貧乏はつらいよ
「と、まあこんな感じの話なんですけど、どうです? 興味は湧きましたか?」
「え、ええ。とても興味がわいたので、そろそろ仕事のお話をしませんか?」
正直、話は途中から聞かずに適当に相槌を打ってるだけだったので全く内容は分からないが、また話されても面倒なので肯定し、仕事の話をするように促す。
「あら、私としたことが……ごめんなさい。ついこの本の事になると……」
「いえいえ、とても楽しそうにお話してるので、こちらもなんだか楽しくなってきちゃいましたよ。なあ、陽菜?」
「はえ!? あ、はい! ケーキとってもおいしかったです!」
途中から爆睡していた陽菜に肘でつついて起こす。さてはこいつ、夢の中でもケーキ食ってる夢見てたな……。
「そうですか……あ、よかったら、この本どうぞ」
そういって、こちらに先ほどまで大事そうに抱えていた本をこちらに渡してくる。
「いや、大丈夫ですよ。大事なものなんでしょう?」
「遠慮せずに、まだまだ読む用、観賞用、保存用、手触りを楽しむ用とリチェさんからたくさんもらってるので」
「……リチェから貰ったんですか?」
「はい!」
この箱庭は明らかにこれの影響を受けて作られている。そして、その影響を与えたものを渡したのはほかでもないリチェ……さてはあいつ、旧友だなんだと言っていたが、この子をさんざんおもちゃにした後らしい。まあ、彼女がこれで喜んでるのだから何とも言えないが。
「さて、じゃあちょっと時間が経ってしまいましたけど、お仕事の話を再開しましょうか。機能がおかしくなってるってことは話しましたよね? 実は、おかしくなったと言っても、他に問題が見つからないから、機能に問題があるのではという結論にたどり着いたんです」
「と、言いますと?」
「私の箱庭の主人公として設定しているクローンは実は二代目でして、初代はたくさんの女の子に囲まれて幸せな老後を暮らしました。ですが、今回の主人公、名前は錦戸 健介。十七歳にまで成長しても尚、未だに誰かとこれといった絡みを見せてくれないで、だらだらだらだら日常を過ごしているだけ! 折角、完璧な環境を用意してあげて、完璧なヒロインを周りに配置してあげたというのに、これじゃあ生殺しです!」
「所長、恋町さん何の話してるんですか?」
「……要は、その錦戸とやらが誰とも恋愛関係に至りそうにもないのが不満何だと思う」
「その通りです!」
興奮した様子でこちらに訴えかけてくる。どうやらよっぽど今回の主人公である錦戸と呼ばれるクローンに不満を持っているようだ。
「ですが、それだけだったらまだ個体差だと思いますけど? 正直言って、依頼するほどの事柄だとは思えないんですけど」
「でも、転校生も来てるんですよ! なのに、転校生は健介とあまり関わらないし、幼馴染も全然嫉妬の一つもしやしない!」
「いやでも……」
「何より、もう六月の終わりごろでもうそろそろ夏休みに入るんですよ!!」
「それを聞くとすごい問題がある事のように感じてきた」
「いや何でですか。別に普通じゃないですか、転校生だって何の理由もなく錦戸さんとやらに関わる理由もないですし」
「普通ならな、だけどこの箱庭はラノベの世界を再現して作られた箱庭なんだ。食パンを咥えて走っていたら曲がり角でぶつかるのが日常なんだろうよ」
それを踏まえて改めて考えると、やはり今まで何も起こらないのはやはり不自然だろう。機能の強制力は箱庭内であれば絶対体な権力を持つ。管理者がそういう風に設定しているのであれば、そういう風に動かないのはやはり不自然だろう。
「いやいや、そんなん頻繁に起こったら危ないですよ」
「ありますよ、もう三回もぶつかってるのに、一回も親しい関係に発展していませんけどね! それに、毎日毎日、幼馴染が起こしに来てるというのに寝ぼけて何かをしたりしないし、ラッキースケベを起こしたりしないし、他にも……」
どうやらいったん話始めたらたまり切った不安が出てきたらしく、ぶつぶつ言っている恋町さんはとりあえず落ち着くまで放置しておこう。
「何というか、私には理解しがたい世界観ですね……というか、所長は何でそんな詳しいんですか」
「昔の書物なら大体読み漁ってるし、何なら全部保管してある」
「雑食が過ぎる……ということは、恋町さんが持っている本に関しての知識もあるんですか?」
「いや、それが呼んだことも見たこともない本なんだよなあ……大概のものは読んできたつもりなんだが、知る人ぞ知るみたいな感じだったのか、それとも相当どマイナーなのか……」
