黒の神竜
20章 黒の神竜
鉱山の麓に穿たれた穴の大きさは剣1本分が通るくらいであったが、そこから暗く、どんよりとした魔力が漏れ始めている。やがて赤と黒の粒子の入り混じった霧が漏れ出してくる。クウヤはいつもこの霧と共に現れた。
「……身体が重い、ですね……」
ヴェルナントと手をつないだティアーナは頭が重そうだ。ミュウやマシアスも同じようになっている。バーネットが重い足取りでやってきた。
「もしかして、クウヤの生命力を魔力に変換する術の影響か?」
「じゃろうな。ベルとヴォルテイルは平気だろうがな。……本来はこんなものではない。まともにクウヤ本体が露出していれば10分もすれば死んでしまう」
シズヤが答える。それを聞いたバーネットはお手上げといった状態だ。
「まともに動ける奴が2人か……。なんとかなるのか?」
「それを今しようとしておる。バーネットやマシアスが来たのはちょうどよかった。ほれ」
シズヤは赤い竜石の欠片を周りにいるものに渡していく。受け取った者は先ほどよりは大分動けるようになった。バーネット、マシアス、エミーにはたくさん渡していた。
「これをとにかく配ってまいれ。動けなくなることはないはずじゃ」
「至れり尽くせりだな。行ってくる!」
マシアスとエミーの脚と全軍の位置を把握しているバーネットならほとんどの兵士に配れるはずだ。時間は残されてはいないが……。
「ほれ、もっと出すのじゃ」
「……わかってるよ」
この赤い竜石の欠片はヴェルナントの諸所から生えている羽根をシズヤが砕いて作ったものだ。正確には竜石ではない。原料はヴェルナントの血だ。ティアーナに治療の奇跡を施され足りない血液を補いながら生産されていた。
「シズヤ殿。来るぞ」
「……もう少し時間が欲しいのう。ヴォルテイル、なんとかならんか」
「善処しよう。碧の竜石の魔力も当てにしたい」
「も、もちろんだ。師匠との修行の成果を見せるとき!」
フリードにはさっきの大怪我の分も合わせて竜石の欠片は余分に持たせてある。
「力むなよ、フリード。基本はあの氷嵐の魔力と同じじゃ。さらに強力じゃがな。攻撃ではなく、動きを止めることを意識せよ」
「おう!」
赤と黒の混じった霧にさらに火花が混ざる。地響きがさらに大きくなる。
「欠片つくりは終わりじゃ、ベル。バーネット達が配り終えるまでここに留めるぞ」
「わかった」
ヴェルナントが返事をした瞬間に地面が割れる。割れた地面から黒い霧が噴出してくる。うごめき、わななく様は巨大な腕のようであった。熱も持っている。クウヤ本体はどれ程の大きさなのだろう?彼ら姉弟の父母はそれぞれ鉱山ほどの大きさがあった。クウヤ本体の大きさが同じような大きさだとしたら、それが抜けたスペースは、そのまま陥没するのではないか。
「「「!!!」」」
そしてそれは現実のものとなるのであった。砕かれた地面ごとレジスタンスと各国の連合軍は落ちていったのだ。
「うおおおおおお!」
「うわあああああああぁああ」
「ぐあああああ―――!」
落ちていく者たちは見た。立ち上る赤と黒の霧を。霧が集まっていく様を。巨大な竜を形づくっていく様を。
「地面ごと落とされるとはな」
ヴォルテイルはレジーナの飛竜に乗り、難を逃れた。近くにいたフリードも引き込んで載せていた。
「助かったが……、あ、あの赤い球形の中にベルたちが」
フリードは地面に埋もれながらも中の人物を守るドームを発見した。ヴェルナントが羽根を用いて作ったのだろう。気温もまた上昇してきていて、しかも先ほどより、暑いというより、熱い。
(―――喉が焼ける……)
呼吸すらままならない状態では戦えないだろう。苦しみながらもフリードは碧の竜石に竜語で語りかけた。
『……氷嵐よ』
周囲の気温が幾分か下がっていく。
「これならば動けそうです」
汗をぬぐいながらレジーナが騎竜を撫でる。
「そっちは大丈夫か?」
ヴェルナントが傍まで飛んでくる。
「なんとか動ける。クウヤ本体はあの大きさではあるが、実体がまだ無いのかもしれない。……あれを見ろ」
「!」
クウヤの足元には何人か倒れた騎士や、レジスタンスの戦士たちがいる。痛ましい姿をさらけ出していたが、クウヤの巨体で潰されているという様子ではなかった。
「あの巨体のどこかに核となるものがあるのか? さっき見つかってない黒の竜石か『黒の魔剣』かはわからないが」
「探すとなると骨が折れるな。時間もかけられん」
ヴェルナント達がそのような会話をしていると、黒い竜の顎が開かれる。竜と比べれば人とアリのような大きさの差はあるが、その赤い瞳はこちらを捕らえていた。
「フリード!冷やしてくれ!」
ヴェルナントはレジーナの騎竜ごとを囲むドームを羽根で作り出す。フリードは再び碧の竜石に語り掛ける。閃光が浴びせかけられる。全員が目をつぶり、さらに腕で顔をかばったが、こうでもしなければ失明していただろう。
「ぎゃあああああぁぁぁ―――」
ヴェルナント達の眼下の戦士たちが焼かれていく……。熱さと恐怖で動けない者たちも多いのだ。
(どうすれば、どうすればいいんだ!?)
