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1 目覚めて見た彼は

 長い眠りから目覚めた時、最初に見る顔があなたでありますように。

 まるで御伽噺のお姫様のような言葉。そんな気持ちを自分が感じるなんて、思ってもみなかった。

 柔らかなベッドと、暖かな陽の光。……優しい彼の声。百年という時を眠っていた私は、今まさに満たされた目覚めの時を迎えようとしていた。

 こわばった指先を動かす。一度ぎゅっと強く目をつぶる。そうして、声をかけてくれる愛しい彼に向けて目を開けば――。

「ああ、よかった」

 最初に見たのは、優しく笑う彼の顔。

 ――と、ぼとりと落ちた彼の目玉。

「よくお目覚めになってくださいました。おはようございます、ロマーナ姫」

「あ……」

「あ?」

「あんっぎゃあああああああああああ!!!??」

 ――目が覚めると、恋した彼がアンデッドなっていた。

 予想だにしない光景に百年のブランクをものともしない絶叫の後、私はもう一度眠り(気絶)に落ちたのであった。




「ロマーナ。どうか、あなただけは生き残りなさい」

 美しい黒髪を焦がし、煤けた頬をしたその母は、齢十六になる娘の肩に手を置いて言った。

「あなたは、今から百年の時を眠ることになる。けれど、ここから逃れるにはもうそれしか方法が無いわ」

「お母様、私も……!」

「いいえ、逃げなさい。あなたまでサンジュエルの名を背負う必要はありません。全ての人があなたやサンジュエルの名を忘れた時まで眠り……生きていくのよ」

「そんなの嫌! 目が覚めたところでひとりぼっちなるぐらいなら、ここでお母様と死ぬわ!」

「王妃、姫! 敵が来ました! 急ぎお逃げください!」

 一人の騎士が息を切らせて駆け込んでくる。その姿を見た王妃は瞬間柔らかな顔つきになり、しかしまた真剣な眼差しで娘を見つめた。

「……ええ、そうね。目覚めた時、一人きりでは寂しいでしょう。――騎士ヴィン・リグデッド」

「はい!」

「よくお聞きなさい。今から娘は――ロマーナ・サンジュエルは、百年の眠りにつきます」

「はっ……!?」

「故に、あなたには今よりこの子の警護にあたるのです。王亡き今、女王たる私の命令は絶対。拒むことは許されません」

 事態が飲み込めず唖然とするヴィンに、王妃は微笑んだ。

「ヴィン。あなたにロマーナを託すと、そう言っているのです」

「え……え!?」

「この子が眠る間も、目が覚めるその時も……あなたは変わらぬ姿で彼女の側にいて、守り続けるのです。それが、私があなたに命ずる最後の令」

 突然過ぎる申し出に目を白黒させる若き騎士ヴィンであったが、それは密かに騎士に想いを寄せていたロマーナも同様であった。

「おおおおお母様!? な、なななななんで彼に……! っいうかどうして私の気持ちを知って……!」

「私あなたのお母様ですからね、なんでも知ってますよ。出し損ねた三十二枚のラブレター、彼を想って綴った詩五十六篇、彼の名をつけたぬいぐるみ……」

「あああああーーーーっ!!!!」

「往生なさい」

 顔を真っ赤にして悲鳴をあげるロマーナの耳に、王妃は唇を寄せる。若干抵抗した彼女だったが、すぐにくたりとその場に崩れた。

「ではよろしいですね、ヴィン」

「……はい、承知しました。ロマーナ姫は、この命を賭して僕が守ります」

 騎士の返事に王妃は立ち上がり、彼に向かって手を掲げる。すると突如彼の胸は切り裂かれ、王妃の手から一斉に放たれた赤き光を全て吸い込んで閉じた。

 一瞬の出来事だった。倒れた二人を残し、王妃は敵の迫る方向へ体を向ける。

「……ありがとう。そしてごめんなさいね、ヴィン」

「……」

「私と王の分まで、ロマーナを頼みましたよ」

 かろうじて意識を保っていた騎士が頷いたのを見て、王妃は微笑む。優美なる彼女の姿は、暴力的な戦禍の中に消えていった。

 ……その数分後、辺り一帯を巻き込む大規模な爆発が起きた。あえてここで多くを語ることはしないが、王妃の得意術は自爆であった。




 ――遠い夢を見た。お母様、最期の最期までほんと無茶苦茶な人だったなぁ。

 むくりと起き上がる。いつの間にか目の縁に溜まっていた涙が、つうと頬を伝った。

「あ、まだ歩かない方がいいですよ」