「マイナーなんかじゃないですメジャー作品です! ……っは、私は一体何を」
「あ、正気に戻りましたか?」
「ご、ごめんなさい。最近ラブコメ分を吸入できていなくてイライラしてて……」
ラブコメ分というものが何かは分からないが、大人しそうな彼女がここまでイライラしてるのだから相当大事なものなのだろう。
「ふうむ……そこまでストレスが溜まってるのなら、いっそのこと他のクローンを主人公にした方がいいのでは?」
俺としては依頼をしてくれた方が勿論ありがたいが、今後とも仲良くしていきたいのでできるだけの助言をしてみる。機能の説明を聞いた感じ、フェロモンを出させる対象を変えることはできるのだろう。
「それは正論だとは思うんですけど……私としても、十七年間の成長を見守ってきた身としては、やはりそう簡単にぽいっ、とはいかないんです……。それに、また家庭環境や周辺の環境決めるのめんどくさいし……」
「そうですか……」
なんか本音が聞こえた気がしたが、そういうのであれば仕方ないか。確かに十七年もの間成長を見守ってきたのであれば、愛着がわくのも無理はない話だろう。
「なので、あなたたちの仕事は箱庭内にある主人公たちが通っている高校に侵入してもらって、ちゃんと機能が働いているかの確認。もし何かしらの問題があるのであればその問題の捜索、解決まで行ってくれればありがたいです。私も協力したいんですけど、何分忙しい身分なもので……」
「ふむ、まあその程度であれば可能ですけど。もし、機能がちゃんと働いているうえで、主人公の方に問題がある場合は?」
「……もし、もしその場合であれば、私に報告をしてください。こちらで処分をしておきますので」
「了解しました。それでは、依頼内容の確認を。箱庭に入って機能が働いているかの確認、問題がある場合はそれを解消する。もしくは錦戸健介の方に問題があるのであれば、それの報告。以上で問題ないでしょうか」
「はい、問題ありません。あなたたちの転入手続きは既に準備してありますので、明日から健介が通う高校、桜木高校に通ってもらいますけど問題はありますか?」
「あなたたち……って、私もですか?」
「はい。霧崎さんだけでも大丈夫かと思ったんですけど、女性の方がいた方がはかどると思ったので……ご迷惑でしたら、霧崎さんだけに変えておきますけど」
「いやいやいやいや、むしろ嬉しいです! 高校に通えるなんて初めてなので! 私、高校生っていう設定になってるんですけどうちの箱庭、学校がなくて……」
「そうですか……じゃあ、初めての学校生活を是非楽しんでください」
「はい!」
「あ、居住区はここから下の町まで続くエレベーターみたいなものが存在するので、それを普通の民家に見えるように偽装しておくのでここをご利用ください」
「分かりました、それじゃあ。我々は一旦帰りますので、また明日」
「別に今日からここに泊って行ってもいいんですよ?」
「いやあ、そうしたいのは山々なんですけど、予想より長い期間の依頼になりそうなので準備をと思いまして」
「あ、それもそうですね……じゃあこれ、前金として私の箱庭で生産されたエネルギーです」
「おっと、これはご丁寧にどうも。うちみたいな小さい箱庭だと、日々暮らしていくエネルギーを生産するだけで精いっぱいなのでありがたいです」
俺の箱庭は最小クラスの箱庭で、一応クローンを作成するだけのエネルギーはあるにはあるのだが、面積が小さいのでそんなにたくさん作れない。それだけなら、生きていく分には問題ない。だが俺の箱庭はただでさえ携帯型倉庫に生産している電力の半分を割いているのでそれだけでは生きていけない。
だから、趣味も兼ねているが生きていくためにもこうして依頼を受けているのだ。
「そうなんですか……成功したら、これの倍以上のエネルギーを渡すことを約束いたします」
「それはありがたい。まあ、大船に乗った気で任せてください。自慢になりますが、数多の依頼を引き受け解決している実績がありますので」
「そうなんですか、やっぱり霧崎さんに頼んで正解でしたね」
「はい、なので。これが終わった後にまた困りごとがあったら、ぜひうちをごひいきに」
これだけアピールしておけば、これで交流が終わるということはないだろう。数少ないまともな人とのつながりはこうやって持ってないとな。
「所長、まだ今回の依頼も終わってないのに、次の依頼の話をしないでください!」
「おっと、そりゃそうか。じゃあ、今度こそ失礼します」
「はい、また明日」