入学式 1
この小説の設定は全てデタラメです。
実在の人物や団体などありません。
「世界の危機」は今までにも何度か訪れた。
異常気象、飢餓、疫病、戦争ーーこれらは繰り返し人類の生存を脅かし、我々人類はどうにかこれに打ち勝ってきた。しかし、危機を乗り越える度に、人々は大きく疲弊していった。
いくつかの国が消えた後、人類は大きな一歩を踏み出した。新たな機関「世界共存機構 world coexistence organazation」<WCO> が発足したのだ。長い暗黒期はあったが、隣人を愛する尊さを伝え合い、繋いできた科学技術をもって、ついに人類は共存することを学んだ。この<WCO>により、世界は約800年間の平和を得た。
3013年4月23日、宇宙からの侵略者「sami loloto」< ロロット>が訪れるまではーー。
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3041年4月1日。今日、僕、日色 匠海の運命は変わる。
国立フォルティチュード研究所附属 庄原高等学校 パイロットコースで過ごす、バラ色の学園生活が今、始まるのだ。中学2年次全国一斉適正検査で「パイロット適正アリ」の通知が来たときは、興奮してチャリで一日中街を駆け回った。日本には2校しかない研究所附属に入学するために、死に物狂いで勉強した。合格通知が来た時の、我が家にエリートが誕生した! と飛んで喜ぶ両親の姿が思い浮かぶ。思い出に浸っていると、先生の入学式開始を告げる声がかかる。さぁ! 青春の幕開けだ!!
そのはずだった。入学式が終わり、自分のクラスは何組かなぁ〜なんてのんきに考えていた頃に戻りたい。だって、学年主任の玄葉 晃彦が喋り始める前までは、僕のバラ色の学園生活には、一点の曇りも無かったのに。突然、前の舞台に大きい機械が運び込まれ、新入生がざわつき始めたとき、その男は言ったのだ。
「諸君、我が校に入学おめでとう。私は、君たちの学年を受け持つことになった、主任の玄葉 晃彦だ。大変優秀な成績を納めた君たちを誇りに思う。さて、それでは今から、パイロットになれるかどうかの最終試験を行う。呼ばれた者から前に出るように」
まだ、試験は終わっていなかったのだ。
突如始められた最終試験に、講堂内は一気に騒がしくなった。名前を呼ばれている生徒も、あまりに急な事態に動けないでいる。しかし、教員だけは慣れた様子で、騒ぐ生徒を見渡し呼びかけていた。
「静粛に! 名前を呼ばれた人は早急に舞台に集まってください。この試験はクラス分けにも関わってきますからね。終わらせないと皆さん帰れないですよ。さぁ、急いで下さい!天野 友香さん!伊澤 明さん!ーー」
名前を呼ばれた生徒が、そろりそろりと舞台へ上がる。最終試験を見定めようと、僕は無意識に立ち上がっていた。僕の心の中には好奇心や期待感が大きく、しかし、猜疑心や不安感も拭えず、様々な感情があった。きっと、周りも同じような心境だっただろう。講堂内の全ての視線が、前の舞台に集中していたのだから。
1番に呼ばれた天野さんは、舞台上にある3つのブースのうち、まず左端の機械に案内されていた。彼女は、機械から飛び出るように設置された操縦席に乗り込む。横から教員に、頭と首に機械を付けられていた。教員が操縦席から離れると、彼女を中心にドーム状に画面が展開された。しかし、映像が映っているのは前方1つだけだった。
天野さんが次のブースに移る。ヘッドフォンを付けているが、後ろを向いていてよく分からない。僕は真ん中の機械は諦めて、再び左の操縦席を見る。すでに次の人が座っている。教員が離れた後同じように画面が展開されたが、1人目とは違い、映像は何も映さなかった。2人の何が違うのかーー? 僕が3人目の準備が整うのを待っていると、右後ろから脇腹を突かれた。
「ねぇ。座るかズレるかしてくれないかな? 前、見えないからさ」
「わっご、ごめん」
美少女だ。なかなかお目にかかれないレベルの美少女だ。まず、僕のこぶしと変わらないほど小さな顔に驚く。そして、光をよく反射する力強い目に、僕の視線は自然に引き寄せられていた。椅子の位置を確認せず座った僕は、自分の尻がずれていることに気付かず、椅子から落ちそうになって大きな音を立てた。周りの人に平謝りしながら、姿勢を正す。僕の様な反応には慣れているのか、彼女は何もなかったように話しかけてきた。赤みがかった茶色の、少しうねった髪はトイプードルを彷彿とさせた。
「ねぇ。あの機械、なんだと思う? 人によって映せる映像の数が違うよね。あ、この子も映らないみたい」
「……本当だ。映る方が珍しいのか」
「座るだけでいいのかな?」
「座った後で頭と首に機械を着けられていたぞーー」
2人でこそこそと喋っていると、天野さんが最後のブースに移動した。会話は自然と途切れ、再び全員の視線が彼女に集まった。デカい機械に四肢と頭をケーブルで繋がれた彼女は、2mほど前方に置かれたロボットに向かって左手を伸ばした。…1、2、3秒ほど後に、ロボットは彼女と同様に左手を挙げた。彼女が一歩踏み出すと、ロボットも遅れて一歩動く。ロボットが動く。ただ、それだけ。僕は少し肩の力が抜いた。
「思念体だ……」
誰が呟いたか分からない小さな声だったが、講堂内には大きく響いた。僕は聞こえたことが本当かどうか、美少女の方を振り返る。彼女も大きく目を見開いており、僕の方を見ると頷いた。
「私、ホンモノ、初めて見た」
「僕も。てゆーか、ここにいる全員、初めて見るだろ」
「思念体 ligare」<リガル>は3015年に中国で発見された新技術だ。日常生活ではお目にかかれない、最先端の技術に興奮する。この思念体で、パイロットは戦闘機<アドアステラ>を動かすのだ。パイロットの選抜がまさに今、行われているのだと強烈に実感させられた。
「次!窪塚 千聖さん!前へ!」
「わー!呼ばれた!行ってくる!」
「おぅ、頑張れ」
「……私、窪塚 千聖。君の名前は?」
「……日色 匠海」
「日色くん。またね」
「うん。窪塚さん。また、あとで」
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