レジスタンス
3章 レジスタンス
それから、どうなったっけ。ヴェルナントは疲れた頭の中を整理する。そばでティアーナたちは寝息を立てている。振り返ればよくこのような状況までこれたものだ、と思う。黒鱗隊からの逃亡、川下り、ラキの家での出来事。できすぎのような巡り合わせだ。とくに最後、1対3を細剣の鞘だけで切り抜ける場面になるはずだったが、彼らの助けで戦闘にならずに済んだ。ヴェルナントたちは、レジスタンスと自称した彼らのアジトに身を寄せている。
「寝れないのか?」
今声をかけたのは恩人の一人である無精髭の男で、バーネットと名乗った。短剣と弓の扱いに長けていて、夕飯の獲物も狩ってこちらに寄こしてくれた。ただ、身のこなしは狩人というより、密偵のそれだろう、と3人の倒れた男を見たヴェルナントは確信していた。
「いろいろあったから」
顔をバーネットに向けてヴェルナントは答えた。
「特に、あのシズヤって少女が竜の生き残りで、占いで私たちを予知して、バーネットたちを向かわせていたこと。びっくりだ」
「まー、『竜だから』で納得するしかねーよ。竜石で人を瀕死から蘇生させられるんだ。竜本体はもっとすごいことができても不思議ではない」
件の少女はティアーナの隣で寝ている。寝ているときもあの珠は抱えているのか。
「レジスタンスとして活動する、といっても、具体的にはどうするんだ?姉上やラキたちを戦わせるわけにはいかないし、戦えるのは私とバーネット、リックとロックくらいだ」
リックとロックは初見は兄弟か?と思うくらい背格好が似ていた。それを指摘すると、やれここが違う、そこは俺が優れている、などと小競り合いを始める。共通していると認めることはバーネットを兄貴、と尊敬していることぐらいだ。2人とも鉱山からの脱走者で瀕死の重傷だったが、バーネットに発見され、シズヤの竜石の力で癒され、レジスタンスに参加。先ほどのラキの家では気絶させた守衛と黒鱗隊の3人の身ぐるみを剥いで縛り上げていた。今はアジトの出口で見張りをしている。
「……目的は鉱山2つをトリエントの教皇派から解放することだ」
「……できるのか?」
ストーナー家の領地を取り戻すため、テンベルクに身を寄せ、挙兵し教皇派に勝負を挑む―――なんとなくヴェルナントの頭の中にある計画とどちらが無茶だろうか。
「少なくとも正面から勝負を挑むより、よっぽどいい。トリエント含めて諸国を回ったが、『黒の魔剣』を打ち破る手段が今はどこにも存在していない」
「やはりどこからかの密偵だったのか?」
ふたりきりの今ならば訊いてもいいだろうとヴェルナントは思った。
「ああ、そのとおりさ。ストーナー家についても、知ってる。偽名を使うならもっと凝ったものにするんだな。明日、全員でレジスタンスの目的と具体的な手段を共有する。もう、寝ておいたほうがいいぞ」
リック、ロックと見張りを交代するようだ。起きた後ならば頭の整理も付くだろうかと、ヴェルナントは素直に従うことにした。
正直、あまり眠れなかった。手で後頭部をかきながら起き上がる。ティアーナは起きてはいたが、ラキたちは寝ているので体を起こしていないようだ。目が合う。そういえば同じ部屋で寝るのも久しぶりだったな、とヴェルナントは懐かしく思った。
「たるんどるのう、オヌシ」
シズヤという竜の少女の声だ。見た目は少女だが占い師らしい、もったいぶった尊大なしゃべり方をしている。本当に竜の生き残りならば、実年齢は相当なはずだから、年相応と言っていいのか。
「わらわの占いをよく心に刻み込んで、しっかり働くがよいぞ、ベルよ」
姉上に身体を預けたまま言われても、聞く気にはならないな、と心のなかで舌を出す。朝の食事を用意しようかと、出口に向かう。出口にいるのはリックだ。青色の鉢巻きをしているのでヴェルナントはこれを目印にしていた。ちなみに、ロックは緑色の鉢巻きをしている。2人ともこれで気合を入れている、と同じことを言っていた。
「おはよう、リック。朝の食事はどうしようか」
「おう、ベルか。メシならロックが魚を捕ってきたぜ。アイツ、魚捕りがうまいんだ」
「じゃあ、火を起こそうか?」
「そうしてくれ、向こうでロックが準備している」
ロックは少し先のほうで川魚に棒をさしている。なにか仕事をしていないと落ち着かないのは、習慣だろうか。昨晩獣肉を焼いたところで火を起こす。ロックが魚を持ってきた。
「貴族の家の坊ちゃんだって聞いたから、なんか偉そうなヤツだって勝手に思ってたぜ。火おこしの手際もいい。慣れてんのか?」
「一通りはね。ただ飯は良くないって思うし、昨日助けてもらったから」
「へえ、そういうの、いいと思うぜ」
魚が焼けるころ、見回りをしていたであろうバーネットが戻ってきた。皆がいること確認すると、食事をしながらこれからどうするかの説明を始めた。
「俺たちの目的は2つの鉱山を教皇派から解放することだ。竜石の供給は翡翠の鉱山、橙黄の鉱山からされているが、鉱山をおさえれば教皇派の私軍である黒鱗隊の魔法軍と『黒の魔剣』は力の源を失う。鉱山を失ったことが広まれば周辺諸国のトリエントへの反撃の機運が高まるはずだ」
