第十七話
その日も私は図書館にこもっていた。見るのはもっぱら空間魔法と獣人関連の本で、もう何度目かわからないくらい同じ本を眺めている。
「また難しい顔をしてますね」
そう言って私の向かいに座ったのは黒いローブを着た男性。影のことがよぎって思わずガタンと音をたてて椅子から立ち上がってしまった。そんな私を見て彼はふっと笑う。
「あぁ……すみません、驚かすつもりはなかったんですけど」
「いえ……」
心臓がバクバク鳴っているのを抑えてなんとか声を出した。彼は影じゃない。大丈夫だ。
ふーと息を吐いて落ち着かせると元のように席に座る。後ろに控えるカロリーヌさんが反応していないから怪しい人ではないんだろう。
「……私に何かご用ですか?」
「えぇ、少しお話をと思いまして……。でもその前に自己紹介を。僕はベルトランと申します。一応これでも魔法師団長を務めさせていただいています」
確かに魔力量がずば抜けてるなとは思ったけれどまさかこんなにも若いなんて思わなかった。いや、獣人だったらわからないけど……この魔力量は獣人ではあり得ないから人族なのだろう。もちろん私は例外だ。
フードの下に見える顔は30代前半くらいだろうか。髪はよく見えないが明るそうな色で紫色の瞳がちらりとのぞいている。
「それで……話というのは?」
「単刀直入に言いますと隷属の呪いの解呪についてお聞きしたいのです。殿下にお願いしても会わせていただけないので直接参った次第です。ご無礼をお許しください」
立ち上がってお頭を下げる彼をじっと見つめてからカロリーヌさんに視線を移す。彼女が目礼をしたので好きにしろということなのだろう。
「わかりました。お掛けになって下さい」
「ありがとうございます」
彼は私が許可を出すとすぐに座りキラキラとした目でこちらを見てきた。なんだか居心地が悪い……。
「……隷属の呪いの解き方でしたよね。残念ながら私はあの時意識が朦朧としていてあまり覚えていないのです。必死で術式を組み立てたことは覚えているのですが……」
「少しも覚えていないのですか?その時に使った術式の一部だけでも……」
「すみません。本当に何も覚えていなくて……。ただあの時私は魔力暴走を起こしてしまって乱雑に組んだ術式と暴れる魔力を刻印に叩きつけたということは覚えています。ご期待に添えず申し訳ありません」
私の答えを聞くと彼は顎に手を当てて何か考え込んでいるようだった。しばらくして顔を上げると真剣な表情をして聞いてきた。
「他に何か気がついたことはありませんか?」
「…………そうですね……いや……ないです。お力になれずごめんなさい」
1つ仮説はある。けどこれは言えない。視線を下に向けてこれ以上話すことはないという意思表示をする。
「いえ、こちらこそ突然のことだったのに応じてくださりありがとうございました。お礼と言っては何ですが、聞きたいことがもしあるのであればお答えしますよ」
そう言って彼は私が読んでいた本に視線を向ける。
「空間魔法の本を熱心に読まれていましたね。何か知りたいことでも?」
「いえ、ただ単に興味があるだけですのでお気になさらないでください」
「ふむ、そうですか。では何かあれば遠慮なく仰って下さい。私で良ければいつでもお教え致しますから」
「はい、その時は是非」
私達はお互いに微笑み合った。
「では、そろそろ失礼させていただきます」
ベルトラン様が立ち上がって一礼すると後ろでカロリーヌさんも軽く頭を下げた。ぼんやりと背を向けた彼の背中を眺める。姿が見えなくなった途端、詰めていた息を吐く。
「はぁ…………」
手が震えている。どうやら黒いローブがトラウマになってしまったようだ。情けない。
「アメリー様、大丈夫ですか?」
カロリーヌさんが心配そうな顔で私の顔を覗き込んだ。それに小さくうなずくとまた文字を目で追い始めた。