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きっと幸せなクリスマス

作者: 希矢

 ある国では、クリスマスとは死者が還る日を示すという。水辺に無数の明かりを灯すことで、死者に故郷への行き先を伝える道標とする。そうして、故郷へ帰った死者の魂をもてなすことで、生者も死者もただクリスマスを楽しむのだ。




 ※本作品は、なろうで公開している長編小説「カルタータ」の番外編です。カルタータ本編は一番下のリンクにございます。

 聖なる夜が近づき街の人々が活気に満ちる頃、セーレでも例外なく、忙しい準備時間を送っていた。




「ほらほら、そっちをちゃんと持てって」

 甲板ではレンドが飾り付けのガーランドを手に、アグルに声を張り上げている。

「あ、はい! すみませんっす」

 アグルは見張り台のロープにガーランドを縛り付けようとして苦戦している。ガーランドからぶら下がる雪だるまの装飾が何度も手に当たっていた。それを見上げているのはミンドールだ。

「クリスマスだからってわけじゃないけれど、本当に気をつけるんだよ。怪我をしたら、楽しい気分にはなれないからね」


 三人から少し離れたところでは、音楽が流れていた。

「うぅーん? ちょっと今のところおかしくないですか」

 キドに指摘されたクロヒゲがげんなりした顔でハンドベルを持ち上げる。

「マジか。全然分からねぇ」

 目には自信があっても音楽となると別らしい。

 隣では同じようにハンドベルを手にしたジェイクが不満そうな顔を作っている。

「本当に、こんな野郎五人で演奏して女子にモテるのか?」

「うぉーい、聞こえてるぞ、ジェイク。信じろって!」

 自信満々なキドが自身の胸を力強く叩いて、むせる。どうも強く叩きすぎたらしい。

「いやぁ、どう考えても俺ら、リュイスのおまけじゃね?」

 ポリポリと頭を掻くジェイクがリュイスへと視線を向けてくる。リュイスは一度もリズムを外さない為、練習参加は任意とされている。

「楽譜も読めない俺様からしたら、人選に疑問を抱く」

 不満なジェイクを前に一言零したのはミスタだった。

「しかし、これにはロマンがある」

「は?」

 理解できないという顔をしたのは、ジェイクだけではない。

「音を外したらすぐにそうと分かる。これはこれで新しいスリルだ。そのうえで、奏でる音は幻想的で人々を魅了する。それはロマンだ」

 ミスタがロマンというときは、とても気に入っているという証拠だ。

「まぁ、一番音を外してるのはミスタだしなぁ」

 キドは頭をかりかりと掻いた。


 船内でも飾り付けは進行している。特に食堂はメイン会場ということもあり、拘りが強い。

「ということで、近づく度に音が鳴るガーランドなんだけど、どうかなぁ?」

 クルトがリーサに向けて提案する。その手にあるのは、ぴかぴかと光る星をつけたガーランドだ。クリスマスの楽しそうな音楽がそのガーランドから発せられている。

 相談されたリーサは忙しいらしく、お盆にいっぱいの料理を載せて、駆けずり回っているところだ。動きながら、クルトに返す。

「よく分からなかったけれど、音楽隊の邪魔にならないなら良いんじゃないかしら。ほら、イユ。そこ、ちょっと置き方が違うわ」

 後半はテーブルの上にカトラリーを並べていたイユへの指摘だ。指摘されたイユは素直に謝罪する。

「ごめんなさい。いまいち、必要性が分からなくて。この順番で良いかしら?」