教皇派の周辺諸国への侵略の方法は後方に『黒の魔剣』をもつ大将をおき、相手をじりじりと魔法兵で押し込んでいくやり方である、ということはヴェルナントも聞いたことがある。『黒の魔剣』自体も使用者の見える範囲内で爆発を起こさせる力を持ち、現にヴォルテイルは過去に一回、城1つを吹き飛ばしたことがある。それ以降は魔剣の力を発動させず、魔剣の力の使用をほのめかし、交渉を有利に進める材料にしている。ヴォルテイル個人の趣味で、相手側の手練れと決闘することにも使われているそうだが……。父であるレイオンはその性格を知っていたので自分以外のすべてをテンベルクに逃がそうとしたのだ。バーネットが続ける。
「まず、廃坑になっている部分が多い翡翠の鉱山を落とす。廃坑になっている部分は見回りのないところも多い。リックとロックもだいたい中を知っている。鉱山全体でレジスタンスの噂を流して監督たちを挑発して、搔き回す。捕まらない、殺されないことを重要視して立ち回ろう。労働者の中にも協力してくれる人物がいるはずだ」
「ずいぶん無茶な計画っすね、兄貴」
誰もが思っているであろうことをロックは口にした。
「まあ、無茶だからな。しかも鉱山のほうに黒鱗隊の主力が向けられない、っていう都合のいい展開での話だ」
そしてバーネットはティアーナのほうを見た。ラキとミミもそばにいる。シズヤは相変わらずティアーナの膝の上にいる。よほど気に行ったのだろうか。
「だが、都合のいい話を信じてみるのもいいかもしれん。一応、シズヤの占いの通りのことは起こっていて、今のところ最悪の事態は避けられている」
「最悪の事態?」
リックは首をかしげる。ヴェルナントは思いあたった。
「ティア嬢の持つ、緋色の竜石が教皇派の手に渡らなったこと。この竜石には実際に強力な魔力があるようだ。ベル、お前の重傷も治したんだったな?」
「ああ、死んでもおかしくない出血だったが、こうして生きているし、動きも問題ない」
そういえば昨日から服はそのままだ。破れて血で茶色く変色した左肩の部分をさする。
「シズヤ、占いだと緋色の竜石を持っていれば『黒の魔剣』にも対抗できると言っていたが、具体的にはどうするんだ?」
「……竜石に毎日祈りの言葉をささやくこと、他の竜石の魔力を吸収させることじゃな。ストーナー家の者たちは代々ささやいてくれていたようじゃな」
「もしかして、あの子守歌ですか?」
ティアーナが尋ねる。
「うむ。きちんとこの竜石も助けてくれたじゃろう?黒鱗隊の愚か者どもはキチンと竜石を扱えておらん。我らの言葉を正確に操れないと本来の竜石の力は発揮されんのじゃ。……話がそれたのう。竜石は廃坑でも我が占いで検討を付けられるから効率よく採掘できるじゃろう。その魔力を緋色の竜石に集める。『黒の魔剣』を封じる魔力も蓄えられるはずじゃ」
あの竜石にそんな力が……。確かにそれならなんとかなりそうな気がする。
「あとはテンベルクあたりと話をつけて連動して動ければいいんだがな」
「空でも飛べたらな」
ヴェルナントは自分のつぶやきに、天馬を駆る少女のことを思い出す。修行でストーナー領を出ていたが、その間にストーナー家は無くなってしまった。途方に暮れてはいないだろうか。今解決しなければならないことは他にもある。
「ラキとミミはどうする?」
「!」
自分たちの話が出たことに兄妹は反応する。レジスタンスはゲリラ的な活動を行う。2人の居場所は正直、ここにはないだろう。
「近くの村に送っていくしかないだろうな。一度テンベルク方面の様子も見たいから、テンベルク領内に入ろう。そこに2人を預ける」
「……」
ラキとミミは下を向いている。不満はあるが、今の自分たちではどうにもならないとわかっている表情だ。昨日の自分も父の前であのような顔をしていたのだろうか。
「ねえ」
ラキが口を開く。
「レジスタンスの、名前は?おれ、手伝いたいけど、ガキだからなんもできない。けど、応援したいんだ、にーちゃんたちのこと。なんか、カッコイイ名前、ないかな?そのほうが応援しやすいし!」
バーネットは一瞬真顔になったが、ニヤリと笑う。
「いいな、それ。そういう名前があるほうが噂をたてやすい。お手柄だな、ラキ」
バーネットがラキの頭をポンとたたく。ラキは少し手入れているようだ。ミミと周りも笑顔になっている。……名前、か。
「うーん、バネ団、とかどうです?兄貴」
「やめろ」
どんだけバーネットのことを慕っているのか。
「緋色の剣……」
ティアーナがつぶやく。
「どうでしょう?『黒の魔剣』への対抗を願って名付けたのですが......」
「なかなかいいな。何をやろうとしているのか、わかりやすい」
これで行こう、とバーネットがまとめた。ストーナー領をでた領民や騎士たちへのメッセージにもなるかもしれない、とヴェルナントは思った。
出発は今からだ。目的地はテンベルク国境の村。川を越えなければならない。天気のいい今のうちだろう。
「それじゃ、『緋色の剣』活動開始だ!」
「おう!」
こうして、レジスタンス『緋色の剣』は活動を開始した。風は強く吹いているが、よく晴れた日であった。




