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プロローグ~ベランダとパンツ~

 俺、40歳非正規。おっさん。趣味は無課金ソシャゲ。一応大学は出たのだが最初の就職でブラック企業を引き当ててしまい、この年で未だに嫁も子供もいない。さっさと転職すればよかったものを、30半ばまでダラダラと居座ったせいでロクなキャリアも積めないまま若さと体力を浪費してしまった。


 この間クソ上司との戦いの末ようやく会社を辞められたが、今度は転職にも失敗して現在は貯金を削りながら生活している。それでも今は日曜が必ず休日になっていて、こうして一日ソシャゲしてられるのが唯一の救いだ。


 「ん、なんだあれ?」


 窓の外のベランダに、見慣れない布切れが引っ掛かっているのが見えた。真っ赤な布の周りに黒の飾りがヒラヒラついている。ハンカチでも靴下でも、あんな色のものを買った覚えはない。


 「よその家の洗濯物か…?」


 風か何かで飛ばされてきたのだろうか。ベランダへ出て手に取ってみる。


 「ぱぱあっ!?こ、これは、ぱ、ぱ…!?」

 

 それはなんと…パンティーだった!!!いわゆる女物の下着だった!!!それもベージュやら薄水色やらの地味な奴ではなく、それはもうとことんド派手なパンティーであった!!!


 真っ赤なサテンの布地の周りを、黒いレースの刺繍がきらびやかに縁取っている。腰の両脇のヒモをほどくと脱げるタイプで、布の部分も本当にこれで大事な部分が隠しきれるのか疑わしいほどの面積しかない。いや、そもそもこれはそういう所を隠す目的で設計されたパンツなのだろうか。よく見たら三角形の部分も異様に角度が険しい気がするぞ。


 「若い女のパンツ…それも勝負パンツ…!!!」


 オトコを奮い立たせるためだけに作られた卑猥なその布を、俺は思わず固く握りしめる。あとで知ったことだが、この時俺がパンツをガン見していた表情はさながら金剛力士か仁王像かと見まごうほどであったそうな。


 「きゃあーーーっ!下着泥棒よーーーッ!!!」


 突然アパート一帯に響き渡る若い女性の悲鳴。見上げると、ちょうど真上の部屋のOLがベランダから身を乗り出し、下に向かって絶叫していた。なんだなんだと他の部屋の住人達も窓から顔を出す。


 しかし下着泥棒とは許せない。俺はこれでも痴漢やわいせつ行為といった卑劣な犯罪に怒りを燃やすタイプである。そりゃあ俺も女の子は大好きだ。ソシャゲでも巨乳キャラばかり育てている。だが俺はリアルの女性にはなにかしようとは思わない。話しかけることすらしない。自分のような汚いおっさんはわずかに女性と関わるだけでも加害になる、それをきちんと理解し実行しているからだ。女性を尊重しないのは許せないという理由で風俗にもいかないくらいだ。そう、いわば俺は童貞紳士なのだ。


 「あの人、あの人よ!マー君、あの人が私のぱんつ盗ったのよーーーっ!!!」

 

 「オラッてめえかッ!よくもうちのユミに手ェ出しやがったなあ!!!」


 「マー君」と呼ばれた彼氏らしき男が一緒に身を乗り出してくる。金髪でタトゥーで筋肉ムキムキ、まるで格闘漫画の悪役だ。あんな奴に殴られるなんて下着泥棒に少し同情してしまう。だがそれも自業自得だろう、女性のパンツを盗むような卑怯者はせいぜい痛い目に会えばいい。殺されたってちょうどいいくらいだ。


 ところで例の下着泥棒とやらはいったいどこにいるのだろうか?さっきから周囲の視線の先を見渡しても、それらしき人物の姿はどこにも見当たらないのだが…


 するとマー君がごそごそと何かを取り出す。白くて四角い人の頭二つ分くらいの箱。どうやら電子レンジのようだ。うわあ、あそこって四階じゃなかったか?あの高さからあんなの喰らったら痛いじゃすまないだろ…


 「くたばれや、変態野郎がッ!!!」

 「え…?ぶべがあああっ!!!??」


 ドゴッッッ!!!!!


 激痛と衝撃。数秒の間、俺は自分に何が起きたのか理解できなかった。顔に何かがめり込んでいる。そうだ、さっきの電子レンジだ。足元もなんだかふわふわと頼りない。さっきまで踏みしめていた地面の感覚がないのだ。ちらりと見えた視線の先に、俺が新卒から18年暮らしたアパートのベランダが見える。


 ああそうか。俺は落っこちているのだ。ボロアパートの三階ベランダから、頭からコンクリートに叩きつけられようとしているのだ。


 ふと右手に目をやると、そこにはさっきの勝負パンツが未だしっかりと握りしめられていた。


 そうか―――

 

 「下着泥棒は…俺だった…ってことか…」


 なるほど、全部理解したよ。自分のパンツが無くなって、すぐ近くでこんなみすぼらしいおっさんがそのパンツを握りしめてたら、そりゃあ誰だってそいつが盗んだと思うだろう。無理もない話だ。


 でもだからって、いきなり電子レンジぶつけることないじゃないか。俺だって盗んで自分のものにしようとしたわけじゃないんだぞ。騒ぎになってなければ、今頃俺は管理人室にいた。そしてこのパンツを落としものとして届けてた。あんたはその後、管理人室に届けられた自分のパンツを無事に回収できた。それでよかったじゃないか、どうして俺がこんな目に会わなくちゃならないんだ-


 現世での俺の記憶はここまで。なぜなら死んだからだ。俺、享年40歳、男性、独身。死因は下着泥棒と間違われて三階のベランダからの転落死。遺体の右手には、知りもしない女のパンツがしっかりと握りしめられていたという-


 わざわざ「現世で」と言ったのは俺の人生には続きがあるからだ。現世ではない別の世界で―――パンツとして生きる第二の人生が。


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