誇張でなく山のような巨体を前にした恐怖と、己の無力さにヴェルナントは打ちひしがれた。
「! 上だ!」
「!」
ヴェルナントめがけて鋭い何かが飛んできた。
「がっ―――」
右肩に突き刺さる。そして、その一撃だけではなかった。続けて左脚を貫かれる。そして三撃目が眼前に迫る!……頭を砕かれるであろうその一撃は届かなかった。
「……気をしっかり、持つのだ。ヴェルナント殿」
ヴォルテイルに庇われていた。庇った本人の右腕は千切れるのではないかというほどの穴が開いていたがすぐに傷は塞がった。
「私に施された不老不死は本物だったようだな。頭を吹き飛ばされれば死ぬだろうが」
レジーナの騎竜の上で呆気に取られていたヴェルナントだったが、シズヤの声で我に返る。
『ベル! だいたい配り終えたようじゃ! 今傍にいるフリードたちも連れてこちらに来い』
赤い竜石の欠片を持つ者全員には聞こえているようなのですぐさまレジーナが騎竜を向かわせる。羽根で作ったドームの中で消耗しながらシズヤたちが出迎えた。ティアーナがふらふらになりながらヴェルナントの手を掴む。
「あなたは……、もう……、いつもいつも」
ヴェルナントに開けられた穴は塞がれた。気まずくてヴェルナントは顔をそらしたが、その先にはミュウの顔がある。こちらも心配でしょうがなかった、と顔に描いてあった。
「それで、師匠、配り終えたとはどういうことでしょうか」
フリードの言葉にその場の全員の顔がシズヤに向けられる。
「以前『黒の魔剣』攻撃を無力化したアレを、生き残っている全員でやる。ベルよ、治したばかりですまんが、背中を向けてくれ」
何が起こるか知ってはいるが、ヴェルナントは背中を向けた。シズヤによって背中を斬られ、むずむずとした自分ではない生き物のような動きを感じ、吐き気がしたが、ミュウが手を握って来る。
「みんなで、やるんでしょ?」
「……! ああ、そうだ」
「ひとりじゃありませんよ」
ティアーナも手を握る。フリードもそれに倣おうとしたのだが、シズヤに止められた。
「フリードはこの場の気温が上がりすぎないように竜石を使ってくれ。ヴォルテイルはこちらを狙う攻撃をそらすこと」
「承知した。この身体が役に立つこれ以上ない場面だ」
「ベルの傍で竜石を使う!それくらいはいいでしょう、師匠」
シズヤが珠を抱えてヴェルナントの左胸の緋色の竜石に触れた。背中から6枚の羽根が生えてきた。まだまだ伸び続けている。その状態でシズヤが竜石の欠片をもつ全員に語りかけた。
『皆の者、眼も、喉も、全身も焼かれるような暑さだろうが、その欠片を持つものは幾分か楽になるはずだ。……無茶を言うとは思ってはいるが、その上で頼みがある』
レジーナの持つ竜石の欠片がやんわりと光りだした。他の欠片も同様であろう。
『あの黒竜を征するため、皆の力を貸してほしい。出血している部分に充てれば羽根が生えてくる。ここにいる皆でその羽根を集めればまだ霧状の身体でしかないあの黒竜のまやかしの姿を吹き飛ばせるはずじゃ』
「あの時、ヴェルナントひとりでやっていたことを、今度は俺たち全員でやるってわけだな」
バーネットが負傷していた右肩に竜石の欠片を当てる。最後のグループに配り終えたときに地盤沈下が起こり、動けなくなっていたが、欠片だけは離さなかった。周りにいる重傷でない騎士やレジスタンスの戦士たちもそれに倣う。やんわりとした光を放ち、身体を癒していた竜石の欠片ではあったが、今度は血を吸われる感覚に襲われる。
(あのときのベルの発狂ぶりはやばかったが……)
バーネットの脳裏にヴェルナントの叫びが木霊したが、今回はそこまではないようだ。皆で負担を分け合っているのだろう。
(―――今回の争いは教皇派の竜石の独占から始まっていたな)
いろいろと身につまされることばかりだとバーネットは苦笑した。
「あのときのでけー羽根が生えてくるのか、やばくねぇ?」
「正直やりたくねぇよな。でもリック」
