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竜血琥珀と運命の姉弟  作者: ワタリヤ
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人攫い

 2章 人攫い


 空が暗い。これからを暗示するようだ、いやいやそんなことは考えまい――。船を操りながらヴェルナントは頭を振った。考えなければならないことはほかにもある。これからどうするのか、ということ。なぜあのとき蘇生できたのか、ということ。前者のほうは天気が荒れなければなんとかテンベルクの領内に入れるはずだ。後者のほうは、思い当たることは確かにある。風邪をひいてしまったときなど、母がペンダントを握らせながら子守歌を歌ってくれたが、半刻もしないうちに回復してしまったのだ。竜神教の司祭たちも竜石と呪文を唱えて治療の奇跡を行う(非常に高額の寄進を求める)。同じことが起こったのだろうか?身体の動きに問題ないことも驚くが、ともかく有難いことであった。


「……鉱山、ですね。ヴェルナント」


 ティアーナの視線の先を、ヴェルナントも顔を向けた。

 2つの山が見える。昔は夜にぼんやり光っていた、という逸話から、その光の色をそのまま当てはめ、それぞれ橙黄の鉱山、翡翠の鉱山と呼ばれていた。ともに竜石の産地で、食い詰め者や軽い罪を犯した者を働かせている。治安の維持と竜石の供給を兼ねた教皇派の政策で、民から一定の維持を得ていた。しかし、最近は採掘量が落ち込んでおり、急激な竜石の値上がりを起こした地域もある。教皇カルレオの竜石を集める行動もこの状況を受けてのことだろう、ということは想像に難くなかった。


「雨……か」


 降られるだろう、とは思っていたが避けたいことではあった。考えているうちに雨は強くなってくる。テンベルク国境まではまだまだ遠いが、もう少しすすめば鉱山麓の村があるはずだ。夕刻も近いし一旦身を潜めようか、ヴェルナントは岸に船を少しずつ寄せていく。


「姉上、すこし休みましょう」


 小舟は隠しきれないので岸にあえてそのまま放置しておく。昔使っていた古い漁具はあるので、麓の村の人間の持ち物に見えるかもしれない。完全に暗くなる前に寝床を確保しなければ。どうやって身分を偽って宿を借りようか―――、と思案を巡らせるヴェルナントであったが、


「見ない顔だな……!?」


「!」


 その声の主は少年であった。12か13くらいだろうか?振り返ったこちらを見て少したじろいでいるようだ。当然か、2人とも服はずぶ濡れ、血まみれだ。そこでペンダントの竜石がまたぼんやり光っていることに気づいた。


「それ、もしかして竜石?」


 ヴェルナントはとっさに口に自らの人指し指を立てた。ティアーナはこくりと頷く。


「ごめん……。じゃあさ、助けてくれよ。妹が熱を出してどうしようもないんだ。竜石で治してよ」


「わかったわ」


 ティアーナは再び頷いた。ヴェルナントはうまくすれば宿の心配はなくなるかも、と打算めいたことを考えていた。


 足早に少年の家に向かった。3,4人分くらいはねられそうだが、質素な寝床に使っていた布を壁際に集めて女の子が寝かされていた。


「つらかったよね……」


 膝枕をし、女の子の額にペンダントをのせ、ティアーナは子守歌を歌った。女の子の呼吸が落ち着いたように見える。


「すげーや!ありがとう!――あ、名前きいてないや。おれ、ラキ。妹はミミ。きれーなねーちゃんとにーちゃん、名前教えてよ」


 君は見る目があるな。だがやらんぞ。それはともかく、本名でないほうがいいだろうか。


「私はベル、こちらは姉のティアだ。……ところで今日ここに泊まらせてほしいのだが」


「……そういえば、お父さんとお母さんは?」


 泊まる相談ならば家主にしなければならない。しかし保護者にあたる人間が見当たらない。ラキが下を向く。


「かーちゃん、病気で死んじゃった。司祭様に治療してもらったんだけど、ダメだった。そのとき労働で後払いするってハナシになってて、とーちゃん、鉱山にいるんだ。……でも、帰ってこない……」


