俺の頼んだ宅配ピザ屋が30分経っても一向に来る気配が無い
──プルルルル、ガチャ!
「はい、お電話ありがとう御座います! ドミナpizzaです!」
「あ、すみません。トマトピザのLとポテト、それにスペシャルドリンクを一つ」
「かしこまりました! 宅配先のご住所をお願い致します!」
「三丁目、コーポハイツの072、柴咲です」
「かしこまりました! 只今より30分以内にお届けさせて頂きます! もし間に合わなければお代は頂きません!!」
──ガチャ!
「トマトピザL! ポテト! スペドリ!」
「「理解!!」」
「三丁目! コーポハイツ72! 柴咲!!」
「はいよ」
調理班、住所班、それぞれのスタッフが、直ぐさまに支度に取りかかる。一刻の猶予も無い戦場と化したピザ屋に遊びの二文字などありはしない。
「ピザ一丁!」
「ポテト上がり!」
「ドリンクOK!」
「地図完成!!」
ベテランスタッフの早業により全てが揃い、店先に置かれたバイクに載せる。
「後は任せたぞ愛ちゃん!!」
愛ちゃんと呼ばれた若い女性スタッフが、ヘルメットを被り気合いの入った顔で敬礼をした。しかし、愛ちゃんの制服の胸の部分には若葉マークがでかでかと貼られている…………。
「じゃ、ちょりっと行って来まーす♪」
(心配だ……!!)
(心配だ……!!)
(心配だ……!!)
ベテランスタッフの心配を余所に、愛ちゃんはバイクに華麗に跨がると、直ぐさまと走り出した。地図をテーブルの上に残したまま……。
「愛ちゃん地図!! 地図ーーーー!!!!」
「やだぁ、店長すみませーん♪」
素早い切り返しで店へと戻った愛ちゃんの、華麗なるテヘペロに苦笑いをする店長。ベテランスタッフもギリギリのギリで苦笑いに成功しているが、しかしベテランスタッフは怒るに怒れない。何故ならば普段配達を担っているベテランドライバーの山下氏は、先日悪質クレーマーに足の骨を折られ、入院を余儀なくされているからである。そして急遽代わりに雇われた愛ちゃん。つまり……愛ちゃんはド新人なのである!!
「それじゃ、行って来ます!!」
バイクに跨がり再び走り出した愛ちゃん。ベテランスタッフがチンパンジーでも辿り着けるように書かれた地図を広げ、愛ちゃんは首を傾げた。
「あ、今どこ走ってるんだろ…………?」
店からコーポハイツまで丁寧に道が書かれた、並々ならぬ気苦労が窺える地図。しかし、肝心のドライバーが現在何処を走っているのか分からなければ、それもただの紙くずであった。
「──コッチかな!?」
それらしい道を曲がり、アクセルをフルスロットルでふかす愛ちゃん。
「急げ急げー!!」
左右の安全確認も怠らず、しっかりと速度制限も守るしっかり者。華麗なるハンドルさばきで交差点を曲がると、それらしいアパートが見えてきた。……しかしたった今通り過ぎた交差点の信号は、綺麗な赤だった。
──ファンファン……
「そこのバイク止まりなさい」
「えー……やだぁ」
愛ちゃんは華麗なる信号無視で、巡回中のパトカーに止められた。
「あーもう……間に合わないよぉ……」
──ガパッ
「それで? 今は仕事中かな?」
「見れば分かるでしょ? ──モグモグ」
「うん。食べるのは後にしようか? て言うかソレ食べて良いのかい?」
「一切れならセーフっしょ」
(あ、これは頭がアウトな娘だ……)
警察官は速やかにキップを切ると、そそくさとその場を後にした。トマトピザの香りが排気ガスで掻き消され、軽くなったポテトの紙器が、コロリと塀から落ちた。
「……目の前まで来たんだし、挨拶くらいしよっか」
ピザを全て……と言うか注文の品を全て平らげた愛ちゃんは、ケロッとバイクを停めて歩き出した。
──ピンポーン
──ガチャ
「ちっ、すー。ドミナpizzaでーす♪」
「おい!! 今何時だと──ってピザは!?」
「ほいっさー」
愛ちゃんはビニール袋を差し出した。袋には大きく『燃すバーガー』と書かれており、愛ちゃんはモグモグとハンバーガーを一つ囓った。
「一緒に食べよ? ね?」
「──!? !? !?!?」
柴咲が訳も分からず困惑していると、愛ちゃんが強引に部屋の中へと入っていき、「あっ! 映画観てたの!? 良いよ~最初から一緒に観よーよ」と、勝手にリモコンをいじり、ハンバーガーとドリンク、ポテトを広げ寛ぎ出した。
「おい! お、おいぃ!?」
「え、なに? あ、そーだ。さっきから着信止まらないから、代わりに出てよ。お願い♪」
引っ切り無しに『店長』の着信画面が出ているアイフォンを押しつけられ、柴咲は困惑した。しかし、愛ちゃんが腕を絡めてきた為、彼女いない歴が前世から続いている男柴咲は直ぐに理性が陥落した。
「はい……もしもし…………」
「愛ちゃん!? 今どこ!? ピザ大丈夫!?」
「あ、はい。お蔭様でハンバーガーが届きました……」
「えっ!? あ、あのぅ……どちら様で?」
いつものハイテンションボイスではなく、低いオタッキーボイスがスマホから聞こえた店長は、ベテランスタッフの顔を見て首をかしげた。
「柴咲です」
「ねーねー、早く映画ぁ♬」
「あ、すみません。映画が始まりそうなので……」
柴咲が電話を愛ちゃんに返すと、ハンバーガーを食べながら電話の向こうへと声を掛けた。
「後二時間くらいで、帰りますねー」
「今すぐ帰ってこい!!!!」
「えー……」
愛ちゃんが悲しそうで顔で柴咲を見た。そして「この部屋、少し暑いね」と言いながら、ドミナpizzaの制服のボタンをおもむろに外し始めた。
それを見た柴咲は、電話を取り、キリッと真面目な顔をした。
「すみません。ピザ100枚買いますのでこの子暫くウチ専属にして下さい」
「……え? あ、はい……ありがとうございます」
「えー、やったー! ありがとう♪」
こうして、愛ちゃんは謎の売り上げ伝説を残し、映画を堪能して店へと戻って行った…………。