「えぇ、それで大丈夫よ。イユにとっては食べられれば何でも良いなんて思うかもだけれど、こういうのは空気が大事なんだから」

「そういうもの?」

「そういうものよ」

 リーサとイユの会話の合間に、クルトは黙々とガーランドを飾っている。そうしながら、呟いた。

「まぁ、ボクが作るものなんてまだ可愛いよね」

 実際、クルトの作ったガーランドはクルトの周りにしか聞こえないほどの音量で、影響は小さい。

「それな、本当にそれな」

 同意するのは、少し離れた場所でツリーに飾りを付けるヴァーナーだ。隣ではレッサがこくこく頷きながら、

「今日も、ジルには同情するよ」

 と呟いた。

「ジルがどうかしたの?」

 質問はイユがした。

「ジルのやつ、今日もライムが作った謎の玩具を処分しているところだ。ったく、誰が欲しいんだ、近づいたら電撃が走る玩具なんて。拷問器具かよ」

 ヴァーナーが答え、レッサがため息をついた。おまけに、その玩具には足がついていて処分しようとすると逃げ出そうとするということだ。意味不明だが、確かにそれでは処分にも一苦労だろう。

「なんか、ペンギンだから大丈夫とかよくわからないことを言っていたよね」

 普通に考えて危険な玩具である。そのような玩具が届いたら子供としては相当にショックを受けかねない。


「あらあら楽しそうねぇ」

 にこにこ笑いながら厨房から出てきたのはマーサだ。その手には、星型の焼かれた人参が飾られた可愛らしいツリーのサラダがある。青皿に白い星があしらわれた皿に盛り付けられており、夜空がモチーフだというのはすぐに伝わってきた。

「マーサ、それは楽しそうには聞こえないが」

 マーサの後ろから、長いコック帽をつっかえさせながら出てきたのはセンだ。マーサがにっこり笑うのを見てか、今度はリーサへと声を掛ける。

「悪いが、リーサ。そのデザートはまだ完成じゃない。戻してもらっても良いか?」

「え? そうだったの? ごめんなさい」

「気にすることはない。あとはそのブッシュドノエルに葉をデコレーションして砂糖菓子を乗せるだけだ」

 リーサが間違えるのは仕方ないほどには、既に丸太型のケーキは雪のような白砂糖がかかり、楽しそうにバイオリンを演奏するトナカイたちの砂糖菓子が飾られている。

「最後の砂糖菓子は僕が乗せることになっていますから、戻してもらえると助かります」

 更にセンの後ろから出てきたのはワイズだ。砂糖菓子であるサンタクロースを一体だけ指で持っている。それは失敗作らしく少し顔が汚れていた。

「意外とせっかちですよね。そんなに飢えるのはイユさんだけで十分かと」

「なんで私を引き合いに出すのよ」

 イユは文句を言うが、誰も何も言わなかった。


「って、何あれ?!」


 ふいに廊下から出てきたのは、真っ黒な獣だった。血走った目がくるりとその場にいた全員を見つめた気がした。誰かの口から引きつった悲鳴が零れる。

 獣は奇怪な動きとともに、がばっと地面に落ちた。そこから茶髪にメッシュを入れた少女ラビリが姿を現す。さすがの登場の仕方に、クルトが再び驚いた声を上げる。

「何やってるの、姉さん」

「いや、刹那ちゃんが狩ってくれたのは良いんだけど、重くて」

「いやいや、被っている理由にはならないよ?」

 突っ込むクルトに、ラビリがにこにこと笑っている。その後ろから、狩りをしてきたらしい刹那が、入ってくる。両手で牛肉の塊を引きずってきた。アグノスも手伝ったらしく自慢げに鳴きながら飛んでくる。

