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16 先延ばし

 服を着替えて、髪を整えて、少しばかりお化粧もして。ばっちりヴィンを迎え入れる準備を整えた私は、ノックの音に意気揚々とドアを開けた。

 が。

「ほぎゃーーーーー!!!!」

「え、どうされました?」

 全身血まみれのヴィンの姿に、卒倒しかけた。

「何があったの!? 朝食作ってる間に一体何が!?」

「あ、着替えるの忘れてた。これは失礼しました。何はともあれ、こちらご朝食のトーストセットです。温かなコーンスープの匂いが食欲をそそりますよ」

「血の匂いがすごすぎてそれどころじゃないよ!」

 微妙にごまかされたけど、一緒にいたはずのアッシュなら何か知ってるよね? そう思ったのに、「ロマーナ……」という弱々しい声は、ヴィンの腰にぶら下がってる赤黒い塊から聞こえてきた。

「あああアッシュ! どしたの、ぐちゃぽわになって!?」

「コイツやっぱ嫌いだ……我ロマーナがいい……」

「とんでもなくしおらしくなってる! 何があったの!?」

「いえ、何も? ただ今後について仲良くお話をし、躾けていただけですよ。ねぇ、布饅頭?」

「ガルルゥ!」

「威嚇してるけど……」

「そんなことありませんよ。ほら、お手」

「グルゥッ!」ぽふ

「おかわり。ハイタッチ」

「ヴヴヴッ! グルルッ!」ぽふ、ぽふ

「よくできましたね。おりこうさんです」

「ガウウッ!!」

「どういう絆?」

 アッシュは終始歯(?)を剥き出しにしていたけど、きちんと芸を完遂していた。本当に、何があったというのだろう。気にはなったけど、ヴィンの素敵な微笑みと朝食のあまりの美味しさに全てどうでも良くなってしまった私はいけない子である。まあいっか! 二人とも元気そうだし!

「恐らく本日も、ガラジュー公爵は勝手に来られると思われます」

 窓を不思議な機械で直してくれながら、ヴィンは言う。あれも錬金術を応用したものらしい。

「しかしこのたびは、昨日までとは違い追い返さず城に迎え入れようかと」

「え、そうなの? どうして?」

「どうして……って、彼はあなたの婚約者でしょう」

「えぶっ」

 飲んでたミルクティーを噴き出しかけた。姫にあるまじき愚行である。

「ちょ、まっ……えふっ、こふっ!」

「うぬ? ロマーナ、貴様婚約者がいたのか?」

「ち、ちが、や、いるにはいるけど、げふっ、でも……!」

「ふふん、ニンゲンらしい無難な判断だな」

 お湯の入った洗面器の中で体を洗うアッシュは、私を見て器用に鼻で笑った。

「百年の眠りの間に国は滅び、唯一の家臣は不死者という人外。そして得手して、ニンゲンとは自分と違う存在を弾くモノだ。なのに結婚したいという物好きがおるとはまさに上々! 公爵という身分なら一切の不足無しだしな。そこの鬼畜アンデッドには残念だろうが」

