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3 ガラジュー公爵、登場

 私は、しばらく呆気に取られてヴィンが飛び降りた窓を見ていた。が……。

「ここすっごく高いよ!!?」

 気づいてすぐさま駆け寄る。けれどヴィンは、鋭い棘が我が身を裂くのを厭わず足場にし、どんどん下へと向かっていた。

 その先で彼を見上げるのは、一人の大男。鎧の上からでも分かるほどの筋骨隆々の彼は、立派な体躯に見合った大きな剣を構えた。

「来たな、不死の騎士! 今日こそ決着をつけてくれる!」

 野太い声に肌がビリビリとする。対するヴィンは、細く束ねた長髪をなびかせ殆ど垂直に落ちながら剣を抜いた。

「やあ、また貴方でしたか、オルグ・ガラジュー公爵!」

「ぐっ!」

 ギィンと剣がかち合う。体格差はあるものの、落下分の衝撃が加わり僅かにガラジュー公爵の体がよろめいた。その機を逃すヴィンではない。すかさず鞘で膝の関節を突くと、大きくバランスを崩させた。

「むっ!」

「おっと」

 しかし、公爵も負けてはいない。素晴らしい体幹で体勢を立て直し、獣のように跳躍してヴィンの背後を取った。反射的にヴィンが頭を引っ込めていなければ、首ごと吹っ飛んでいただろう。湯気が見えそうな突き出した拳の向こうで、公爵は笑った。

「この程度でやられるわけにはいかないな。何故なら私には、美しき婚約者が待っているのだから!」

「いい加減、現実を見る目を持ったほうが良ろしいかと。足りないなら一個貸して差し上げますが?」

「ぎゃああああ早くしまえ! 目玉の貸し借りなど聞いたことがないぞ!」

 ……仲良しなのかな? だけどその合間では、命を奪いかねないほど強烈な攻防が続いている。ハラハラしながら見守っていると、突然ヴィンの剣が弾き飛ばされた。

「ヴィン!」

「ッ!?」

 けれど私の声に反応したのは、ガラジュー公爵のほうだった。上を向いた兜が、私に視線を合わせてピタリと止まる。刹那、時が止まったかのようだった。

「……ロマーナ……姫……?」

「! 私をご存知なのですか!」

「はい、勿論です!」

 公爵はわたわたと兜を脱いだ。現れたのは、モンスターと見紛うばかりの日に焼けたいかつい顔と、顔半分を走る大きな傷跡。彼は大真面目な動作で、ビシッと敬礼した。

「お初お目にかかりまする! 我が名は、オルグ・ガラジュー! ガラジュー領の公爵であると共に、百年の時を超えて約束されたロマーナ姫の婚約者にてございます!」

「え、婚約者……?」

「願わくば、ぜひあなたの元へ馳せ参じたく……!」

「隙あり」

 次の瞬間、大きな体が横に吹っ飛んだ。ヴィンが彼の顔面に、強烈な回し蹴りを食らわせたのである。剥き出しの頭部を狙われては、大男とて堪らなかったのだろう。どうと土埃を上げて倒れると、ガラジュー公爵は動かなくなった。

 ヴィンはといえば、涼しい顔でフゥと息を吐いて公爵を見下ろしている。

「やれやれ、ようやく片付きました。あとは城の前に寝かせておけば良いでしょう」

「えっと……ヴィン、その方は一体……?」

「先ほどのご紹介の通りですよ。ガラジュー領の公爵です」

「そこではなく」

「……あー、婚約者のくだりですか?」

 二秒ほど、ヴィンの顔に忌々しそうな色が浮かんで見えた。だけど次にまばたきをした時には、いつもの穏やかで優しい微笑に戻っていた。

「気にすることはありませんよ。恐らく、ここ最近続いた長雨で脳にカビでも生えたのでしょう」

「アンデッドじゃなくてもそんなことあるの?」

「アンデッドでもありませんよ」

「でも、ガラジュー領といえばノットリー国の土地の一つよね。何故敵国の公爵がここに?」

「コレ外運ぶの面倒くせぇな。もう放置して鳥が自然に啄むのに任せてもいいかな」

「ヴィン!?」

「どうしました姫様?」

 ……なんだか、騎士にあるまじき発言が聞こえた気がする。でもきっと聞き間違いだろう。あの優しいヴィンが城内で鳥葬を目論むはずないもんね。だって、今もすごくあったかな笑顔してるし。

 公爵の周りにパン屑撒いてるように見えるけど。まずは小鳥を呼んで、次にその小鳥を餌にする獰猛な鳥を呼ぶプランのように見えるけど。

「大剣は僕に扱えないから置いておくとして……。この指輪は使えそうだな。……ふむ、装着すると一時的に身体能力を強化できるのか。面白い、貰っておこう」

 あと、どう見ても公爵の装備を物色してるけど。あれは確実にしてるなぁ。しかも、手慣れたものだし迷いも無いし……。

 ……。

 おおおお金だって稼がなきゃいけないからね!!!! 特にヴィンは、グースカ寝てた私を守らなきゃいけなかったし! 出稼ぎとかも行けなかったし! 本当にごめんなさい、公爵様!

 でも、もし今度彼が来られたら私から謝ろうと思う。お金用意できる気しないけど。誠心誠意謝れば……。きっとなんとか……。お皿洗い数回分とかで……。

「ロマーナ姫ー! こちらは終わりましたよ! ご昼食にしましょう!」

「あ……」

 笑顔で大きく手を振るヴィンに目をやると同時に、ぐーとお腹が鳴る。こんな時でもお腹が空くなんてと頬を赤らめつつ、百年ぶりの食事にワクワクしてしまっている自分の気持ちは、どうにも隠せないのだった。

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