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箱庭世界の何でも屋  作者: オムニバス形式みたいのを書きたいなあと思う粒餡
3/4

まともそうに見える奴ほどまともじゃないのは管理者の嗜み

「……迷ったな、完全に」

 あの後、五分ぐらい彷徨っている気がするが、想像以上に建物が広くて自分がどこにいるか全く分からなくなってしまった。こんなことになるのなら、あの時無理やりにでも呼び止めておくべきだった……。

 「次はあの角を曲がってみるか……」

 とりあえず、さっき通ってた道の先は鍵がかかっていた扉だったので、引き返してきてまた別の道に進む。

 しばらく進んでいると、また扉が見えてくる。

 「今度は開くといいんだが……」

 そして俺は、扉に近づきノックをする。

 「申し訳ありません。依頼を請け負った箱庭メモリーの管理者、霧崎星矢です。従者の方とはぐれてしまったのですが、中に誰かいますか?」

 ……返事はない、また探しなおしか。そう思っても、一応扉を開けようとしてみると。

 「あれ、鍵が開いてる?」

 ここに来るまで、四つぐらいの扉を見つけたが、そのどの扉も鍵がかかっていた。だから、今回の扉もかかっている物だろうと思っていたが、予想とは裏腹に扉のノブはあっけなく開いた。

 「……失礼しまーす」

 勝手に入るものどうかと思ったが、ここをスルーしてしまうとまたあてもない旅を続けることになってしまう。それなら多少怒られるかもしれないけど、少しでも希望にすがりたかった。

 扉を開けてみると、そこは細長い部屋だった。目の前にはガラス張りになっていて、外が見えるようになっているようだった。

 「おー、これがここの箱庭か……」

 近づいてみて外を見てみると、まず、人工ではあるが青空が広がっていて人工太陽が浮いており、その位置から恐らく現在の時刻はまだ朝方だろう。その下は、昔の資料などでよく見た町が広がっていた。箱庭の名前からして、恐らく管理者はゲームとか漫画とかに影響を受けているタイプだと思われるので、昔のギャルゲーとかを参考に作ったのだろう。

 「……興味深いけど、ここも違いそうだな。しょうがない、また引き返すか……確か、あっちの方は行ってなかったはずだし。ん?」

 しょうがないので、また探索に戻ろうとし後ろを向くと、そこの壁に、入ってきたときは気づかなかったが一枚の絵が飾ってあった。

 その絵は、一人の長い黒髪の少女が椅子に行儀よく座り、その椅子の後ろからラブカが覗き込んでいる、そんな絵だった。二人とも微笑みを浮かべていて、仲睦まじそうであった。

 「ふむ……ラブカと、椅子に座ってる子は……」

 ラブカは自称かもしれないが、一応メイド長と名乗っていたはずだ。そして、こういう絵は大体椅子に座っている者の方が目上の立場だろうと思うので、メイド長がどのくらい上の立場かは知らないが、多少幼くは見えるが、恐らく管理者であろう。

 「霧崎様ああああああ!!」

 「うおっ!?」

 絵をまじまじと見て、考察をしていると隣の扉からラブカが勢いよく飛び出てくる。

 「あ、霧崎様発見!」

 「ら、ラブカか。ちょうどいいや、この絵に描いている人は――」

 「申し訳ありません霧崎様! 霧崎様の事を置いてきてしまったせいで、恋町様に怒られちゃったので、ダッシュでお連れしますね!」

 「え」

 そういうと、俺を陽菜と同じように持ち上げて、勢いよく走っていく。見ている分にも早く見えたが、実際に体験してみると予想以上に早く、それなのに俺を支えている腕は少女特有の細い腕でかなり恐怖を感じる。何度も止めようとしたが、下手に喋ると下を噛んでしまいそうなので、俺は情けないがラブカにしがみつくことしかできなかった。


 「恋町様! 霧崎様をお連れしました!!」

 「着いた? 着いたんだよな? 着いたって言ってくれ!」

 「はい、到着しました!」

 ちょっとすると、俺は別の部屋にまで連れていかれ、やっと降ろされた。

 「……ラブカ、さっきも言ったけれど。お客様を抱えて走ってこないで頂戴。あなたの身体能力は高めに設定してあるのだから」

 「分かりました恋町様! 今後は恋町様だけにしますね!」

 「……訂正するわ。今後一切、誰かを抱えて走らないで頂戴」

 「えー」

 不満げなラブカを横目に、俺は落ち着いた声がする方を見る。そこには、あの絵に描かれていた椅子に座っていた少女そのものだった。

 「全く……あ、すみません。お見苦しいところを見せてしまって、また同じようなことがないように、今後は教育をしっかりしていくので……ラブカ」

 「……ごめんなさい、霧崎様」

 「あー……まあ、俺も呼び止めなかったりしなかったので……」

 「そう言っていただけるのなら幸いです……ああ、申し遅れました。私はここ、箱庭ドキドキ! 私と恋しよマイダーリン! の管理者をしている恋町空と申します」

 「……あ、ああ。これはご丁寧に、俺は依頼をリチェ・ドールズの方から請け負った箱庭メモリーの管理者、霧崎星矢です」

 管理者であれば、当然長い年月を生きているため見た目と言動の違いは今更なので気にしないが、あんなふざけた名前をしているのに、今までになく丁寧な口調なので、思わず面を食らってしまうというか、久しぶりにまともな人に会ってちょっと涙出そう。

