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Pants2 雪山とパンツ

 「うう…どこだここは…?」


 いつの間にか意識自体は戻っていた。しかし目は見えず、音も聞こえず、感覚もない。真っ暗で音もなく、手探りさえもできない闇の中で思考だけがはっきりとしている。


 「そうか、俺って今パンツになってるのか」


 パンツだから目も耳も神経もないのだろう。しかしこのままではあまりに不便だ。


 「何かスキルみたいなものは使えないのか?」


 と思うと、真っ黒な視界の脇にスクロールバーが出現した。念じるだけで操作できるのか、これは便利だ。試しにスキル欄をチェックしてみる。


 『ファイアマスター レベル999』

 『アイスマスター レベル999』

 『エレキマスター レベル999』

 『アルティメットヒール レベル999』

 『アブソリュートエイム レベル999』

 『マキシマムソニック レベル999』

 『サンスクリットメタモルフォーゼ レベル9999』

 『コーラサワーオンザロックウィズレモン レベル9999』

 『ディスカウントハイボール 99』


 …エトセトラ、エトセトラ。どれも初めて見るスキルだがレベルだけはしっかりカンストされている。上から順に試し撃ちしてみようとも思ったが、周囲の状況も分からない状態で最大レベルの魔法なんかポンポン使いたくない。


 「うーん、何か周りの状況が分かるようなスキルがあればな」


 しばらく見ていくと『ユニークスキル』の欄に行きついた。スキルは二つ、一つ目は神が言っていた『変身 レベル999』のスキルだった。これで人間に変身すればいけるか?しかし『変身』が使えるのは一日約三分と言われていたし、できればこういうものは温存しておきたい。


 もう一つは『マスターズセンス』というスキルだった。これだけなぜかレベルが振られていない。出力の強弱があまり関係ないスキルということなのだろうか。これなら試し撃ちしても大丈夫そうな気がする。


 「………お?おおおー!!!見える!聞こえる!感じるぞ!!!」


 耳元をごうごうと吹きすさぶ風の音、肌を突き刺す凍てつく冷気、一面の雪景色と荒れ狂う吹雪。人間の時と全く同じ感覚で世界が見える。


 「あ、なんだ説明みれるじゃん」


 よく見たらタブの近くにスキル内容の説明がついているのに今更気づく。ちょっと恥ずかしくなりながら『マスターズセンス』の説明を見てみる。


 『マスターズセンス

パンツを履いている人間と同じ感覚を共有することができます。

感覚は通常の五感に加え、体力や魔力の残量をパラメータにして確認することも可能です。

『設定』キーから調整を行えば任意の感覚のみを遮断・共有することもできます。

持ち主が無い場合でも、パンツ状態で感覚をオンにするモードも使用可能です』


 なるほど、つまりこの銀世界は今俺をパンツとして履いている人間が見てる景色なのか。どうやら今この人は雪山か何かにいるらしい。


 「しかし寒いし、全身もめちゃくちゃ疲れてるじゃねえか…なんか腹も減ってるみたいだし…うう設定、設定と…」


 全部の感覚をオンにしていると、苦痛や疲労までガッツリ感じてしまう。余計な感覚はカットしてしまおうと『設定』キーをいじろうとした瞬間―


 突然地面が迫って来て、ガンという衝撃がした。鈍い痛みが全身を覆う。視界がピタリと固定されて動かなくなり、だんだん音や光が遠くなっていく。


 「なんだ、どうなったんだ…!?これもしかして、持ち主が倒れてるのか!!?」


 雪山で持ち主が遭難、凍死。そうなりゃ俺もこいつの股間で冷凍パンツとして第二の一生を終える羽目になる。こちとらまだ転生ホヤホヤだってのに、冗談じゃねえぞ。


 「まずはこいつを安全な所へ運ばねえと!」


 何か緊急時に使えそうなスキルは―


 『エマージェンシーワープ レベル999

最も近くにある安全な洞窟や建物に瞬間移動できる』


 ―これだ!すぐさま選択、発動。どわんとした奇妙な感覚とともに、一瞬意識が飛んで―


 「…………………ぶはっ!」


 すぐに意識が戻る。全身の皮膚がギュッとこわばる感覚。うっすらとした感覚で、どうやらどこかの洞穴にワープしたらしいことが分かる。外は相変わらずの猛吹雪だが、この洞穴の中は風もなく気温が安定しているようだ。少なくとも外にいるよりは圧倒的に消耗する体力は少なく済むだろう。


 「よし、まずは回復をして、それから状態異常対策だ」

 

