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ブーツが脱げない


 男に抱えられたまま夜空に浮かぶ俺は事態を把握できずに呆けていた。


「えっと・・それは翼かな?」振り返りながら恐る恐る男に尋ねた。


 逆光になって男の表情は読めなかったがその声からはなんの感情も読み取れなかった。


「そうだ。お前の居城を教えろ。そこへ向かうぞ」


(居城って家って事か? 俺、城に住んでる訳じゃないんだけどな)


「あっちだよ」とりあえず追っ手を撒く事は出来たから一安心だ。そんな安堵が冷静な返答へ導いた。


 


「ここがお前の居城だと?」


 一般的な木造2階建て、4LDKの家を見上げた男が言った。


「この世界では大体こんなもんだよ」


 あの翼を見た瞬間からこの男が別の世界から来た存在だと理性が俺に告げていた。そして何故だか俺はその理性の言葉を素直に受け入れていた。


 玄関に入り電気を付けた。「あ、それとここで靴を脱いで」そう言いながら男を振り返った俺は呆気に取られてまじまじと男を見つめた。


 男は黒い革のブーツを力づくで引っ張っている。「それ、紐をほどくんじゃないの?」


 いやそうじゃない! 靴の紐どころじゃない! さっきまでは暗くてこの男の容姿がよく見えていなかった。肩まで伸びた黒い髪に体にぴったりとした赤いスーツ。そして癪に障るくらいイケメンなその顔! 玄関の明るいLEDの照明の下にさっきまでゲームの中で戦っていた相手が立っていた。


「あ、あんた・・まさかヴァンパイアキング?」


「よく我の名を知っていたな」キングはニヤリと笑みを俺に向けた。


 玄関の地べたに座り込みブーツと格闘している人にドヤ顔されても・・。そう思いながらしゃがんでキングの靴ひもを解いてやった。


 とりあえずリビングに行きテーブルを挟んでソファに向かい合って腰かけた。


「で、何でヴァンパイアキングがここに居るわけ?」


 俺は真面目に尋ねた。何とか状況を整理したい。ゲームの中の登場人物が目の前にいるこの事実には何か真っ当な理由があるはずだ。そしてその答えを知っているのは今の所この男しかいない。


「それは我にも分からん」


「分からんって・・あんたってラスボスじゃん。あの地下100階ダンジョンの主なんでしょ? そんな凄い奴がなんで分かんないの?」


「我は凄いが分からんものは分からん。それはさておき、ここは我の知る世界ではないな?」

「多分ね。この世界に地下100階のダンジョンがあるなんて聞いた事もないよ」


(ていうか、あんたはゲームの中のキャラだよ。ここはリアルだから当然ダンジョンなんてあるわけない)


「あのさ・・多分あんたはゲームの世界から出てきちゃったんだよ」

「ゲームの世界? なんだそれは」


「ええと、この世界には娯楽でゲームと言うものがあって、あんたはその中の登場人物なんだよ」

「なぜお前がそれを知っている?」

「さっきまでそのゲームをやってたからだよ」


「証明しろ」

「ううん、困ったな。90階に戻されちゃったから100階に行くには時間がかかるんだよ」


「我も困っているのだ。ここがどこかも分からず、大勢従えていた眷属もいない。一人でこんな場所に放り出されて・・」迷子の子猫ちゃんの様な顔をしてキングは俺を見てくる。


(うわぁ、イケメンがこういう母性本能をくすぐる様な表情をすると女子はイチコロなんだろうな。だが俺は男だ。このままキングと関わってたらロクな事にならないに決まってる。もうお引き取り願おう)


 俺がそう考え腰を浮かそうとすると続けてキングが口を開いた。


「しかも喉が渇き腹も減っているのだ・・」キングもソファから立ち上がりかけた。


「ちょっ、ちょっと待った。俺の血を吸おうとか考えてるでしょ? 助けてあげた俺にそういう仕打ちはないんじゃない?!」


「いや、飛行してここまでお前を運び、窮地を救ったのは我だ」

「い、いやそうだけど。でもここは俺んちだから!」


 キングはもう一度ソファにゆったりと掛け直し、腕を組んで考え出した。


「ううむ、そうだな・・。ではこうしよう。我をしばらくここに置いてくれ。元の世界に帰れるまででいい。その代わりお前の命は保証する」


「うっ・・どうしようかなぁ」(俺にキングの言う事を聞く義務はないよな。助けて貰ったと言えばそうだけど、それはそもそもキングが蒔いた種なんだし・・)


「その条件が飲めないなら今ここでお前を頂くまでだがな」キングは不敵な笑みを浮かべた。


「そ、そ、それって脅迫じゃん!」

「そうとも言えるな」


「そんな横暴な事あるかっ!」

「お前に選択肢は一つしかないと思うがな」


――くそっ。なんでこんな奴と関わっちゃったんだよ俺は・・。


「分かったよ。約束は守ってくれよ」

「ああ、()()保証する・・」


 キングはそう言ったかと思うとテーブルをひらりと飛び越え襲い掛かってきた。

 俺は声を上げる暇もなくキングに掴みかかられた。首に鋭い衝撃が走る。キングの冷たい息が首筋にかかり背中がぞわぞわした。注射器で血液を採られるのとは違う、もっと強い感覚が襲って来た。


 俺はキングに血を吸われていた。









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