「んだ? ロック」
「兄貴は絶対、即生やしてると思う」
「……だよなぁ!」
リックとロックはそういいながら同時にお互いの怪我に竜石の欠片を当てた。
「セイル、どうしよっか」
エミーは竜石の欠片を配り終えたのだが、地盤沈下が起こり、急激な温度上昇で騎獣である天馬(セイルと呼んでいる)が飛べなくなってしまった。そして険しい場所に降りざるを得ず、案の定セイルもエミーも負傷してしまった。竜石の欠片は今は傷を癒すために使っているのだが……、天馬は自ら身体をずらす。負傷した翼から、あの時に見た赤い翼が生えてくる。
「うん、わたしもそうしたいから、ありがとう。セイル。……わたしにも翼が生えるのかぁ」
せっかくなら背中に生やしてみたかった、とエミーは思った。
「お、そこにいたのか騎士様。……大丈夫じゃあないな」
「……ハウザーか」
ルネは崩落した瓦礫に埋もれることはなかったが、頭を負傷していたようで血を流している。ハウザーが自分の分の竜石の欠片を近づけた。脚も負傷していることに気づいた。
「シズヤ殿の声が聞こえただろう?そちらに協力するべきだ」
「あいにく俺は騎士じゃないのでね。自分のやりたいことをやる。……あんたの分の竜石は、あれか」
少し離れたところに転がっていた竜石を拾う。
「まあ、騎士様がしたいってんなら、やってやるよ」
ハウザーは負傷していた右の掌に竜石を付けた。赤い翼が生えてくる。
「なぜ、ここに来てくれたんだ? 自分の竜石を使えばいいだろうに」
「―――答えなければならないか?」
「私は、聞きたいな」
「これが終わって、お互い生きて居たらな」
もう少しで動けるようになるだろう。その時は自分も加わるのだ、とルネは己を奮起させるのであった。
「くくく、なかなかできぬ体験じゃ。娘たちへの土産話には事欠かない!やはり城に籠るのは性に合わんわ!」
笑いながらアルクインは右腕の負傷に竜石の欠片を埋め込んだ。
「アルクイン様! 当てるだけで良いのです。無茶はなさらないでください!」
マシアスは配り終えた後アルクインの下に戻ってきていた。彼の竜石は騎竜であるフレンタスの治療に使われていた。しかし、そのフレンタスも自らの意思で赤い翼を生やすように身体を動かした。
「ほれ、そなたの騎竜も雰囲気を読んでいるようだな!観念せい」
「……。……ふぅ」
マシアスはあきらめたように竜石の欠片を自らの傷に近づけるのであった。
「しっかりやれよ、ベル!またコロッケ食べようぜ!」
「ヴェルナント様、ティアーナ様、また私はお側にいられませんでしたが、せめて……!」
「……家族の待つ、王都に戻るのだ……!」
それぞれの思いを胸に、いくつもの血の色をした、緋色の翼が立ち上っていく。
「いいころじゃ、ベル」
「……そろそろか、こちらも大分厳しくなっていたところだ」
シズヤの声に肩で息をしているヴォルテイルが反応する。羽根で防ぎきれなかった黒い弾丸のような攻撃を払っていたのだ。
「クウヤに『緋色の魔剣』を向ければ羽根が一斉に動くのか?」
「ああ。……ミュウ、『緋色の魔剣』をベルに持たせてくれ」
他より巨大な羽根を6枚生やしているヴェルナントは今は身体の自由が利かない。ミュウはシズヤから『緋色の魔剣』を受け取り、ヴェルナントに持たせた。魔剣を持たせた手首をミュウは再び掴む。
「わたしも……」
ミュウは肩口の傷から翼を生やした。
「ミュウ、せーので持ち上げてくれ。力が入らない」
「……大丈夫なの?いいけど……」
「最初だけだよ。……せぇーの」
身体の中に自分以外の筋や骨を無理やりに移植され、その状態で身体を動かさなければならないヴェルナントであったが、ミュウの支えでようやくゆっくりとだが、『緋色の魔剣』を振り上げることができた。
(このような状況でなければロマンチックに見えたかも。前のように叫んでないだけいいのでしょう)
2人で一振りの剣を掲げる様子を見て、ティアーナはそんなことを考えていた。
