Pants3 ユリーとパンツ
私、どうしたんだっけ。そうだ、バルジ山脈でボワールドラゴンを退治しなきゃいけないんだ。でもここ、どこだろう?雪山のはずなのにすごくあったかい。それになんだかいい匂い…
「うう…」
「おお、気が付いたか」
「…?」
私が目を覚ますと、そこにはがっしりとした鎧に身を包んだ一人の男の人がいた。男の人は鍋を火にかけてスープを混ぜている。お肉と香草がたっぷり入ったスープの香りが、空っぽの胃袋を刺激する。匂いからして、山ウサギとジプシーハーブを煮込んでいるらしい。どちらもこの山の旬の食材だ。
「体が消耗しきってる、たっぷり食べなよ」
「あの、あなたは…」
「あっ3分だ」
その瞬間、男の人が消えた。何が起こったのか全く分からなかった。目を離したわけでもまばたきしたわけでもないのに、たった今そこにいたはずの男の人の姿が、跡形もなくかき消えた。
「え?…ええっ!!?」
あわててあたりを見回すが、全く見つからない。隠れているわけでも透明になっているわけらしい。追尾魔法を使っても、何一つの痕跡も出てこなかった。
しかし男の人が残していった焚火と鍋は変わらずにそこに置いてあった。鍋の中ではスープもさっきまでと変わらず煮込まれている。
「し、しばらくしたら戻ってくるのかな…」
私はしばらく男の人を待ってみることにした。その間もスープはことことと小気味のよい音を立てながら、温かな湯気と香ばしい匂いを発し続けていた。
「だ、駄目だよね、勝手に食べちゃ…もともとあの人が作ってたんだし…」
必死に自分に言い聞かせる。いくらなんでも人の物を勝手に食べるなんてはしたない真似はできない。しかし悲しいかな、三日もろくに食べていない私の体と理性は言うことを聞かなかった。
「で、でもたっぷり食べていいって…言ってたし…!」
気が付くと、私は鍋にかじりつかんばかりの勢いでスープをかきこんでいた。温かい汁が喉を通ってお腹を満たし、じわじわと熱を体全体に伝えていく感覚。芯まで凍り付いた私の体が、ぱきぱきと音を立てて解凍されていく気がした。口いっぱいに食べ物を詰め込める喜び。顎の筋肉を全力で上下させて咀嚼を楽しむ。疲れ切った体にしみこんでいく塩気。舌が久々の感覚に打ち震えている。鼻の奥を肉と香草の香りが通り抜ける。体全体が食事をすること、生きることを喜んでいる。全力で楽しんでいる。
「………!…………!………!!ぶふっ…ぐふっ、えぐ……………うう!!!」
いつの間にか目から熱いものが伝ってきた。鼻の穴からもだ。自分が泣いているのだと気づいてしまうと、もう止まらない。喉を震わせ、顔じゅうから汁を垂れ流しながら、私はスープを食べ続けた。
どうして涙が止まらないのだろう。極限の消耗の後の食事が、それほどまでに嬉しいのだろうか。恐らく半分はそうだろう。
(たっぷり食べなよ)
久しく聞かなかった言葉だった。少なくとも叔母の家では一度も言われなかった言葉。どこか遠い記憶の奥で、大切な人から聞いたかもしれない言葉。
「うう…!………!!!…………う…………!!!」
いつの間にか鍋は空になっていた。しかしその後も私はしばらく泣いていた。様々な感情が、糸のようにぐちゃぐちゃに絡まっていく感覚。しかしそれも今は心地よかった。
体中が熱と活力に満ちていくのを感じた。私は自分が今、生きていることを嬉しく思った。これからも、生きていたいと思えた。
「うおおおおおおあおああああああぱんつぱんつぱんつぱんつぱんつぱんつうおおおおおおおおおおおおおおおぱんつうううううううう!!!!!!!!」
突 然 股 間 か ら 謎 の 絶 叫 ! ! !
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
そ し て 少 女 の 当 然 の 反 応 ! ! !
本作品は感動巨編でもシリアスでもラブロマンスでもない。コメディである。
ようやくやりたいことがまとまってきました。次回からいよいよ最強パンツと魔導士少女の物語が始まります。