出発の朝
6章 出発の朝
テンベルク国境の町、ターミナに朝日が昇った。休養も十分、装備も整えた。ヴェルナントは鉱山の方向を見つめる。
「……天気は崩れそうだな」
出発は今日だというのに。部屋に陽は差しているが鉱山へ向かう方向には雲がかかっている。トリエント首都のエンテディアは雨が降っているだろう。……ストーナー家の領地にも。
「……」
頭を切り替えるために、身体を動かそう。素振りをしようと、剣を持ってヴェルナントは外へ出た。
「ほかに、起きている人はいるかな?」
ヴェルナントの勝手なイメージだが、バーネットとマシアス、ティアーナは起きていて、他はまだ寝ている、と想像した。次にベッドの中で休めるのはいつになるのか予想は立てられないのだから、寝られるだけ寝ることは悪いことじゃない。
案の上、バーネットも起きていて、鉱山のほうを見ていた。
「よう、ベル。……熱心だな。今日は出発の日だぜ。無理すんなよ」
「身体を動かしたくなってね。今、どうしても」
ここ数日は心身を休めていただけではない。新しい剣を手になじませるためにテンベルクやストーナー家の騎士たちと模擬戦をしたり、狩りのために弓や罠の扱いも練習した。最も、実戦で通用するかどうかは怪しい、とバーネットに評価されたが。
「それで、どうだったよ。飛竜に乗れたのか?」
「……すまない。駄目だった」
「いや、できたら儲けものってくらいの思い付きだったから、気にするな。またここには帰るつもりだしな。また試そう」
ヴェルナントはなんとも言えない表情になった。昨日のことだ。やれることが増えるから、と飛竜に乗る練習をすることになった。竜騎士の飛竜は乗り手となる騎士との相性、騎士自身の強さを見極めるため、飛竜と騎士とで「手合わせ」を行う。体格差はどうにもしがたいので飛竜が勝つことがほとんどだ。人間より現役でいられる期間は長く、1頭の飛竜は三代の騎士を乗せる、と言われている。
しかし、
「飛竜はいいぞぉ!ヴェルナント殿!」
マシアスの勢いに押され、とりあえずマシアスの飛竜、フレンタスに乗ることになった。……なったのだが、どうにもコツが掴めない。飛竜にすぐに下ろされてしまう。あの時の恐怖心が拭えていないのか。昔、母と一緒にストーナー家に来た天馬に無理やり乗ろうとして蹴り飛ばされたことを思い出す。……よく生きてたなぁ。
「……」
剣を振るう。感触を確かめる。踏み込みの具合も確かめる。細剣とは重心の位置が異なる。この数日で修正はできたはずだが、姿勢が崩れてはいないだろうか。父が健在のころは少しでも緩んだ突きを見せれば指摘されたものだ。
父は私たち2人を逃がすために、屋敷に残り、散った。カルスも同じように私たちのために、囮を駆って出た。ヴォルテイル……、黒鱗隊……、いずれ相まみえる。正面からぶつかるときは、来る。
「……朝飯だ。ベル」
バーネットから声をかけられて、ヴェルナントはようやく剣を収めた。軽く汗をかいている。夢中になっていたようだ。
「……すまない、いや、ありがとう。バーネット」
「焦らなくていい。一人じゃない、それを忘れないでくれ」
ヴェルナントはむず痒い気持ちになって、鼻の下を擦った。……そろそろ食べに戻らなくては。
「テンベルクの料理もなかなかうめぇなぁ」
「また、生きて帰ってこねぇとな」
ロックとリックが朝食を放り込んでいる。いつもの鉢巻きが無いので正直区別が付けにくい。
「おはよう、ベル、今日はお客さんも来ていますよ」
「にーちゃん!」
出発の朝だからか、ラキとミミも来ていた。2人はターミナの町に来てからはストーナー家の従臣の一人、ノウトのところに住んでいる。書生で、シルシッタという書記の女性と竜石の研究と由来の調査を進めている。父とは何やら重要な話をしていたようだ。父も私に関わる話だ、とは言っていたが、曰く「ヘイルの血統を引く者の血と竜石は特別な関係にある」らしい。具体的にはどういうことなのかはさっぱりだ。
「……かんがえごと?」
ミミが顔を覗き込んでいる。……しまったな。
「大丈夫だよ。一緒にご飯にしよう」
「そーじゃぞ。今のオヌシが考えても仕方ないわい」
シズヤだ。いつも姉上の隣に座っている。緋色の竜石どうこう、というよりティアーナ自身に完全に懐いている。見慣れた光景になっていたので、それについては気にすることもなく食事を始めた。しばらくまともな食事は摂れないかも、と思うといつもより噛む回数が増えている気がした。
「それでは、行ってくる」
ストーナー家の騎士、ラキ達、メリテス町長らが見送りに来てくれた。
「にーちゃん、じゃなかった、ヴェルナント様、ティアーナ様!」
ラキが叫ぶ。
「おれ、強くなってストーナー家で働きます!……ぜったい帰ってきてね、ください!」
「ああ!」
ヴェルナントは力強く返事をし、ティアーナは目を細めて頷いた。周囲は微笑ましいものを見ている気分になっているようだ。
「バーネットのアニキも、ロックさんも、リックさんも、シズヤも、ぜったい、帰ってきてね!」
「かえってきてね!」
ミミもこんなに声が出せるなら心配ないだろう。
見送りに背を向ける。気を引き締める。鉱山の方向に暗い雲がかかっていようが、ヴェルナントの心は熱く燃えているのであった。




