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48 ロマーナを探して

「おお! これは恐らくロマーナの……!」

 何やら喜んだアッシュだったが、そこまでだった。いつのまにか近づいていたムンストンの上体が、大きく腕を振るう。すんでの所で避けたヴィンとアッシュだったが、真下にあった機械は粉々に砕かれてしまった。

「まったく、厄介ですね。真っ二つにしても、まだ動くとは」

「ガ……ガ、ガガガ」

「何です? まだ何か言い足りないのですか?」

「ガガ……手、オクレ……! ロマーナ姫、モウ手遅レ……!」

「……!」

 絶句するヴィンを前に、ムンストンの抜け殻は剣を握った両腕を振り回し、狂ったように笑った。

「ガガガガ! 鍵、開ケた! 四本目、開ケた! モウ死ンデル! モウ死ンデル! ガガガガガガ!」

「ヴィン、聞くな! ハッタリというやつだ! 追い詰められたニンゲンがよくするアレだ!」

「無意味! ムイミ! キサマノ百年はムイミ!! ガガガ……ハハハハガガガ!!」

「……」

 その時のヴィンの表情は、筆舌に尽くし難いものだった。殺気と、憤怒と、侮蔑と。しかしそれに絶望が加わる前に、ヴィンはアッシュに向き直った。

「布饅頭、僕を乗せてください。急ぎますよ」

「急ぐったって、どこにだ」

「ロマーナ様の元です。どうせあなた、さっきの機械はロマーナ様の居場所を示していたと言おうとしたのでしょう?」

「なんでわかった!?」

「いいから早く!」

 ヴィンの迫力に押されたアッシュは、鼻先でヴィンを掬い上げると自分の背中に投げた。命の石からの魔力の流出は、なおも激しい。既にヴィンがまともに歩けぬほど憔悴していることは、アッシュも悟っていた。

「だがあのピコピコのやつは壊されてしまったぞ! どうするのだ!」

「あんなチャチな地図、一瞬見れば十分ですよ。まずは右に!」

「ワン!」

 抜け殻のムンストンを蹴散らし、アッシュは走り出す。流石の速度に何度も振り落とされかけるヴィンだったが、もはや執念ともいえる力でしがみついていた。エメラルドの目だけが、進むべき道を睨みつけている。

「……実はさっきから、妙な匂いがしているのだ」

 そんなヴィンに、ふとアッシュが話しかけた。

「恐らく、ムンストンが例のゾンビを城中に放ったのだろう。それはそれとして……その中に、知った匂いがある」

「知った匂い、ですか?」

「うむ。貴様は先ほど、ムンストンが我をここに喚んだ張本人だと言ったな? その時からだ。我は……何かを、思い出しかけている」

 アッシュの声には、困惑の色が混ざっていた。

「そして、この知った匂いを辿れば……我は、確実に失った記憶を取り戻せる。そう確信しておるのだ」

「……そうですか」

「うむ」

「であれば、あなたにとっては容易く看過できない問題ですね。……どうするのです?」

「……フハハハ!」

 アッシュは、後ろ脚で強く床を蹴った。ぐんと上がった速度に、ヴィンはアッシュの銀色の毛を掴み直す。

「まず我のすべきは、ボロカスとなった命の石の代わりを手に入れること! つまりロマーナのことだ!」

「!」

「やはり我の身にふさわしきは、あのニンゲンの魔力! かの者の力を利用し、再び我が恐ろしさを示してくれようぞ!」

「……布饅頭……!」

「こういう時ぐらい名を呼べ! あと魔力さえ貰えれば本当にそれで終わりだからな! すぐ逃げるから、我!」

「ええ、存じています。即座に解放しましょう。ロマーナ様の無事を確認したのち彼女を安全な場所に移動させ、ムンストンを念入りに灰にしたらば」

「まだまだ拘束する気満々ではないかー!」

 思わずツッコんだアッシュだったが、ヴィンからの応答は無かった。それだけじゃない、自分の体からも急速に力が失われていたのだ。――ヴィンの命の石の魔力は、尽きかけていた。

「ヴィン!」

 呼びかけれどやはり返事は無く、代わりにずるりと背中から体が滑る。アッシュは咄嗟に人間形態へと姿を変え、ヴィンの体を支えた。

 脱力したヒトの身は、死体のように重たかった。束の間逡巡し、アッシュはヴィンを背負い直す。それから速度を出すには効率の悪い体で、可能な限り速く足を動かした。

 ――吐き気がした。最初にヴィンと交わした契約からすれば、考えられないほどに割に合わない。何より……。

(今の我は、なんと人間臭くみっともない姿か!)

 アッシュは、一人心の中で吐き捨てた。

(よもや、人助けの真似事をしているなど!)

 蘇る記憶は、徐々にアッシュを蝕んでいた。自らを縛る鎖の悪魔としての矜持が、アッシュとしての意志を曲げようとする。

 しかし、あえて目を逸らしたのだ。鎖の悪魔として清算をするのは、記憶を取り戻した未来の自分でいい。今はただ、アッシュとしてヴィンをロマーナの元に運ぶと決めた。

(だが、果たして間に合うか)

 気がかりは、ムンストンの抜け殻が残した言葉である。もし彼の言う通りロマーナの鍵が四本解除されているのならば、既に彼女の命は無いだろう。そうでなくても、元々魔力を溜めるに適した器ではないのだ。長時間大量の魔力を抱えることはリスクでしかなく、運良く命は助かっても廃人となる可能性が高いことを彼は知っていた。

 加えて、ロマーナの魔力を嗅ぎ取ることもできなかったのである。きっと力を漏らさぬ場所に閉じ込められているだけだ。そう強く言い聞かせていたが、どうしても最悪の事態を考えずにはいられない。

(ええい、まどろっこしい! 百年も眠らせるぐらいなら、何故不死にしておかなんだ!)

 行き場の無い怒りが湧いたが、それすら速度に変えてアッシュはひた走る。やがて、彼は機械の示した場所にたどり着いた。

 渾身の力で木の扉を蹴破る。長く細い石の廊下を駆け抜けながら、アッシュは声を張り上げた。

「ロマーナ! 我が助けに来たぞ! アッシュだ! 当然生きておるな!? 疾く……疾く返事をするのだ!」

 廊下に自身の声が反響する。暗く埃っぽい空間の中、ようやく廊下の奥が見えてきた。――その中に倒れる、一つの影も。

「ロマッ……!」

 声が出なくなる。急に全身の力が抜けた心地になる。見覚えのある服が、髪が、形が、あんな場所に横たわって――

「――ッ、ロマーナ! 返事をしろ!!」

「はい!!!!」

「ギャワン!!!???」

 ――そして勢いよく宙に突き出た手に、アッシュは危うく腰を抜かしかけたのだった。

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