「え、なんでヴィンにとっては残念なの?」

「布饅頭、伏せ」

「ガルルッ!」

 ヴィンが言うなり、アッシュはバチャンと水飛沫を上げて洗面器に顔を突っ込んだ。……やっぱ、常にヴィンには威嚇してるな、この子。

「残念だなんてとんでもない。ロマーナ様の未来を思うのであれば、公爵とのご結婚は最良の選択ですよ」私に背を向け、ヴィンは窓を直している。

「王と王妃には、こうなることが分かっていたのでしょうか。賢明なるご判断には驚かされるばかりです」

「うーん、お母様は分からないけど、お父様は行き当たりばったりじゃないかな」

「少なくとも、ロマーナ様のお幸せを願ってのことには違いありません。だから、このご結婚は……」

 パリンと窓が割れる音がする。見ると、ヴィンが割れた窓ガラスを握りしめていた。

「王と王妃も望まれたもので、僕が反対するわけには……」

「ヴィン! 手! 手ー!」

「確かに昨晩、僕はいつかはあなたの手を離すとお約束しました。ですがもし既にロマーナ様のお気持ちが決まっているのなら、僕は……」

「比喩じゃなくてリアルなほうの手の話! 血ーっ!」

 ヴィンにとっては慣れたかすり傷なのだろうけど、アンデッド事情に詳しくない私には大事件である。ヴィンの手をぐるんぐるんハンカチ(清潔)で巻いてあげて、なんとか血を止めた。多分放っておいても大丈夫なんだろうけど、気持ち的な問題で、ほら。

 ……結婚かぁ。正直受けるつもりは無かったけれど、お父様とお母様の話を出されると少し揺らいでしまう。何より、ヴィンにだって……

(……早朝二人っきりで庭で会うような女性も、いるのだし)

 彼女は一体誰なのか。聞くのは簡単だけど、ヴィンから「恋人です」と真正面から告げられるのは怖かった。この期に及んで、私は臆病風に吹かれているらしい。

「……分かったわ。ガラジュー公爵が来られたら、客間へお通しして」

「……」

 そして私は、ヴィンの申し出に同意した。答えが出ないのなら、先延ばしにするのも一つの手だと思う。今の時代やこの百年間について、もっと話も聞いておきたいのもあったし。

 勿論、オルグ様にはちゃんと好きな人がいるって伝えるよ! 不誠実なの、良くない!

「……ガラジュー公にお伝えすれば、諸手を挙げて喜ぶでしょうね」

「そうかな」

「ええ。子供の頃からずっとロマーナ様に憧れ、ふさわしい人であるよう心得てきたと仰っていましたから」

「ぐうっ!」

「どうされました?」

「な、なんでもない……」

 嘘だ、ものすごく胸が痛い。昨晩の会話だけで、オルグ様が誠実でとても人間のできた方だと知ってしまった私である。寂しく、辛い思いをしてこられた方なのだとも。

 けれど私は、今からそんな人をフらなくちゃいけないのだ。しかもただフるだけじゃなく、「それはそれとして、今どんな時代か教えてー」なんて会話に持っていこうとしている。我ながら自己嫌悪がすごい。

「む? おい、ヴィンよ」

 するとここで、何やら気配を察知したアッシュが頭を上げた。

「窓の外に誰か来たようだぞ」

「おや、ガラジュー公爵でしょうか。今日はお早いことですが、張り切っておられるのか何なのか」

「いやだから、外――」

 しかしアッシュが全て言い終える前に、突如直したばかりの窓ガラスが破られた。身を挺して私を破片から守ってくれたヴィンは、すぐさま起き上がり外を睨みつける。

「離れてください、ロマーナ様!」

「ヴィン! ガラスで怪我を……!」

「僕は大丈夫です! それより早く、城の奥へ!」

 窓の外を見れば、歯車や剥き出しの骨組みでできた翼を背につけた仮面の人が二人。不気味で無骨な見た目にぞっとした。手には何に使うのか分からないけれど、鉱物のような何かを持っている。

「だから窓の外に誰か来たと言ったろー!」

「言葉が足りませんよ、布饅頭! あなたはロマーナ様をお願いします!」

「だから我に命令するなと……キャウン!?」

「そうだよ、ヴィン! アッシュは私が守るほうなんだから!」

 タオルでアッシュを包み、ドアへと逃げる。戦える力があればヴィンと並べたのだろうけど、今の私ではただの足手纏いだ。

「ぬぬ……この我が小娘ごときに守られるとは」

「しっかりタオルにくるまれててね! 拭き残しがあると風邪引くよ!」

「引くか!」

 部屋の外へ飛び出す。ヴィンが傷ついているのを見れば足がすくみそうで、振り返ることは出来ない。代わりに、ぎゅっと腕の中のアッシュを抱きしめた。

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