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60 私、ヴィンのことが

「ロマーナ様!」

 絶叫に近いヴィンの声にも、私は振り返ることができなかった。私にある全ての力がムンストンに向かっていた。ムンストンを縛る、封印の鎖に。

「いけません、お戻りください! なんで……やっとここまで来たのに……!」

 悲痛な声だった。同時にバチバチと何かが弾ける音がする。既に私の魔力は封印の鎖の一部として取り込まれ、周囲には結界が作られていた。

「何考えてるの、ロマーナちゃん! 早く戻ってきなさい!」

「いけないリンドウ殿! 危険だ!」

 きっとオルグ様は、ヴィンとリンドウさんを抑えてくれているのだろう。もう戻ることはできない。ここまで魔力と鎖が同化してしまった今では。でも私だってただの自己犠牲でこんなことをしているんじゃない。

 強大な魔力に負けぬよう大きく息を吸う。ぐっとお腹に力を込める。

「私、ヴィンのことが好き!!!!」

「は」

 それは唐突な沈黙だった。……そうだよね、普通は絶対告白するような場じゃないもん。けれど私にとっては、全てを伝える最後のチャンスだったのだ。

「初めて会った時からかっこよくて素敵な人だと思ってた! 話せば話すほど大好きになって、百年間眠る前まで何度も告白とラブレターの練習をしてたぐらい!」

「え、あ、へ?」

「百年待っててくれたのもすごく嬉しかった! その、ほんのちょっとだけ普通の人間じゃなくなってたけど……!」

「アンデッドってアンタの括りじゃほんのちょっとに入るのね」

「気にしない! だってずっと一緒にいられるんだもの!」

 多分、今のヴィンはものすごい顔をしているんだろう。その顔もかっこいいはずだから見られないのは残念だったけど、面と向かえば怖気づいて言えなくなってしまう。だったらもう、これで良かった。

「だからオルグ様、本当にごめんなさい! 婚約者という立場だったのに私は不誠実でした! あなたはこんなに力になってくれたのに!」

「いえ、そんな……!」

「そうよ大丈夫よ、ロマーナちゃん! オルグ様はとっくにアタクシにぞっこんだから!」

「リンドウ殿!?」

「アタクシもぞっこん!」

「リンドウ殿!!!!」

 間に入ってきたリンドウさんの声に、勝手だと思いながら安堵としてしまう。……良かった。彼女だけじゃなく、オルグ様の声にも彼女に向けられるほのかな愛情を感じたのだ。

「驚かせてごめんね、ヴィン」

 息が苦しい。指の先から全身の力が抜けていく。あまり長くは話せないのかもしれない。

「でも私、まだあなたに言わなきゃいけないことがある」

「……ええ、何なりと」

「お願い。また、私を待っててほしいの」

 胸が詰まる。喉が震えてしまう。自分がどれほど勝手なことを言っているかは知っていた。

「今度は百年どころか、もっとかかっちゃうかもしれない。でも私、絶対この世界に戻ってくるから。必ず全部終わらせて、ヴィンの元に帰るから」

「ロマーナ様……」

「だからお願い、待ってて。私また、あなたと会いたい。会って、話して、一緒にたくさんの景色を見たい。……あなたの待ってくる場所なら、私絶対帰ってこられるから……!」

 ――お母様から聞いたことがある。地獄とは、ここと全く違う時間の流れ方をしているのだと。あちらでは生ける者の時間は止まり、たった数秒しか経っていなくても地上では数ヶ月の時が流れていると。だからもし地獄へ堕ちるのがヴィンだったら、人である私の命ではきっと待ち続けられない。だったら地獄に堕ちるべきは私のほうだ。

 ……わがままと表現するには、あまりにも過ぎた願いだった。騎士であるヴィンの忠実さにつけこみ、私はまた彼を冷たいお城で一人待たせようとしているのだ。

「……」

 永遠に思える苦しさと、痛みと、沈黙のあと。ヴィンの声が私の耳に届いた。

「――やはり、お断りします」

 瞬間、バリバリと落雷のような凄まじい音がした。視界の隅で血が飛び散っている。肉の焦げる臭いがする。

 自分の目を疑った。ヴィンは、素手で強引に結界を引き裂いていた。

「僕はもう……十分過ぎるぐらい待ちました! あなたを、あなただけを想って、百年という時をずっと!」

「ヴィン、だめ! この結界に入れば出られなくなる!」

「またあなたと引き離されることを思えば脅威ですらない!」

 リンドウさんが呪文を唱えている。結界の一部を壊すために破壊されたヴィンの細胞が、みるみるうちに治癒されていく。

「僕もあなたが好きです! 愛しています! そうじゃなきゃ百年も城に引きこもり、無作法な侵入者を叩きのめしてロマーナ様を守ったりしない!」

「え、えええ!?」

「これ以上待ちたくないと、そう言っているのです!」

 衝撃的な告白に私はパニックになっていた。その間にも、ヴィンは結界をこじ開けていく。

「ヴィン殿、私が一瞬結界を引き受ける! その隙に中へ!」

「ありがとうございます、オルグ公!」

「ヴィン……!」

「ロマーナ様、今行きます!」

 私の体は強すぎる魔力に溶けて、胴の部分が鎖と癒着してしまっていた。だけどかろうじて自由になる右腕を、ヴィンに伸ばす。

 力強い手でしっかりと握られる。こんな状況なのに、ヴィンは私の顔を見て安心したように微笑んでいた。強く抱きしめられる。温度のない体が私を包んでいる。

「ずっと一緒にいましょう、ロマーナ様」

 耳元で、彼の声がした。

「ですが、きっと地獄なんてあなたには似合わないのでしょうね」

 ヴィンの肩越しに、真っ白な鳥が見える。その鳥はそれはそれは美しい人の姿を取ると、大きく両腕を広げた。

 神々しき純白の光と共に轟音が響き、私達の足元が崩れた。

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