥ずかしいと言いますか......」
いつもより数倍増しで瞳孔が開いているレミさんの姿を見て、やっぱり綺麗な人だなーと思う。
心做しか耳元まで赤くなっている気がするが、まぁ気のせいだろう。
そんなレミさんを見て、ダンベルがガハガハと笑いながら口を開いた。
「おー、ほんとに綺麗な人だなぁ!レミさんかぁ!
姫さんだけじゃなくその傍付きさんとまで仲がいいとは、レントも罪におけねぇなあ!!!」
俺のバンバンと背中を叩いてくるダンベルにつられて、思わず笑みがこぼれる。
そして、ダンベルと肩を組んでエールを煽り───
「あ、もうだめっ───おやす......ぐぅ......」
俺は飲み慣れないアルコールに無事ノックアウトされて、ギルドの机に突っ伏してしまうのだった。
そこからはよく覚えていないが、レミさんが城まで抱えて帰ってくれたらしい。
───酒は飲んでも呑まれるなと言うが、本当にその通りだなと実感した一日だった......。




