裸足のお姫様
「ねえ、今日はどんなお話?」
「・・・今日はね、
昔々、ある国で、一際輝くお姫様がいました。
明るく活発、野性的ではありましたが、その純真さが更に美しさを重ねていました。しかし彼女は、自分自身の美しさよりも、大切にしていたものがありました。
本心。
彼女は自分の心に嘘をつくことが嫌いでした。
好きなもの、嫌いなものをいつでもはっきりと示すことができたのです。
「それは、当たり前のことではないの?」
「いいえ。人は皆、人並みに合わせてしまうものなのですよ。大勢が、一同に嫌いだという中で、たった一人だけ、好きだと声を上げる、それはあなたの強さよ。」
ぼんやりと、母の言葉を思い出していました。
彼女は、自分で着るものをデザインしたり、アレンジすることが大好きでした。その日の気分に合わせて綴るスタイルは、彼女の背筋を上げるものでした。
しかし、知っていました。
自分自身の存在は、普通ではないのだと。
町のみんなが、教えてくれたのです。
『風変わりなお姫様・・・』 後ろ指は冷たく彼女の心を何度も刺すのでした。
ある日、舞踏会の招待状が届きました。
隣国の王子さまの、フィアンセを探すものでした。参加を義務付けられたお姫様、この日ばかりは、用意されたドレスを渋々と着こなしました。そしてその姿は大変美しく、周囲の人間たちをあっと驚かせました。
歓声を一身に浴びた彼女は、どこか悲しげに笑っていました。
王子様に出会いました。
とても若々しく、それでいて真っ直ぐで綺麗な人でした。
彼女は、王子様を目の前にし、狼狽しました。
私は、私を失うかもしれない、と、身悶えさせました。自分自身を見失うほどの、強い引力による、恋に落ちたのです。
王子様も同様、彼女に惹かれました。気高い素直な美しさに、心を奪われました。
それから彼らは何度も会いました。何度も何度も、時間を忘れ、互いに夢中になったのです。
しかしその度に彼女は、城から用意されたものを身に纏いながら、己の姿をとても気にしました。
「変じゃない?」
「これは、普通?」
彼女は知っていました。本当の自分は、きっと愛されないと。信じることが、怖かったのです。
二人はとても幸せでした。
しかし、街の噂がとうとう王子の耳にも入りました。それどころか、彼まで批判されるのでした。
変わり者の野蛮な姫に心を乗っ取られた王子、取り繕った姫に騙された、心の病が街をも埋め尽くすだろう。
悲しい中傷にお姫様は心を閉ざし、家から出なくなりました。
大好きな人に拒否されるのが怖くて、会うことをやめたのです。
王子様は、不思議に思いました。
彼は、彼女さえ居てくれたらそれでよかったのです。そうして、悲しくなりました。二人の思い出を偽りの幻だったのかと嘆き、自身が傷つくのを恐れ、彼女の気持ちを確かめることから逃げてしまいました。
月日が経ち、王子さまの新しいフィアンセ探しの舞踏会が開かれました。
どこか浮かない顔をした王子様。給仕たちは懸命に彼に相応しい女性を探したけれども、彼の心は開かれません。
すると、勢いよくドアが開かれました。
一瞬、空気が変わりました。
そこには、見たこともない奇抜な格好をした、あのお姫様が立っていました。
髪を短くし、自分で作ったのか、町では見たこの無いような新しいドレスに素足を出し、なんと裸足でいるのです。
会場がざわつきます。
ヒソヒソと良からぬ言葉が飛び交う中、
彼女は王子様だけを真っ直ぐに見て、大きな声で言い放ちました。
「これが、私なのです。普通が分からないのです。好きなものを、嫌いになりたくもありません。けれど王子様。あなたが好きです。」
彼女の足は震えていました。
最大の勇気と、最後の愛の挑戦だったのです。
王子様は、泣いていました。
見かけによらず、心の弱い青年でした。
しかし、人は動かされます。
愛する人の勇気に、動かされます。
王子様は、すくっと立ち上がると、夢中で彼女の元へやってきて、強く抱きしめて言いました。
「・・信じていたよ。大丈夫、僕と一緒にいよう。」
今度は、彼女が泣いてしまいました。
王子様は優しく笑いかけ手を握ると、
「彼女は強い人だ!」
と声を荒げました。
一度静まり返った空間に、パラパラと拍手が鳴り響き、それから大きな歓声が会場を包むと、王子様はお姫様を城の外へ連れ出し、二人はどこかへ消えて行きました。
それから。
街では、大きな噂話となりましたが、そんなロマンスに夢を見たのか、一躍、お姫様のファッションが流行しました。
転んでも立ち上がる強さは、いつだって、
ハッピーエンドを呼ぶものです。
「・・・おしまい」