「これでローストビーフできる?」

「良い牛だ。よく捌けたものだ」

「捌くのは、レヴァスがやった」

 センが感心すると、刹那が首を横に振る。そうして刹那の後ろからはレヴァスが現れる。

「解体作業が得意とは知らなかったわ」

 イユが驚きの声を発すると、レヴァスは淡々と言った。

「何、人間の手術と大して変わらないよ」

「なんか、すっごい怖い発言聞いた気になるんだけど」

 クルトがぼそりと呟く。

「それより、そろそろベッタをどうにかしたほうが良いだろう」

「え? ベッタって航海室じゃないの?」

「いや、操縦はラダに任せて花火を準備すると言っていた」

 ベッタに花火という組み合わせを聞いたイユたちの顔色が悪くなる。

「レ、レパードが止めるはずよ。きっと」

「そ、そうだよね」

 イユとクルトの掛け声に合わせて、リーサ、ヴァーナー、レッサがこくこくと頷いている。それはもはや願望だが、誰も指摘しなかった。



「こうして飲むのも久しぶりね」

「俺は水だがな」

 休憩室では、ラヴェンナがカクテルを手に揺らしていた。

「相変わらず飲めないのね」

「ラヴェは相変わらずイベントが始まる前から飲むんだな」

 レパードがラヴェンナの酒につき合わされているようだ。とはいえ、酒の飲めないレパードにできるのは水を飲みながら酌をし、会話をするぐらいだろう。

「何よ。酒豪って言われてる私の気持ちがわかる? こう見えて酒飲みには酒飲みの苦労があるのよ?」

「いや、全然分からん」

 レパードの素直な返事に、ラヴェが笑い声を上げる。その様子を見るに、もう結構酒が入っているようだ。

「でしょうね。あなたのそれは直りそうにないもの」

「酒が飲めないのを病気みたいに言うな」

 呆れるレパードの声には若干の疲れが窺える。

「良いじゃない。少しくらいからかっても」

 こんな日は滅多にないのだからとラヴェンナが言うが、どうも酔う口実を探しているようにも見受けられる。

「折角なら、ラダって子を誘ったほうが良かったかしら」

「おい」

「冗談よ。あっ、それじゃあ、あなた」

 ラヴェンナの蒼い瞳がくるりと動いた。カクテルを持つ手を真っ直ぐに伸ばす。

「おい」

 その目が、レパードの声に合わせて細められる。

「もう冗談だってば」


 そのときだった。休憩室の大窓に花火が打ち上がったのだ。

「ん、予定より早くないか?」

 確かに日が暮れるのが早いせいで、空には星が散っていて、花火は映える。だからどこかロマンティックではあった。

 しかし、花火という言葉に思い当たる節はある。甲板に急いだほうが良さそうだ。





「うおっしゃぁぁあ!」

 訳の分からない雄たけびが甲板に上がっていた。声の主は、ベッタだ。

「これぞ、スリルだぜ」

 ベッタが今空に咲かせたのは元々予定していた花火ではない。即席で花火を作り上げて、咲かせてみせたのだった。花火職人歴はないはずなので、一つ間違えれば大惨事だろう。

「はいはい、ベッタ。自重しようか」

 いち早く気がついたミンドールがベッタの首根っこを掴む。

「船長、職務放棄だよ」

 シェルがぼそっと突っ込みながら、ベッタが花火づくりで散らかした床を掃除する。

「手伝いいる? シェル」

 そう言いながら、実際に片付けるべく腰を下ろしたのはブライトだ。

「助かるよ。ペタオも手伝ってくれるんだ?」

 ペタオは空から手すりへと飛び降りたところだった。シェルから遠い場所にある花火の残骸を加えて、シェルのところに持っていく。

「偉い、偉い。良い鳥だね!」

 両手を叩いて褒め続けるブライトに、シェルは冷たく言った。

「ねぇちゃんは、汚すならどっかいってて」

 片付けようとして逆に火薬玉をぶちまけたブライトは「たはは」と笑っている。「雑巾だけでも取ってくるよ」と誤魔化すが、効かなかったようだ。



「にしてもさ、リュイス」

 結局、追いやられたブライトは歩きながらも、赤い目で見上げた。

「良い写真、撮れた?」

 リュイスはカメラを下ろすと返事をする。

「はい。皆、楽しそうです」

 カメラには、ガーランドを飾り付けるレンドたちをはじめ、音楽隊として演奏の練習をするキドたち、食堂で飾り付けをするクルトたち、休憩室でカクテルを飲むラヴェンナとその相手をさせられるレパードの写真が収められている。

