第10話「かつての轍」
「さぁ、じゃあ行ってもらおうか。
潜るのは君。設置は水面から行うから、それまでの間、水中で耐えて意識を逸らしてね?」
後頭部に冷たい感触をした鉄の塊を突き付けられる。
リエルサさん手製の熱魔法の《魔法銃》だ。先程見た通り、威力はお墨付きである。
「っ、水中って……!
そんなの、成功するわけがないですよ!?
縄張りを自由自在に動き回る龍相手の領域内での戦いなんて、自殺行為だ……!」
ハルキくんが叫ぶ。
両脇を『機構部所属』という所員、恐らくリエルサさんの子飼いの護衛隊なのだろう携帯式の無機質な杖棒を持った戦闘員に固められ、身動きが取れないまま反対意見を口にする。
「いやー、同行するのは本来ならレント君だけで良かったんだけどね。ごめんねぇ?人族の冒険者くん?
……戦力を増やすなんて相談を断ったら、疑われそうでね。
君も犠牲になってもらうことにしたよ、悪いねぇ」
そう言って高笑いするリエルサさんの目は、暗い闇に塗れていて底が見えなかった。
きっと、本当に計画的に俺を狙っていたのだろう。そんな事にハルキくんを巻き込んでしまったことに、俺は今更ながら自分の浅慮さを後悔していた。
「しょ、所長っ……!
これ、ど、どういう……嘘ですよね?こんなの……?」
「……あぁ、にゃー。君には伝えてなかったね。
これは前々から決まってたことなんだ。だから少し黙っていて欲しい。分かるかな?」
「で、でもっ、レントさん達は……にゃーたちを守ってくれて……」
「黙ってなさい、にゃー。これは彼と、私の出自に関する問題だ。君には関係ないよ」
普段とは違う冷たく言い放つリエルサさんの言葉に、びくりと肩を揺らし縮こまるにゃーちゃん。
その有無を言わさぬ気迫に動揺したのだろう、泣きそうな目で『でも……だって……』と呟いて俯いてしまった。
そんなぺたんと鼠耳を下ろした少女を一瞬、黙って見つめながら、リエルサさんは話を始めた。
「現在、我々と敵対している国家は、大きくわけて三つだ。
ひとつは、北央の純エルフ達の住まう集落である世界樹の都 《ドミネーション・アルファ》、二つ目は遙か西海の果てにある大大陸全てを総べている西の大国《定陽嵩国》。
───そして、最後にかの有名な禁域を挟んで南にある人族至上主義国家である《聖王国アレグバドル》だ。
私たちはその三国、特に聖王国アレグバドルとは三十年近くの冷戦を続けており、水面下で領土を取って取られての大対戦となっている。それは、君たちも知る所だよね?
人族国家からの流れの冒険者、もしくは捕虜民族の身分である二人の冒険者くん達?」
……あぁ、良く知っている。
なんたって最近、俺はこの国のことを知る為に勉強したばかりだし、そもそも一つは俺の身近な場所での出来事だったからだ。
「幸い、ドミネーション・アルファと定陽嵩国はそれぞれ距離が遠く地続きではない上、
《第四魔族領》と《第七魔族領》の強固な軍事戦力によって今のところ目立った侵攻はされていないが、
《聖王国アレグバドル》と陸続きであり互いに距離の近い第一と第五だけは話が違った。
度重なる侵攻、小競り合い、それらは幾ら冷戦といえど、その最前線にいる領民にとっては殆ど大戦争さ。
……そして私の故郷も、そんな最前線に存在した、小さな集落だったんだよ。この意味が解るかい?レント君?」
そのリエルサさんの言葉に、俺は思わず目を瞑る。
そして、その『魔族殺しの勇者』という異名と戦争の話が出たことによる動揺と後悔で泣きそうになるのを堪えながら答えた。
