24 ロマーナは平穏に暮らしたい
――私の幸せと考えて、まず思いついたのはヴィンのことだった。
ヴィンが私を好きになってくれて、毎日そばにいてくれたら幸せだろうな。そうしていつか広すぎるお城を出て、綺麗なお花の咲く小さな家で二人きりで過ごすのだ。
でも、今のままだとその願いは叶わない。私が狙われている限り、ヴィンは血まみれになりながら戦い続けるだろうからだ。
そして心穏やかに過ごせないのは、私だってそうなのである。たくさんの大切な人を失ったサンジュエル国の滅亡。その真相を、闇の中から引きずり出すまでは。
「……私の幸せは……」
……ここで「ヴィンと一緒にいたい」と言えば、きっと彼は頷いてくれるのだろう。たとえ彼が、リンドウさんのことを好きだったとしても。けれど今ある全てから目を背け、ヴィンの優しさにつけ込んで彼を手に入れて、本当に私は幸せなのだろうか。
違うよね。そうじゃないよね。私は、温度の無いヴィンの手を包んだ。
「私の幸せは……普通に、暮らすことだと思う」
「普通に暮らす……?」
「うん。幸せっていうか、願いって言ったほうが正しいかな? 誰も私を狙わなくて、誰も私の為に傷つかなくて、大切な人と毎日当たり前みたいに過ごすの。そういう生活を送れたらなって思う」
「それは……」
「それは?」
「……確かに、素晴らしいですね」
「だよね?」
ふふふと笑う。大切な人がヴィンだとは、恥ずかしくて言えなかったけど。
けれどヴィンもつられてくれたのか、ふわりと素敵に微笑んでくれた。
「分かりました。では僕は、そんなロマーナ様の平穏を奪う者を秘密裏に一掃したいと思います」
「何が分かったというの?」
「ご安心ください。ロマーナ様の願いを叶えられるならこのヴィン・リグデッド、イバラの道を血まみれになりながら歩きしょう」
「いいよ、無理しなくて!」
「どうせ元に戻るんで大丈夫ですよ」
「あ、例えとかじゃなくて物理的な意味!?」
いまいち本意が伝わっていない気がする。うーん……でも、あながち間違いではないのかな? 処分って言葉を広義的に捉えればだけど。
まあ価値観の相違は、おいおいすり合わせしていくとして。
「それとね。もう一つヴィンにはお願いしたいことがあるの」
「お願い?」
「うん。もしできたらでいいんだけど、百年前のことをもっと知れないかな。どうしてサンジュエル国が滅ぼされたのか、私まだ納得できてなくて」
「……」
「オルグ様にも尋ねてみたんだけど、当時のガラジュー公爵も不思議に思うような戦争だったみたい。ヴィンは何か知らない?」
「……すいません。僕も、城の中から得られる範囲の情報ぐらいしか持っておらず」
「そっか」
「ですがロマーナ様の平穏たる生活に必要なら、そちらもご用意できるよう努めます」
「努められるものなの? 百年も前のことだけど……」
「実は思い当たる人がいるのです」
ヴィンはさりげなく、片手でアッシュを摘み上げて私の膝から下ろした。
「今日会ったリンドウもそうですが、魔法使いには長命の者が多い。言うなれば、当時のサンジュエル国を知る者が」
「え、そうなの!?」
「はい。まあ当時を生きていたという意味ではリンドウもそうなのですが、彼女はまだ幼かったですからね」
「……それなのに、お母様と死に別れてしまったのね」
「確か二十歳ぐらいだったとか」
「流石長命」
「とにかく今も存命の者が何人かいるはずです。そしてその者らは、例の鍵も持っている可能性が高い」
なるほど、それなら色々教えてもらえるだろう。私は頷いた。
「提案してくれてありがとう。明日リンドウさんに、相談してみてくれる?」
「ええ、承知しました。さて……忙しくなりそうですね」
ヴィンが私から手を離す。もう少しそうしていたかったけど口には出せなくて、私ももぞもぞ手を引っ込めた。
「この鍵は僕が預かっておきましょうか? もし万が一、事故であなたの魔力が解放されてはいけませんし」
「え、私も持っておきたい!」
「ですが危ないですよ?」
「リスク分散って大事だと思うし」
「ううん……」
「んー……じゃあ、オレンジの鍵だけでも持っておきたいな」
「何故オレンジの鍵なんです?」
「だ、だって」
理由はいくつかあった。でもじっとヴィンに見つめられていたせいか、気づけばうっかり本音を吐いていた。
「お……オレンジの鍵は、ヴィンがずっと持ってたものでしょ? お守りにしたいと思ったんだけど……だめ?」
「……。…………」
「だめ?」
「…………わ、わかり、ました。なので、その目で見るのはご勘弁を……」
「わぁい! ありがとう!」
百年も持ってた物を預かって喜ぶなんて、後で考えるとかなりヤバい人だったと思う。でも貰えたので結果オーライだ。
……それに、もしこれから先危ない目に遭って、大量の魔力が必要になったら。ヴィンやオルグ様、多分大丈夫だろうけどアッシュにも助けが必要になったら。その時に、例え破裂したって魔力を引き出せる自分でありたかったのだ。きっと魔力の量が増えれば、勝手に漏れ出す量も増えるよね? それが何の役に立つかは分からないけれど、今日みたいに無力で終わるよりは何か切り札を持っていたかったのである。
「ではロマーナ様、そろそろお休みの時間です。お部屋まで送りますよ」
「でも私の部屋、まだ全然片付けてないよ。今日は別のお部屋で寝てもいい?」
「勿論です。王妃様のご寝室の掃除が済んでおりますので、そちらをお使いください」
「ありがとう」
「服や小物などの移動も済んでおります」
「何から何まですいません……」
けれど、今日ヴィンと話せてよかった。やっぱり私はヴィンのことが好きで、叶うなら彼と一緒に平穏に暮らしたいのだ。
その為には、目の前にある問題をどんどん片付けていかなければ! あとイイ女にならなければ!
よし、明日から目標目指して頑張るぞ!
「……ん?」
けれど意気込む私の視界の隅に、何か黒い塊が横切った気がした。窓の外、暗い闇の中で。
「どうされました? ロマーナ様」
「……ううん、なんでもない」
――あれは、ちょうどフクロウぐらいの大きさだったと。そう思って見た窓の向こうには、冷たい静寂が広がっていた。