「ふぅ―――。……いいか?シズヤ」
ヴェルナントが深呼吸してから尋ねる。
「うむ。今の我らの最上の力じゃ」
シズヤが応える。
『さっきから何してやがる。そんなものが俺に傷をつけられると思っているのか』
「……クウヤ。……そうじゃな、この力では傷はつかん」
「―――行くぞ、クウヤ」
ヴェルナントはクウヤの巨体に向けて、『緋色の魔剣』を振り下ろした。
「うおっ!……千切れた?!……飛んだぁ!」
ダンの右手から生えていた翼は羽根が抜けたように見えたが、ふわりと浮き上がった後は光となってクウヤに向けて飛んでいった。それぞれの翼から同じように羽根が光となり、飛んでいく。様々な方向と軌道で山ほどの巨体であるクウヤを光の絹糸で包み込む。
『身体を作る霧を奪いにきたか』
光の羽根はクウヤの身体を構成する霧とぶつかり、お互いを消し去った。そしてヴェルナントの巨大な翼はクウヤの頭上から殴りつけてくる。クウヤの巨体の質量を奪い、互いに消滅させるのであった。
『そこじゃねえよ』
クウヤは多少、苛ついていた。あの巨大な翼がまともに巨体のなかにある黒い竜石にぶつかればただでは済まないだろう。今度は巨大な翼が2枚だ。クウヤも霧の位置を調整して巨大な腕を形作って迎え撃つ。今回もお互いに消滅した。
『直接殺しに行くか』
クウヤは人の形態となり、『黒の魔剣』を手にする。濃度を薄めた巨体を囮代わりにした。
『また身体は構成すればよい……』
4枚目、5枚目の翼を消失させ、霧散した囮を後目に、ヴェルナント目掛けて駆けていくのであった。
「黒い竜が消えたぞ!」
「やったのか!」
黒い竜の巨体が消え、気温も元に戻ったことで歓喜の声が上がる。しかし、シズヤの周囲ではまだ終わっていないことはわかっていた。
「竜の身体を放棄したクウヤがこちらに急速に向かっておるぞ」
「そうか」
ヴォルテイルが『緋色の魔剣』を構える。
(あの踏み込みの構えは―――)
ヴェルナントがそう思うのも無理はない。ストーナー家の必殺の構えだ。そして、鋭くぶつかり合う音がした。
「くそっ」
『黒の魔剣』が弾き飛ばされる。腕を吹きとばされたクウヤは身体の構成に苦労しているようだ。
「ベル、空の雲を払うがよい」
最後の翼を羽根に分解し、夜空へと向けた。光の束が夜空へと伸びていき、雲を払った。月が顔を出す。
「……次に出てこれるのは、いつになるかわかったもんじゃないな」
月に照らし出されたクウヤの身体が崩れ始める。地面に突き刺さっていた『黒の魔剣』にも、ヒビが入り、赤い光が漏れ出していた。
「また、あそぼうぜ、人間ど、も……」
クウヤは消えた。
「……ただの負け惜しみではないか! ―――本当に消えたのか、師匠」
憤慨しながらフリードがシズヤに尋ねる。
「あれでも神竜じゃ。死ぬということはない」
シズヤが残ったクウヤ由来の魔力を珠に回収していく。
「だから、わらわがより深いところへと連れていく。二度と目覚めぬようにな」
「……シズヤは」
この先の答えをヴェルナントはわかってはいたが、口に出てしまった。
「弟の不始末は姉のわらわがとろう。ここで、お別れじゃ」
「そんな、シズヤ様……」
ティアーナは出会ってから今までずっとシズヤと同衾していた。姉同士で弾む話もあったのだろう。シズヤがヴェルナントに手招きをしている。いまさら耳打ちをするようなことがあるのだろうか?
「ベル、おかげで最小限の犠牲で済んだ。しかし、無茶をさせたせいで、そなたの寿命は3年ほどじゃ」
「……!」
今それを言うのか。
「こればかりはどうにもならん。本当にすまんな。これでもわらわの魔力をわけたのじゃぞ?」
シズヤはこの場にいる者のほうに向き直る。
「達者でな」
シズヤの足元が光だし、そしてシズヤが沈んでいき、光はすぐに消えた。
「シズヤ」
「シズヤ様!」
「師匠!」
「……シズヤ殿」
「……」
返事はない。こうして最後の二柱の神竜は、地上から姿を消した。