「……俺が、貴方の家族を殺したんですね。
その報復としてのこの依頼であり、状況である、と」
「うん、正解。
第二領の上層部会議で捕虜となった君の話が出た時、私は占めたと思ったよ。こうして復讐の機会を与えられる事が、どれだけ幸せなのだろうか、と。
いや、私がちょうど第一魔族領のシャルロッタ家に伝手があったのも加味すると、もしかしたら運命だったのかもしれないね?これは決められた定めだったんだよ。レントくん。」
リエルサさんはそう言って、もう一度軽く嗤う。
そして、そのままぐっと俺の後頭部に、再度《魔法銃》を押し当てて急かしてきた。
「───あぁ、私は幸福だなぁ。
これで君が龍にやられて死ねば私怨は晴れるし、君が耐えて装置が設置出来れば人族との戦争に有利に働く。
……そして、その後に君を殺してしまえば、私の家族の復讐も完了だ。有難いなぁ!」
───俺の過去が、今、俺の首を絞めている。
それも関係ない人達を巻き込んで、復讐という大きな業の波に呑み込まれるように、海底へと俺を誘おうとしている。
「……分かりました。俺が一人で戦います。
なのでどうか、ハルキ君とその他の人達だけは避難させてあげてくれませんか。彼らは、関係ない筈です。」
だからこそ、俺はこれを受けなければならないと思った。
……これは、確かに俺の罪だ。
面と向かって向き合わなければ、これから先、魔族の人々と関わっていくことなんて出来ないだろうから……。
「んー、まぁ、良いよ。
君が何も言わずに戦ってくれるのなら、それだけで私は満足さ。君の苦しむ姿が見たいだけだからね。正直」
「れ、レントさん!?
む、無茶ですよ、龍と一人で戦うなんて……!」
あぁ、無理かもしれない。
流石に俺も単騎で龍を討伐した事なんて、勇者時代のどこにも存在はしていなかった。
「けど、やらなきゃ死ぬだけだ。
俺がここにいるってことは、これを越えなきゃならない理由があるってことだから。
……だから、ハルキくん。君は、今すぐにここから逃げて、ダンジョンから脱出して欲しい。
出来ればにゃーちゃん達も一緒にね。頼むよ」
俺はふぅと息を吐いて準備を始める。
取り敢えず、必要なものは《水耐性ポーション》と《強化》の魔法印だ。
水中戦だし、《水耐性》を付けて呼吸ができるようになるのは必須として、下着だけでも龍の攻撃を受けても大丈夫なようにそもそもの素の身体能力の強化が必要だった。
なので《水耐性》と《強化》だ。
「(ごくごく……)」
うん、今更ながらここに来る前のシャルロッタさんとの買い物で色々と買っておいて良かったと思う。
───いや、違うな。
恐らく彼女はこの状況を予測していたのだろう。
というかリエルサさんの話を聞く限り首謀者の一人だし、本当に優しいのか厳しいのか分からない人である。
そういう所も含めて、適当であり、真面目な人なのだろう。
「……よし、準備出来ました。
いつでも行けますけど、もう行っても大丈夫ですか?」
「あぁ、いいよ。設置班は準備を終えている。
彼らも、ある程度覚悟はしてきているからね。此方は心配しなくていい。君はこのまま苦しんで踊ってくれれば、十分だよ」
覚悟してるか……なら、問題ないな。
俺は動きやすい冒険者用の下着姿で、淡く光り輝く湖の中に入っていく。
───冷たい。水面の揺らぎが皮膚に伝わる。
そしてその揺らぎ、それだけで、俺の行動の意図を察知したのか、こちらを底から観察していた水龍がぐっと首をもたげて戦闘態勢に入った。
「───来ます!それとこれが、最後の通告です!
