入学式 3
大きく返事したあと、僕は前を向く。び…びっくりした。よくすぐに返事できたな。えらいぞ。確かに、窪塚さんに名前を呼ばれたとき、僕は浮かれていた。無意識に彼女に対して、可愛らしい、いじらしいセリフを期待していたのかも知れない。それなのに、彼女の口から出たセリフは「ぶちかませ」だなんて。彼女のかわいい顔と男らしいセリフのギャップがひどくて、笑えてくる。僕は先生に名前の確認をされた後、元いた席の方をうかがってみる。女子4人に抱きつかれ、撫でられている窪塚さんが見える。されるがままだ。ここはカッコつけるところだぞ、と自分にさらに気合いを入れた。
「次の人、舞台に上がって」
ついに僕の番が来た。遠くにあった操縦席は、もう目の前にある。僕は、はやる気持ちを抑えて操縦席に乗り込んだ。すぐさま、教員が僕の頭と首に機械を取り付けていく。僕はされるがままになりながらも、客席を見下ろす。誰も僕の方を見ていないのを見て、安心する。準備を終え離れていく教員に、僕は軽く会釈する。するとすぐに、運転席を中心に画面が広がったため、僕は急いで前を向く。ふと、自分がずぅっと高い場所に立っているような感覚がして、下を覗く。なぜか、客席に座った生徒ではなく、噴水が見える。
見覚えのある場所だ……あぁ! この学校の中庭だ。学校見学の時に行ったことがある。
なぜ、急にこの学校の中庭が思い浮かぶのか。なぜ、校舎の屋上の端に立っているような気がするのか。驚きと困惑でフリーズしていると、急に視界と感覚が、講堂で操縦席に座っている自分に戻る。いつのまにか、教員が僕の横に立っている。
「次のブースに移動してください」
よくわからないまま、僕は隣のブースに移動した。僕が椅子に座るとすぐに、目の前にいる教員がヘッドフォンを渡してくる。僕はヘッドフォンを装着して、何の音がするのかと身構えた。しかし、ゆっくり5秒数えても、僕の耳には特に何も聞こえなかった。僕の頭の中を疑問符が埋め尽くしていると、目の前の教員がヘッドフォンをよこせとジェスチャーしてくる。僕はされるがままに、頭からヘッドフォンを剥ぎ取られると、次へ行けとブースを追い出された。
今のところ絶望的に手応えがない。僕は気合を入れ直さなければと、上を向いて息を吐いた。それにしても、最後の試験は思念体でのロボット操作だ。僕にも思念体が使えるのだろうか。足首、手首と機械を装着していく自分の手が、緊張で少し震えている。最後に、教員が僕の首に機械をとり付ければ、準備完了だ。
僕はゆっくりと、左手を前に差し出す。ロボットに向かって、動け、動け、動いてくれ! と念じる。しかし、ロボットは錆びついたように、わずかにしか動いてくれない。僕は、窪塚さんの勇姿とそのあとの会話を思い出した。
「ほんとすごかったよ。コツとかない?」
「えー!? わかんないわかんない! 無意識だったもん!ロボットが動くの見たら嬉しくなっちゃって! 思わずジャンプしちゃった……。そのあとは、なんかいけるかなーって」
「ぶちかましちゃえ!」
窪塚さんの激励のセリフまで思い出して、僕は笑ってしまう。せっかくだし、楽しまなくちゃ勿体無いよな。あんなに楽しみに思ってた思念体だぞ、日色匠海!! 僕だったらどうロボットを動かすだろう? 走ってジャンプはできないと戦えないよな。ロボットにはやっぱり必殺技だ。ロケットパーンチ! なんて……
肩を叩かれて妄想から覚める。僕の身体には、本日5回目となる歓声が響き渡っていた。
僕はよくわからないまま舞台を降りる。良かったと声をかけてくれる教員に、会釈しながら歩いていく。最後の試験ってどうなってたんだ? 結局ロボットって動いたのか? 心臓だけが、結果を覚えているかのように、興奮してばくばくと動いている。僕はゆっくりと元の席を目指す。
席に近づくと、先程喋っていた男子2人が、僕に気が付いて駆け寄ってくる。彼らはそのまま肩を組んでくると、どーやったんだよ、凄いじゃないかとバシバシと叩いてくる。僕は曖昧に笑ってやり過ごす。もみくちゃにされながら、自分の席まで戻る。
「日色、お前、やるじゃないか」
「かっこよかった〜」
「日色〜お前ヒーローみたいだったぞ〜」
みんなからどうだったかと聞かれるが、僕はなんと答えればいいのかわからなかった。ええい、思い切って聞いてみるか。
「実はさぁ、よくわからんうちに試験が終わってたんだ。まーったく自分が何したか覚えてないの! 僕そんなおかしいことしてた? 確かに手ごたえはなかったけどさ、みんななんでそんなに盛り上がっているんだよ?」
はじめは冗談いいって〜とみんな笑っていたが、僕が本気で覚えていないことを理解すると、唖然とした顔で僕を見ていた。後に、あまり最終試験が好成績すぎると記憶に欠陥が出る、という噂が流れた。
まず、はじめの映像について、僕はすべての映像を映し出したらしい。顔の動きに合わせて右へ左へ画面が出現していく様子は、少し不思議だったとのことだ。流れていた映像も顔に合わせて動いていたらしい。
次に、ロボットについて、走ってパンチをくり出したらしい。はじめは手が少ししか動かなくて、これは失敗したか……という雰囲気になったが、次の瞬間走り出していたのだそうだ。
らしい、と付けざるを得ないのは非常に残念であるが、どうやら僕は最終試験で好成績を収めたらしい。自分のことだけど、実感が無い。あーあ、誰か録画している人いないだろうか。