 彼――ヴィン・リグデッドの声がする。見ると、ちょうど薬湯を持ってこちらに来てくれている所だった。

「術のお陰で体の状態は保存されていますが、それでも慣らす必要はあります。しばらくはゆっくり体力をつけていってください」

「あ、ありがとうございます、ヴィンさん……」

「敬称は不要ですよ、ロマーナ姫」

「でも、あなたのほうが年上ですし」

「僕はあなたの騎士です。主が従者に敬称をつけるなど、他国の王が聞いたらひっくり返ってしまいますよ」

「そ、そう?」

 そういうものなのかなぁ。ふんふんと納得して、試しに薬湯を入れてくれている横顔に「ヴィン」と声をかけてみた。

「はい」

 すると穏やかな笑みがこちらを向き、かっこよすぎて卒倒しそうになった。初夏の風を思わせる涼やかに整った顔立ちと、エメラルドの瞳。白に近い金色の長髪は、後ろで細く紫色のリボンで束ねられている。顔色は死人のそれだけど、一見線の細い彼ならこれはこれでアリなんじゃないかと思う。むしろ、いい。かっこいい。

 見惚れていると、ヴィンはそっと薬湯の入ったカップを差し出してくれた。

「どうぞ。温まりますよ」

「ありがとうございます……」

「敬語なんていいのに。気楽にお話しください」

「は、はい!」

「……どうしました? まさか、どこか痛むとか」

 ずいと端正な顔が近づいて、息が止まる。あと数センチ近かったら、心臓も止まってたんじゃないか。でも流石に余計な心配はかけられないので、ふるふると頭を振った。

「だ、大丈夫です! ……あ、大丈夫! 私すっごく元気だからえほえふげふっ」

「ああ、ほら早く飲んで。百年ぶりに起きて大絶叫したんです。喉も驚くというものですよ」

「うう……ありがとう……」

「どうですか?」

「にが……いや、おいし……いややっぱ苦いです」

「薬湯ですからね。毒の苦味ではないので安心してください」

 あまりの苦さに何の忖度もできなかった。生粋の甘党としてはお断りしたかったけど、なんせヴィンが手ずから入れてくれたものである。舌の痺れを感じつつも、なんとかカップを傾け量を減らしていった。

 ……気になることは、たくさんあった。私は本当に百年も眠っていたのか。いつ目玉を元に戻したのか。サンジュエル国はどうなってしまったのか。ヴィンの身に何があったのか。目玉は着脱可能なのか。サンジュエル国を襲ったのは誰だったのか。世界はどのように変わったのか。落ちた目玉は再利用可能なのか。

 ダメだ、全然目玉ショック抜けてないな。とりあえず、一つずつ解決していこう。

「ねぇ、ヴィン。聞きたいことがあるんだけど……」

「はい、なんでもどうぞ」

「ありがとう。ええと……。……」

「……」

「……その、あなたの目玉っていつでも自由に取れるものなの?」

「あー、まずそこ気になっちゃいましたか。大物ですね、姫は」

 恥ずかしい。でももう、自分でもびっくりするぐらい目玉のことしか考えられなかったんだもの。だって百年を経ての好きな人のポロリだよ? 衝撃的過ぎない?

 一方ヴィンは、薬湯のおかわりを入れながら答えてくれた。気持ちは嬉しいけど、もういらない。

「取れますよ。神経は繋がっているので痛みは伴いますが、えいやっとやれば案外簡単に」

「そ、そうなんだ……」

「特に先程は、目にゴミが入ってしまいましてね。取り出して洗っていたのですが、神経が繋がる前に姫様が起きる気配がしたもので……」

「ああ、それでポロリと」

「お恥ずかしい所をお見せしました。お詫びにもう一回見ます?」

「結構です」

 そんなお気軽なノリで見たいものじゃないな、目玉。……ああ、でも。そういう人離れしたことが簡単にできてしまうなんて――。

「ヴィンの体は……一体どうなったの?」

「そうですね。何と説明すべきか悩む所ですが……」

 ヴィンは、少し遠くを見る目をして言った。

「簡単に説明すると“不死の体”――いわゆる“アンデッド”の身となりました」

 その一言に、どきりとする。眠る前――百年前に見た光景を思い出し、私の胸はざわめいていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ポロリもあるよ!(嘘じゃない)
[良い点] 衝撃的なオープニングですね♪ 続きが気になります。
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