 ラキは泣いていた。竜石の産出量が少なくなり、鉱山労働者は昔ほど儲けられる仕事ではなくなっている。ティアーナも涙を流していた。そのとき膝の上の少女、ミミが目覚めた。


「おねーちゃん、だれ?……なんでないてるの?」


「……大丈夫よ。ありがとう」


 そういってティアーナはミミを抱きしめる。


「……へんなの~」


 顔を上げたラキはミミの様子を見て安心したようだ。しかしすぐ暗い顔になる。


「泊まる話だけど、ムリだよ……。とーちゃん帰ってこないから、今夜ここをおいだされちゃうんだ。……最近村が変だよ。ずっといた守衛のおっちゃん、病気でもないのに突然別な人に変わっちゃって、その人すごく乱暴なんだ!『家無し』はすぐ鉱山に連れて行こうとするんだよ。ほかの家もおんなじさ。鉱山にいくか引っ越すかしちゃった人も多いんだ」


 まるで人攫いのようなことを守衛がしているとは……。しかし今夜の宿がないことのほうがヴェルナントにとっては問題であった。ミミもその話については知っているのかまた血色が悪くなっている。ティアーナの顔も暗いままだ。


「このままだとおいらたちも鉱山行きだから、にーちゃんたちについていきたいけど、ダメかな?」


「……その守衛がいつ来るのか、わかるかい?ラキ」


 またも腹をくくることになりそうだ、とヴェルナントは思った。


 疲労していることは間違いないので、いざというときに備えて体を休める。やってくるであろう守衛との交渉材料として、身に着けていた装飾品を差し出すことにする。一応できるだけ血などを拭き取っておく。『人攫い』のほうが目的ならば、突破しかない。細剣の鞘くらいしかないが、無いよりはいいと考えよう。ラキとミミは壁に身を寄せ合っている。不安で眠れないことがありありとわかる。ティアーナのほうも自らの装飾品を拭き取っている。竜石のペンダントのほうはさすがに外から見えないようにした。

 

「……そろそろくる時間だよ」


 ラキがつぶやいた。たしかに足音が聞こえる。……3人か、子供しかいないとわかっているだろうに大層なことだ。一応、待ち構えている、と思われない程度に壁によりかかっておくことにする。細剣の鞘は外しておいた。足音が止む。ノックもなしにドアが開いた。


「家賃を払……?」


 いるはずがないと思っている客に面食らっているようだ。こちらから交渉していけば有利をとれるだろうか。


「申し訳ございません。事情がありまして、ここに厄介になっている旅人です。この子から家賃については聞いておりますので、この指輪でどうか今晩だけでも泊めていただけないでしょうか」


 多少早口になったかもしれない。相手は怪訝そうな顔をしている。が、指輪に手を伸ばした。


「ふむ、まあ、よいだろう」


 安堵の息をはく音が聞こえた。守衛は外に出ていった。しかし、今度は3人になって戻ってきた。残りの2人は、黒い鱗のような装飾をあしらった鎧を身に着けている。黒鱗隊だ!


「なぜここに?!」


 鞘に手をかける。ドアを閉める。1対3、非常に困難な状況だ。後ろ手で窓から逃げるように指示する。だが、


「うご……っ!」


 鈍い音とくぐもった声が聞こえ、ドアをけ破ろうとする音も止んだ。


「おーい。こっちは大丈夫だ。……信用しろっても難しいけど、開けてくれ」


 コンコンコンコンと、軽く4回、ノックをする音と、男の声が聞こえる。後ろにいるティアーナたちのほうを見る。状況の整理ができていないようだ。……なるようになれ、とドアを開ける。ヴェルナントが目にしたのは、後ろで髪をまとめた無精髭の男と、その後ろにいる珠をかかえた黒髪の少女だった。

 雨は止んでいる。雲の切れ間から星が顔を見せていた。   

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