入学式 2
窪塚さんが前へ進んでいく。列の最後尾に並んで、教員に名前の確認をされている。
僕は再び舞台を見た。今のところ、左の機械で画面に映像を映し出せた人は10人にも満たず、多く映し出せた人でも3つまでだった。右のロボットも動かなかったり、途中でバランスを崩して倒れたり、あまり上手く動かせている人はいないようだった。
僕がロボットの方を見ていると、左側できゃぁ! と歓声が上がる。背の高い銀髪の男が、舞台を上がっていくところであった。その男は、入学初日ですでに制服を着崩していたが、遠くから見てもサマになっていた。僕からはよく見えないが、男の顔面は、前の方に座っている女子達がキャーキャーいう程度にはイケメンなのだろう。黄色い声援をまるっと無視する男に心の中で悪態をつく。……羨ましいなチクショウ。
男が操縦席に乗り込み、ドーム状に画面が広がる。そこまでは他の人たちと大差はなかった。しかし次の瞬間、初めて見る光景が広がった。
まず男の前方画面に縦に2つ映像が出た。そこから左、右と流れるように映像が増え、すぐに男の姿は見えなくなった。わぁー! と歓声が上がり騒がしい。僕も思わず声が出た。この男、神庭 怜士は10画面全てに映像を映し出した、最初の1人となったのだ。
真ん中のブースで後ろを向いている間も、神庭は講堂中の視線を独り占めしていた。右側のブースに移動し、機械に繋がれていく彼の姿を、僕も固唾を飲んで見守る。
神庭はゆっくりと右手を上げる。ロボットも右手を上げる。ここまでできるやつは、他にも結構いた。神庭は右腕を下ろすと、一歩ずつ歩き出した。ロボットもゆっくりと、少しふらついていたものの、確かに歩き出した。そして、舞台の前方ギリギリまで来て、止まった。今までで、1番動いていた。またしても、講堂中から歓声が上がる。僕も拍手せざるを得なかった。神庭はすごかった。そして、この歓声の中しれっと自分の席に戻る男に、思わずため息が出た。……これだからイケメンは!!
神庭の好成績に興奮冷めやらぬうちに、窪塚さんの順番が来た。窪塚さんが操縦席に乗りこみ、画面が広がる。映像は……4つ、そこそこ良い。
窪塚さんが真ん中のブースに移動してしまったので、僕は周りの様子を伺ってみる。後ろでは、女子が4人集まって、神庭に話しかけに行くかどうか話し合っている。また、前にいる男子2人は窪塚さんがカワイイと喋っている。お前ら、オレ、窪塚さんに「またね」って言われてるんだぜ。
窪塚さんが右側のブースに移動したため、機械に繋がれていくのを見守る。窪塚さんが深呼吸する様子が遠目にも分かった。準備が整ったみたいだ。窪塚さんの左手がゆっくりと上がっていく。ほぼ同時にロボットの左手も上がりはじめる。僕は、ロボットの動きに今までとは違う何かを感じた。しかし、それが何か気づく前に、彼女は自ら答えを証明してみせたのだ。
窪塚さんは左手を下ろすと、3歩ほど歩き、ロボットと一緒にジャンプした。一緒に、ジャンプしたように見えた。今までで1番、ロボットとのタイムラグが無かったのだ。彼女は何故かスキップして、はじめに立っていた位置まで戻った。ロボットも倒れることなく、はじめの位置に戻っていた。講堂中は、本日2度目の大歓声に包まれた。
「日色くん!日色くん!」
遠くから窪塚さんが駆けてくる。かわいい、トイプードルのようだ。以前犬を飼っていた僕は、両手でわしゃわしゃと撫でたくなる衝動に駆られた。
「窪塚さん! お疲れ様! すごかった!」
「えへへ。ありがとう! 自分でもまだ、ビックリしてる!」
「ほんとすごかったよ。コツとかない?」
「えー!? わかんないわかんない! 無意識だったもん!」
「最後なんかさ、急にジャンプしたから驚いた。スキップもするし!」
「ロボットが動くの見たら嬉しくなっちゃって! 思わずジャンプしちゃった……。そのあとは、なんかいけるかなーって」
なんかいけるかな……きっとこの子は、感覚的にやってのけるタイプに違いない。席に戻って、また2人で喋り始める。窪塚さんも僕も興奮していたからか、自然と声が大きくなっていたらしい。また、ロボットを華麗に動かしてみせた彼女の体験談は、周りの興味を引いていた。後ろにいた女子4人組が話しかけてきたのを皮切りに、話しかけてくる人が増えていった。最終的に10人ほどまで増え、あーだこーだ言い合いながら他の人の試験を見るのは楽しかった。
「次、日色 匠海くん! 舞台の方へ!」
「あ! 日色くん呼ばれたんじゃない?」
「頑張れよー」
「うわぁー! 緊張する! …っよし!行ってくるわ」
みんなの声援を受けながら、僕は椅子の間を移動する。ようやく広い通路に出たとき、後ろから窪塚さんに声をかけられる。
「日色くん!」
「おぅ」
「全力ぶちかましちゃえよ!」
「おぅ!!」