 『アルティメットヒール レベル999

癒しの気功の究極の姿。

一人のHPを完全に回復する。』


 『ギガリフレッシュ レベル999

施薬の技術の最高到達点。

一人の状態異常を全て回復する。』


 『リジェネフィールド レベル999

癒しの空間を形成する。常に回復の気功が満ちたフィールド内では、

10秒おきに最大HPの半分が回復する。』


 「…腹をいっぱいにするスキルは流石にないか」


 恐らく回復はこれで十分以上のはずだ。しかし立っているだけで莫大な体力を消耗する雪山で十分な食事ができていないのでは、いくら治療してもキリがないだろう。


腹が減っては戦は出来ぬ。山で食べられるものをとってきて、温かく調理するのはこの体では不可能だろう。今こそあのスキルを使うときだ。


 「変ン~…!!!身!!!」


 パッと視界が真っ黒になる。パンツの持ち主から俺自身に感覚が切り替わるためだろう。


 そして俺は「目を開いた」。ずいぶん久しぶりの感覚だった。


 「ふう…よし、イメージ通りにできてるな」


 俺は「足踏みをして」、「背中を捻り」、「手なぐさみに」「背中の剣を軽く振った」。

そう、三分限定の人間モードである。人間からパンツになってまだ一日も経っていないはずだが、一年ぶりにこの姿に戻ったような感覚だ。


 寒くないように防寒服、身を守る鎧や盾、かっちょいい剣なども欲張って設定してみたが、どれも寸分たがわず俺のイメージ通りに仕上がっている。実は顔や体も生前よりイケメンにしてあるぞ。


 願わくばじっくりとこの体を堪能したいところだが、視界の隅に『02:52』の文字が映る。変身と同時にスタートするよう設定しておいたタイマー機能だ。ウル…ラマンはいつもこんな風に急かされて暮らしているのか、大変だなあ。


 「いかんいかん、早く食料を調達せねば」


 慌てて洞穴を出ていこうとした時、ふと自分の持ち主はどんな人なのか気になった。そうだ、俺はそもそも男のパンツに転生するのか女のパンツに転生するのかさえ確認していないのだ。


 でもこんな雪山にわざわざ登るような奴は、おおかた熊みたいに毛深くて毛むくじゃらの山オヤジか、暇を持て余したじいさんあたりに違いない。


 ああ、俺は異世界に来てなお女運に恵まれない哀しい男なのか…


 「…………えっ、可愛いかよオイ…」


 洞穴に横たわって穏やかな寝息を立てていたのは、15歳くらいの美少女だった。そう、美少女だ。月並みな言葉で言えばそれはもう、ゲームやアニメからそのまま出てきたような麗しさだった。


 長い金髪は左右で三つ編みにされ、その上に魔女のような三角帽子が乗っている。あどけなさを残しつつも均整のとれた顔には大きな丸メガネをかかっていて、その奥で艶やかに伸びたまつげがかすかに揺れている。体つきはまだ少女らしいあどけなさを残しているが、胸はしっかりと成長しているようで将来が楽しみだ。服装は雪山に登るにはいささか軽装な気がするが―


 『02:08』


 「ああ分かったよ、クソ!」


 『マキシマムソニック レベル999

神速の速度強化魔法。

全ての動作速度を1000倍にする』


 『ホークアイ レベル999

全てを見通す全能の探索能力。

半径10キロ内全ての有用なアイテム、敵、重要ポイントが分かるようになる』


 『トレジャーハンター レベル999

お宝をひとり占めにする狩人の嗅覚。

倒した敵から確実にアイテムを手に入れられる』


 探索に使えそうなスキルを全てオンにし、ダッシュで狩りに向かう。やれやれ、ちょっと顔を見るだけのつもりだったのに1分近くも眺めてしまった。3分以内に食事を用意しなけりゃならないのに。でも―




―――美少女のパンツになれて、本当に良かった。―――






 「なんだってユリー!今回のクエストも駄目だったの!?」

 「ひいっ」


 深夜、町のはずれの小さな村の、さらにはずれの小さな家から、中年の女の素っ頓狂な怒声が響く。怒鳴りつけられた少女は小さく肩を震わせる。


 家の前には、ランプを持ったやせぎすの中年女がずんと立っている。背は高いが骨と筋だけでできているような体つきである。落ちくぼんだ頬や口元に真っ黒な陰が落ちていて、長い鼻と節ばった指先、そして目の奥の瞳だけがぎらぎらとランプの光に照らされていた。さながら魔女である。