「何々? お姉さんにも見せて」

 リュイスのカメラに気がついたらしいレイファが、いつの間にか寄ってきて覗き込んでくる。その隣にはマシルがいて、やれやれといった表情を作っている。

「皆の自然体って感じの写真、集めてた感じかな?」

 同じようにやってきたジュリアの言葉に、リュイスは頷いた。

「写真ってカメラの前でピースとかするものかと思っていたんだけど」

 リアもジュリアの隣で意見を述べる。

「これが良いです。自然体だと、思い出を振り返るときにそのまま思い出せる気がします」

 やり取りを見ていたブライトは小首を傾げた。

「肝心なクリスマスのときじゃなくて良いの?」

「はい。これは僕の勝手な思いですが、イベントそのものよりもわくわくしながら準備をしているときのほうが楽しい気がします」

 ふぅーん、とリアはどうでもよさそうな顔をする。

「そんなもの、なのかしら?」

「はい。僕にとってはそういうもの、です」

 花火が空に上がり始める。歓声と花火の音が交互に弾ける。

「じゃあさ、リュイス」

 リアは空に浮かぶ花火を眺めながら、こう告げた。


「これが夢でも、同じ意見?」


 返す言葉は決まっていた。

「もちろんです」

 花火の音が遠くに聞こえる。空の明かりはどんどん消えていく。レイファが、マシルが、リアが消えていく。

「夢でも、構いません」

 こうして、彼らとやりとりができただけでも、嬉しさがあった。

 ただ、欲を言えば、思ってしまう。


 ――――夢じゃなかったら、もっと良いのにと。





「リュイス、こんなところでずっと寝ていると風邪をひくよ?」

 体を揺さぶられて気がついた。

「あ、すみません」

 目を覚ますと、そこは航海室だった。知らない間に寝ていたらしい。

「珍しいね。君が寝落ちなんて。疲れているんなら、休むかい?」

 労りの声を掛けるのはラダだ。彼はリュイスから離れて、再び操縦桿を握っている。

「疲れについては、そうかもしれないです。ですが」

 リュイスはそこで窓を見やった。外では、泉の水に浮かぶ明かりが無数に映っている。それは死者の魂の標になるものだということを、知っていた。

「折角のクリスマスですから」

 リュイスはそう答える。それを受けたラダもじっと明かりのほうを見つめていた。

「クリスマスには死者が還る。それは、(カルタータ)ならではの考え方だったかな」

 死者の魂は奈落の海へと運ばれる。それから遠い世界に向かって進んでいく。けれど、魂にも休息は必要だ。だからこうして帰る場所を用意する。行き着くための道標も、水辺に明かりを浮かべることで準備する。少しでも行き先を照らせるようにと、死者の死後を祈るのだ。

「はい。そして折角なら死者も楽しめる聖夜にしたいと思います。立ち寄った魂が、前に進めるように」

 水辺に浮かぶ明かりの数は多く、水面にたくさんの光が反射している。あまりに眩しくて、まるで花火を見ている気分だった。

「そうだね。君らしい意見だ」

 リュイスは首を横に振った。

「本当はずっと皆がいる幸せな日々が続いてほしかったんです」

 だから、夢にまで見たのだ。しかし、幾ら幸運に恵まれていようとも、全てが上手くいくなんてことはない。全力を尽くした結果を受け入れるしかない。

「ですが、いくらサンタクロースに願ったところで、過去には戻れませんから。だから僕は……」


「せめて、今を楽しまないとってことよね?」


 リュイスの言葉の続きを引き取ったのは、扉の先からやってきたイユだった。リュイスは立ち上がる。そろそろ、セーレのクリスマスが始まる時間であり、イユは迎えに来たのである。

「はい。そうでないと、死んでしまった人たちも浮かばれません」

 答えると、にっとイユは笑った。時々、リアみたいな笑みをするので、どきっとしてしまう。

「じゃあ、楽しみましょう」

 リュイスは頷いて、歩き始める。準備が整ったのだろう。音楽隊の奏でる音楽に合わせて、歌が聞こえてくる。それはこれからのクリスマスの楽しさに満ちていて、自然と足が軽くなった。



 ハッピー、クリスマス。全てが幸福といかないまでも。

 メリー、クリスマス。めいいっぱい今を楽しもう。

 さぁ、楽しいクリスマスのはじまりだ。


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