第13話「後日談」
「……シャルロッタさん、すみませんっした!!!」
第二魔族領から帰ってきて即日。
帰りの馬車から降りてまず初めに俺がやったことはシャルロッタさんへの謝罪だった。
「なに?死地から帰って来てそんないきなり。
貴方、私は貴方を騙して高難度の依頼に送り込んだ張本人だけれど、何を謝っているのかしら?」
訳も分からないというように、眉間に皺を寄せるシャルロッタさん。まぁそうだろう。
依頼と称して死地に送り込んだやつから、いきなり頭を下げられたら誰だって怖い。俺でも訝しむだろう。
だが、俺はそんなシャルロッタさんを見て少し呼吸を落ち着ける。そして再度、きちんとした謝罪の言葉を口にした。
「あの、ぜんぶリエルサさんから聞きました。
故郷の事も、家族の事も……そして、貴方の両親を俺の国の軍が目の前で殺した事も、全部……すみません」
リエルサさんの務める龍脈研究所から一夜明けて。
無事此度の依頼も終え、第二魔族領から家へ帰る前に聞かされた話だ。
『そうだ、依頼の時に話した故郷の話だけどさ。
あれ、私は養子であまり感傷は少なかったけど、シャルロッタ……。
───私の姉さんが、目の前で実の両親を殺されて泣いていたのを、私は知っていたからさ。ちょっと感情的になっちゃったのは許して欲しいんだよね。
でも、だからこそ、私は彼女が君を許しているなら、これ以上何か言うことは無いし恨んでもいないよ。
姉さんの方は私を気遣ってレント君の生死を選ばせてくれたんだろうけどね。どちらかというと、私は姉さんの方が辛いと思うから。
帰ってから、気遣ってあげてくれると嬉しいよ』
とは、リエルサさんの言葉だった。
研究所の戸棚に置いてあった伏せられた写真立て。
静かに撫でられたその中には、まだ小さい背をしたリエルサさんと今とそう変わらない背格好をしたシャルロッタさん。
……それと、そんな可愛らしい彼女達の肩を笑顔で支えている、優しそうな夫婦の姿が写っていた。
そんな話を神妙な面持ちでシャルロッタさんに語る。
すると、あまり普段と変わらない仏頂面ではあるが、少し驚いたような目線でシャルロッタさんは口を開いた。
「……あの子、喋ったのね。私たちの昔の話なんて近しい人にもあまりしないのに。相当気に入られたみたいね、貴方」
「……いえ。恐らくですけど、たぶん違います。
その話の後、リエルサさんは俺に対して、シャルロッタさんに代わりに謝って欲しいとも言っていましたから」
「……私に?」
「はい。シャルロッタさんに。
……曰く、リエルサさんが言うには『独りで背負わせてごめん』と……伝えて欲しいと言われましたので。
多分、信頼されていたのは俺じゃなくてシャルロッタさんの方だったんじゃないかな……と、思います」
悲しそうな笑顔で、俺に語り継ぐ出立前のリエルサさん。
その景色と語りを思い出す。
なんでも、両親を失ってしまった自分と義理の妹であった筈のリエルサさんの生活を担保するために、シャルさんは当時の時代で最も稼ぎの良かった仕事……戦乱の渦巻く戦場前線へと身を置いたらしい。
だからこそ、シャルさんは当時の『人魔大戦』の最前線。
ここ『第一魔族領』で戦果を上げ、十数年という月日をかける事で『第一魔族領』の上級伯を得られる立場へとのし上がったのだ。
そしてその間も、ずっとずっと、離れた自分に仕送りを続けてくれていた、と……リエルサさんは話していた。
その表情は心の内に秘めた並々ならぬ感情を少しずつ零しているようなもので、その苦しそうで、でも大切な何かを語るようなリエルサさんの姿に静かに話を聞くしかなかったのを覚えていた。
「なので……ありがとうございました。
シャルさんがリエルサさんに信頼されていてくれたおかげで、俺は死なずに済みました。ありがとう───」
「おぁーーーいっ!レントっーーー!
……お主、お主よく帰ってきたなっ?!
妾、滅茶苦茶心配しておって、いや大丈夫だと思ってはいたがそれでもワンチャン死ぬかと思ってヒヤヒヤしておってたわ!!