 少女の方は、日も沈み切った真夜中だというのにたった今帰ってきたばかりのようだった。金髪を左右で三つ編みにし、その上に三角帽子をかぶっている。まだ幼さの残る顔には大きなメガネが乗っており、その奥に青い大きな瞳がのぞいている。どこかのダンジョンの帰りなのか、服のあちこちは擦り切れ、破れ、汚れ、顔は疲れ切っていて今にも倒れそうだ。


 「まったく。帝国学院大学の魔導学科の受験資格は、ギルドクエストのクリアポイント1000点以上なんだよ。なのにあなたの今のポイントは…」

 「ひゃ、187ポイント…」

 「もう、どうするんだい!入学届の提出まであと一週間なのに!」


 彼女たちの暮らすダノーバ帝国は大陸の中では領土こそ小さいものの、学問が盛んで優秀な魔導士を多く輩出していることで有名だった。そんなダノーバの最先端魔術が学べるダノーバ帝国学院大学ともなれば国内はもちろん諸外国からも膨大な数の学生が受験する。そのため受験の前段階で一定の足切り条件が設けられており、それを満たせなければそもそも入学試験を受けることすらできない。


 その条件が「ギルドクエストのクリアポイント1000点以上」であり、この段階で志望学生の7割がふるい落とされる。ギルドクエストは帝国が各地域に設置する冒険者ギルドによって管理・運営される。難易度によってSSS~Cまでの6ランクに分かれており、ランクによって得られる報酬やポイントも異なる。


 ちなみにユリーが攻略できるギリギリのBランククエストの場合で、ポイントの相場は50前後である。残り一週間で17個以上のクエストをクリアするなど到底不可能だ。


 最高難易度のSSSランクなら1個で1000ポイントを超えるものもあるが、このレベルになると最上位魔導士のパーティが全滅することも珍しくない。見習い未満のユリーが手を出すなど自殺にいくのと同じであった。


 「孤児のあんたを引き取って、野良仕事も洗濯も飯炊きもサボらせて、幼年学校まで行かせてやったのはねユリー、あんたに魔術の才能があったからだよ。いつか大魔導士になって、あんたの10年分の飯代なんか目じゃないくらいの金を入れてくれると思ったからこそ今日まで養ってやったんだよ」

 「はい、ポポレおばさん」

 「だってのに、あんたときたらグズで無能で臆病で…あたしゃ全く大損だよ!」


 ユリーは5歳の時に両親が洪水で流され、孤児になった。その後は遠縁のポポレの家に引き取られたのだが、そこでの暮らしはとうてい幸せとは呼べないものだった。


 ユリーの学問と魔術の才能に目を付けたポポレは、日が昇る前から月が沈むまで毎日ユリーを勉強漬けにした。ユリーを高給取りの魔導士にしてその金を家に入れさせれば、老後は遊んで暮らせると考えたからだ。ユリーが自分の言うとおりに勉強ができなければ食事を抜き、試験で一問でも間違いがあればむち打ちにした。


 ポポレの子供たちは、自分達が畑や台所で働いている間、ずっと机の前に座っているユリーが楽をしているように見えたのか、人目を盗んでは彼女に陰湿な嫌がらせをした。


 「はあ………どうせあと一週間でAクラスやBクラスなんて大した数こなせやしない。こうなりゃイチかバチかだ。バルジ山脈の最深部でボワールドラゴンの討伐をするクエストがある。SSSランク、1200ポイントの特級クエストだ。この町からじゃ片道でも2日はかかる、今すぐ出発しな」

 「そんな…!今からなんて、私装備も体力も今日のクエストで限界で…!」

 「じゃあどうやって学院大へ行こうってんだい!?言っとくけどね、魔導士になれないお前なんかに食わせるメシなんて無いよ!死ぬか魔導士になってウチに金を入れるか‼お前の選択肢はこの二つだけだよ!!!」


 バタン!!!

 凄まじい音を立ててドアが固く閉じられ、中から鍵のかかる音がした。


 「…バルジ山脈か。はは、方角はどっちだったかな」


 ユリーは渇ききった顔で、カバンから地図を取り出す。

 父さん、母さん。ユリーは頑張って生きたよ。二人がくれた命を無駄にしないって、二人の分まで幸せになるんだって、どんなに辛くても必死で生きて来たよ。

 でも、ずっと苦しい思いばかりして最後はこんな風にみじめに野垂れ死ぬんだったら。あの時家族みんなで死ねばよかったのにって、思っちゃうな。


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