エルクサブルの機械鳥
僕はただ逃げたんだ。
『鷹』としての自分から、籠の中から。
空はもう僕を愛してくれなかった。
いいんだ、僕ももう……君を好きになれそうに無いから。
――――――――
僕が降りた先はエルクサブルの近くの荒野だった。
機械鳥を谷間に着地させ、僕は荒野を歩いた。
もう僕に機械鳥は必要ない。
機械鳥とはそこで永遠の別れだった。
そこから数日も歩いていないだろう、僕はエルクサブルにたどり着いた。
元々ある程度技術者としての腕は持っていたんだけど、まさか素性もわからない人をこんなに簡単に受け入れてくれるとは思わなかった。
最初に僕に接してくれたのはカゲヤマさんだった。
いつも僕を気遣ってくれて、エルクサブルの地理もカゲヤマさんが案内してくれてやっと覚えることが出来た。
あとは挨拶の仕方とか、美味しい飯屋の場所とか、寒期は冷えるから今のうちに毛布を用意しとけとか。
僕はココで過ごすうちに自分が何人もの人を殺してきたことを忘れてかけていた。
でも、それを今思い出させた。
この破片が。
破片が存在すると言うことはこの付近で機械鳥が破壊されたと言うこと。
つまり、また戦争が起ころうとしている。
それも、エルクサブルの近くで。
僕の中に眠っていた『鷹』が目覚めたような気がした。
「せ、先生。あれ機械鳥じゃないですかい?」
一人の作業員が空を指差している。
手すりから身を乗り出し上空を見上げる、そこには確かに12羽編成の機械鳥の小隊がいた。
それも着地体制に入っている、エルクサブルの近くに着地するようだった。
「君、仕事はいいから車を出してくれ。機械鳥のところに行く!」
僕は困惑している作業員を一人連れ、近年新しく出来た車と言う機械で機械鳥の元へと向かう。
距離はそう離れていない、10kmも無いかと言う距離だ。
荒野の地面に転がっている大き目の石の上を通るたびに、車が大きく跳ねる。
一体こんなところで機械鳥が何をしているんだ。
役目はもう終わったはずなのに。
羽を休めている機械鳥の近くには12人の男達がいた。
その中で僕は信じられないものを見た。
「……何で君が、ライアン」
僕の目の前にいたのは紛れも無くライアンだった。
ライアンがいると言うことはこれは軍の機械鳥、もしかすると調査のためとかなのかもしれない。
困惑を隠せないでいると、ライアンは昔と変わらない満面の笑みで近づいてきた。
「お前!生きてたのかよ、おいおい、こんなに嬉しいことは無いぜ!」
ライアンは全力で喜び、僕を抱きしめてくる。
僕はライアンの背中に手を回し、しっかりと抱き合う、親友との再会だ。
「何で君がここにいるんだ?」
身体を離しながら単純な質問をぶつける。
そのただ単純な質問にライアンは顔色を曇らせた。
「戦争を……起こそうとしている。お前にも手伝ってほしい」
僕は戦争が終わったと同時にエルクサブルにこもった。
エルクサブルでは外の世界の情報はほぼ入ってこないに等しい。
戦争が終わった後のこの国はとてもひどい状況だったようだ。
征服されたカジャエルの人々は弾圧され、虐殺され、奴隷として使われた。
もちろん国のトップの独裁だ。
「俺は……嫌なんだよ。こんなの」
ライアンが目に涙をためる。
確かに僕もそんな話を聞くと協力しなければいけない、と思ってしまう。
でもそれは間違っているんだ。
戦争が生み出すのは更なる悲しみだけだ。
「ライアン、僕は手伝えない。……戦争は新たな悲しみを生み出すだけだよ」
ライアンは僕の言葉を受けとめ、そうかと返事した後目線を落としてしまった。
「じゃあ……悪いんだけど、死んでくれな。こればれる訳にいかないんだわ」