 「所長! このケーキめっちゃ美味しいですよ! 紅茶もすごいいい匂いするし! 恋町さんは優しいし!」

 「……」

 感動に浸っていると、子どものようにはしゃぐ助手の声で現実に引き戻される。そちらを見ると、貴族が使っていそうなケーキスタンドが乗っているテーブルに座り、さっきまでの吐き気はどこへ行ったのか礼儀も気にせずにケーキをバクバク食っている陽菜の姿があった。

 「……すみません、うちの助手が」

 「あのくらいなら可愛いじゃないですか。見た感じ、中学生ぐらいでしょう? ならしょうがないですよ」

 「……一応、高校生に設定してるんですけど……」

 「……まあ、はい。可愛いじゃないですか」

 「ごめんなさい……ほら、陽菜。休憩の時間は終わり、こっからは仕事の時間だ」

 「はーい……んー! 美味しい!」

 「はあ……」

 陽菜を呼び寄せると、名残惜しそうにケーキを見てからまた近づいていき、両手にケーキを持ってこちらに向かってきた。

 「そうですね。ラブカ、お客様に新しい紅茶を」

 「かしこまりました!」

 そして、恋町さんがラブカに紅茶を持ってくるように命じると、床を足でトントンと叩く。すると、床からテーブルが出てくる。

 「じゃあ早速ですがお仕事の話をさせていただきますね。本当は、もうちょっと歓迎したいんですがこちらも急ぎなので」

 「こちらとしても、それが目的なので何も問題ないですよ」

 「ありがとうございます。それで、仕事内容なのですが、クローンに……というより、うちの機能が少しだけおかしいんです」

 「機能が? そりゃまた珍しい」

 箱庭というものは基本的にエネルギーを消費して、自己修復を繰り返している。機能もまた箱庭の一部なので、おかしくなるというのはめったにないことなのだ。

 「そうなんですよ……私の箱庭の機能は、設定した生物は、特殊なフェロモンを出すようになり、異性からモテやすくなるというものです」

 「……それはまた、中々に独特な機能ですね」

 「おかしいと言ってくれて結構ですよ。私もおかしいと思ってるんですけど、私恥ずかしながら、戦争前は箱入り娘というやつでして、戦争後も親にここに押し込められて、恋というものがよく分からないのです。なので、こちらの資料を参考にしてみたのです」

 そういって、差し出されたものを見てみると、それは文庫本のようであった。表紙には特徴もない男子の腕にしがみついている、可愛い女の子の絵。そして、題名が書いてあり、『モテない俺が突然モテ始めて怖すぎる件』と書いてあった。所謂ライトノベル、ラノベというやつであろう。

 「……これを、参考資料に」

 「はい。これは今まで全然モテることがなかった主人公が、進級して二年生になった日から、謎の転校生、昔から一緒にいた幼馴染、再婚でできた義妹、更には小学生の時に転向していった病弱な少女など、たくさんの女の子からモテ始めたという話なんです。これが中々に興味深く手ですね、幸運なことに完結していて外伝も出ているんですよ。それで、最初はただのラブストーリーだったのが、宇宙人を自称する姉妹が現れたところから物語が一気に加速し始めて――」

 「恋町様! 紅茶を持ってまいりました!」

 「あら、ありがとうラブカ。ふう、ちょっと喋りすぎちゃいましたね、ごめんなさい」

 「い、いえお構いなく……」

 早口で、なのに聞きやすい声でラノベの説明をされ始めてどうしようかと思っていたら、ラブカが紅茶を持って来てくれてやっと話を止めてくれた。やはり、この子も管理者だけあってちょっとは変なのだろう。

 「ごめんなさい、霧崎様、陽菜様。恋町様この本のことになると少々興奮してしまいまして……」

 「まあ、慣れてるんで……」

 「あはは……」

 小声で謝罪の意を伝えてくるラブカに対して、俺も陽菜も何とも言えなくなってしまう。

 「ラブカ? 何をしているの?」

 「いえ! 何でもありません恋町様!」

 「そう……じゃあ、次は部屋のお掃除をしてきてちょうだい。いつも通り、そのカギで開くところは入っていいからね」

 「了解いたしました!」

 恋町さんから次の仕事を頼まれると、ラブカは文句を言うこともなく元気よく返事をして走り去っていく。陽菜も見習ってほしいものだ。

 「さて……それで、どこまで話しましたっけ?」

 「え?」

 「そうそう、姉妹の話でしたね」

 「いや、あの、お仕事……」

 「それでその姉妹もいいキャラをしていて、物静かな姉に元気な妹、噛み合わないようで噛み合う二人の会話がこれがまた読めば読むほど味がありましてね……」

 「はあ、それは面白そうですね、じゃあ仕事……」

 「最初は警戒していた主人公も徐々に姉妹と打ち解けていきまして……」

 結局、仕事の話ができたのはそれから数時間後のことだった。

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