まぁ、でもとにかく良かったな!死なんで良かった!おかえり!」
「お帰りなさいませ、レントさん」
「……おう、ただいま!フレウ、レミさん!
俺、何とか初依頼達成できたよ!褒めてくれ!」
そんな話の最中だった。
ばっと俺に抱きついてきたフレウの体を受け止めて、俺は少し申し訳ないなと思いながらも満面の笑みでその対応をする。
「おうおう、よくやったなレント!妾も鼻高々じゃ!
魔国の一人間として、お主は認められたんじゃからな!偉い!凄いぞー!」
「ふふっ、おめでとうございます。
私も嬉しいです。レントさんが帰ってきてくれて」
「あぁ、ありがとうフレウ、レミさん!これからもよろしく!」
……だって、そうやって俺がフレウ達に歓迎されている傍。
リエルサさんが愛おしそうな目で『大切な家族』の頭を撫でながら、そんな話をしていたと伝えた彼女の瞳に。
その戦争が起こしてしまった悲劇によって戦火に塗れるしか無かった少女に、今、まさに穏やかな安寧の時が訪れているのを見て、俺は邪魔するべきでは無いと思ったからだ。
「……はは。はぁ、そう。
リエルサは、妹は……大切な人が出来たのね。あの日のことを少しでも、忘れられる様に……なったのね。」
これは、俺が関わってはいけない事だと。
優しい笑顔で、目を瞑って笑っている彼女を見て、自らの心の奥深くにある何処かで、確信したからだ。
「……レミさん、俺お腹空いたよ!
なんか作ってくれ、魔香草と人参のスープとかっ!」
「う、人参!人参嫌じゃが……!
レントの頼みならば……妾も……付き合…!!!」
「ふふ、はい、分かりました。
腕によりを掛けて作りますね、レントさん!」
だから俺は───できるだけ彼女の俯く顔を見ないように、嬉しそうな笑顔で俺を出迎えてくれた二人と共に、そのいつも通りの屋敷の中へと入っていったのだ。
……思えば、最初に話をされた時から、シャルロッタさんは負い目を感じていたんだろうと思う。
家族に、街に、故郷に、死んでしまった村の人々に、自分の大切な一人の妹に。
「良かった。本当に……良かった───」
でもきっとそれは、すれ違いだったんだと思う。
だって家族とは、暖かいものだと思うから。
リエルサさんを想って戦火に身を置いて、彼女の元を離れていったシャルロッタさんのように。
そんなシャルロッタさんに引け目を感じて、彼女のことを想って仇である俺を殺さなかった、リエルサさんのように。
……きっと、これが俺の知らない愛なんだと思うから。
彼女達の底にあった『善性』の、大切な人達にしか見せないような、より濃い部分のものだと思うから。
だから、今はその温もりに、俺たち外野が水を差すことがないように……。
少しだけ急ぐようにしてその場を離れたのだった。
ーーーーーー
これは あとから聞いた話だ。
俺は、古い昔。
ハルキ君と彼の妹の命を、救っていたらしい。
それは、俺が勇者見習いとなったばかりの、幼き少年時代の話だった。
「……」
帰ってきた家の中で。
窓の外を見ながら、思う。
───そう、過去も、罪も。
───辿ってきた歴史も、消えないのだ。
俺が、魔族を殺す人族側の『勇者』として、様々な町を焼き、多くの命を奪ってきたことも。
そして、そんなおびただしい数の血の海の中にある俺の手を握って、ただひたすらに泣いて感謝してくれていた、ハルキ君の感謝の言葉も。
……その全てが、俺の歩んできた轍の成すべき所なのだと、遅ればせながら理解させられたのだ。
過去は消えない。罪も消えない。
俺はこれからも魔国の人々に沢山恨まれて生きていくのだろう、俺もそんな自分を受け入れて贖罪の為に生きていかなければならないのだろう。
そういうものだと、覚悟を決めて魔国で暮らし始めたのだ。当然だ。
……けれど。
だからこそ思うのだ。
だからこそ、俺は、今だけは───。
「感謝してくれて───ありがとう。ハルキ君……」
今だけは、ほんの少しだけは。
自らの行いを、褒めてみようと。
初めて、生まれて初めて。
『元勇者』として……そう思えたのだった。