ライアンが笑顔で僕に銃を付きつけ、そして引き金を引く。
咄嗟に体が後ろに引っ張られ、僕の視界には青い空しか存在しなかった。
乾いた音と共に、人が倒れる音。
ライアンのほうを見ると、銃口からは煙が立ち上っており、足元には男性が一人倒れていた。
紛れも無く、僕が一緒に来た作業員だった。
「せ……んせ、逃げて……くだ」
荒野の中に赤の水溜りを作り出しながら一つの命が消えた。
僕はライアンに背を向け、車へと乗り込む。
扉を開け、滑り乗る際に何発かの発砲音が聞こえた。
その瞬間脚に痛みを感じたけど、車を発進させエルクサブルに向かう。
遠くない位置で良かった、しかしエルクサブルに機械鳥が現れたら今度こそ終わる。
ライアンはこの五年間で曲がってしまったようだ。
曲がった針金は元に戻るけど、人間を元に戻すことは出来ない。
僕が、彼を助けるしかない、空を奪うしかない。
車がエルクサブルに到着すると、カゲヤマさんや他数名の作業員が外で待機していた。
車から降りるが、脚に力が入らない。
そのまま地面に座り込んでしまうと、カゲヤマさん達が駆け寄ってきた。
「せ、先生。足撃たれてますぜ!今治療を!」
カゲヤマさんが作業員の一人に目配せすると作業員は走ってエルクサブルへと入っていった。
「そんなことよりも……ここに、エルクサブルに機械鳥は無いかな……?」
痛みをこらえながら、エルクサブルを見回す。
立ち上がろうとするが脚に力が入らない、カゲヤマさんはそんな僕の状態に気づいたのか肩を貸してくれた。
「エルクサブルで機械鳥は作ってません。けど、昔見つけた荒野で機械鳥なら一機……暇な時に整備して遊んでたもので良いなら。
でも何に使うんでさぁ、機械鳥なんて、人を殺す機械ですよ」
作業員が救急箱を持って戻ってくる。
脚を消毒され、包帯を巻かれる、どうやらカスっただけだったらしい。
「……何処にある?案内して、今すぐに」
あとで説明はする。そう付け加えてカゲヤマさんに案内してもらう。
運命と言うものを感じた、カゲヤマさんと仲良くなったのも、カゲヤマさんが機械鳥を見つけたのも、整備してくれていたのも。
ここで僕にライアンを止めろと、運命が言っているようだった。
エルクサブルの第一階層、車の完成品が大量においてある場所の一番奥に機械鳥はひっそりと佇んでいた。
機械鳥にそっと触れ、撫でる。
確かに僕の機械鳥で間違いなかった。
永遠に別れると決めたはずなのに、ほんの数年でまた君と出会うなんて、皮肉なもんだ。
「ありがとう、戻ったら絶対に説明はするから。待っててね」
カゲヤマさんはただ頷くだけだった、それが僕にはありがたかった。
製品搬出用の扉を空けると、丁度屋根つきの滑走路のような状態になっていた。
機械鳥に乗り込み、機材がきちんと動くか確かめる。
浮遊する機能は失われていないみたいだし、機関銃も新しいものが付いている、それも左右に一つずつ。
黒い機体が、僕が乗っていることに喜んでいるように輝いた。
扉を開けたから入ってきた光が反射しただけなんだけど、僕にはそう見えた。
「カゲヤマさん、ありがとう」
外には聞こえるはずも無いけど、カゲヤマさんにお礼を言う。
それに気づいたらしく、カゲヤマさんは親指を立てることで僕に応えてくれた。
このままだとライアンは間違いなくエルクサブルを攻撃する。
みんなを守れるのは僕だけだ、守れるのは僕だけだ。
機械鳥は僕の言葉に応えるように高い音を放っている。
浮遊し前進すると、久しぶりの感覚が体を襲う。
少しずつスピードを上げ、外へと飛び出す。
エルクサブルに目をやると沢山の作業員が身を乗り出しこちらを見ていた。
みんな、絶対守るからね。