多分、設置班の人までは俺一人じゃ守り切れないので、本当に覚悟している人だけ残っていて下さいッ!ではッ……!!!」
ざぷんっ!と、水中に潜る。
そして《強化》の魔法印によって強化された肉体で揺れ動き始めた波中を強引に掻き分けて、水龍の元へと近づいていく。
『᥅꠸ꪀꪀᧁꪊ-᥅꠸ꪀꪀᧁꪊ᥅꠸ᧁ……!』
『ぐっ……!?』
───何を叫んでいるのかは分からない。
しかし、その叫びによる音波によって、湖中の海流は移り変わり、俺はそれに飲み込まれそうになりながらも何とか泳ぎを止めずに前に進んでいく。
「設ち───だ……い、げ───!」
水面では、研究所の彼らの手によって機械が設置され始めていた。強化された肉体による聴覚でかろうじて現場の焦燥感が伝わってくる。
……急いでは居るようだ。
しかしまだまだ時間は掛かりそうである。
『……。』
───俺は腰に携えていた剣を手に構えた。
穴底にいる龍と対面する形での抜剣である。
これで、彼からも本格的な戦闘行為だとみなされただろう。大丈夫、問題ない。
『(この位の罪も精算できない様なら、フレウの力になるなんて出来る筈もないんだから……!
今ここで、やるしかないんだ───!)』
そうして俺は、迫り来るその龍の巨体に対して剣を振り翳したのだった。
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「ねぇ、みなしごの領主様?
貴女、本当に彼を止めなくて良かったのかしら?」
薄暗い明かりの灯る部屋の中。
背後からかかる声に振り向きもせず、第一魔族領の領主である少女は筆を動かし続ける。
「……あぁ、こうなるのは当然じゃろう。
妾に貴様の依頼を止める理由も、辞めさせる権利もないからな。勿論、彼奴も……それに異議を唱える言葉すら持ち合わせてはいないだろうさ」
大量の紙束の置かれた作業机に向かい、すらすらと記帳をする姿。その姿は普段の朗らかな雰囲気の鬼娘ではなく、計算高い意思が垣間見えるような、智意に富んだものだということが分かる瞳だった。
───そんな、明かりの反射する赤い瞳を見つめて、何か思うところがあるように吸血鬼の少女は口を開く。
「でも彼……。
場合によっては───死ぬかもしれないわよ?
それだけの覚悟が、貴方には、彼にはあるのかしら。私には、甚だ疑問だけれど。」
その言葉は、深い暗闇のような音を発していた。
声色だけでその奥にある激しい劣情が垣間見えるような、
聞いただけで深海のように深いぬかるみに足を引き込まれるような……そんな静かで重い声色だった。
……しかし、そんな感情の刃を受けても尚、鬼の少女はその瞳にひとつの動揺の色も見せることはない。
「あぁ、分かっておる、分かっておるよ……これは妾達の罪じゃからな。甘んじて受け入れるほかあるまいて。
これまでの積み重ねが、歴史が、今の我々を形作っておるのじゃから……仕方がないと諦めるしかないじゃろう?これからどうなろうとも、な。」
つぶやく言葉は真剣そのものだった。
本心なのだろう。自らも、そして彼さえも、その"罪"という目に見えない何かを受け入れるべきだと、心の底から思っているのだ。
そんな鬼の少女の意志の強い瞳を見つめて、吸血姫はどこか嫌そうに眉を潜めながらも、決定的なことは口にせず背後の壁に背を預けて腕を組んだ。
「ふぅん……冷たいのね。貴女の"いい人"なのに。」
「……それこそ、関係がないじゃろう。
いい人であろうと、他人であろうと。公平であるべきことが、妾の成すべき領主としての責任じゃからな。これだけは、曲げれぬよ。第一魔族領の領主として。」
───窓の締め切った部屋の中。
月明かりも差し込まない部屋の中で、ひとつの蝋燭の明かりだけがゆらゆらと揺れて燃えている。
「……そう、じゃが……妾は彼奴なら……」
……その炎は、一体なにを思い燃え、揺れているのだろうか。
分からない。
分からない。
分からないからこそ……やるしかないのだ。
「彼奴ならできると、信じておるから───」
だからこそ、こうして、自分は自分のすべきことをするのだ───と。
そんな言葉を胸の奥底に秘めながら、鬼の少女は自らの目の前にある書類にいつも通り……筆を走らせたのだ。
月明かりも届かない部屋の中で。
それでも、揺らぐ炎程の小ささでも希望があると……信じるかのように───。




