子守歌
1章 子守歌
まだ日中であるはずだが、ストーナー家領地の暗い森の中をカルス、ヴェルナント、ティアーナの3名は進んでいた。かつては狩りのために走りまわっていた森だ、地の利はこちらにあるはずだ、もう少しだ、と自分たちに言い聞かせながら3人は速足で歩く。しかし、
「いたか!?」
「まだですが、足跡です。複数人!」
明らかに追手の声だ。やはり相当の人数で探しまわっているらしい。ヴェルナントの心臓がよりはやく脈打つ。脈動が響いてくる。ティアーナも動揺しているようだ。声をかけたいが、追手に聞かれたくない―――。一瞬で堂々巡りをし始めた頭を、枯れ枝の派手に折れる、乾いたよく響く音と、ごく短いティアーナの悲鳴が横から撃ち抜いた。
「ごめんなさい!」と声にでなくてもわかる口を抑えた顔でこちらを見るティアーナ。ヴェルナントは左手を差し出す。右手は腰の細剣にそえた。カルスも少し頭を下げて周辺を見回している。らしくない舌打ちが聞こえた。
「来ます、ね。―――4人です。お二人は先に。森を抜けた先の川に小舟をつないであります。昔、釣りに使っていたアレです」
「カルスは?」
「後で合流しましょう。少し離れた位置で不意打ちを仕掛けます。それでは」
カルスはひくい姿勢で歩み始める。ヴェルナントは奥歯を噛みしめ、まだ動揺しているティアーナの手を引いた。少しして、
「いたぞ!」
「一人か!」
「ぐぅ――、……は向こうを―――」
打ち合う音、カルスの叫び、そして絞り出す声を聴き、ヴェルナントはこちらもすぐ見つかるだろうと容易に想像できた。今度こそ転ぶことのないように、慎重にかつ速足で進む。水面が見える。古ぼけた、懐かしい釣り小屋が見える。
「待て!」
案の上か。ティアーナだけでも小舟に乗せて―――、と考える間に、追手の騎士もこちらの視線の先にある小屋に気づいたのか、小屋と二人の間に入るように動きながら、剣を抜いた。覚悟を決めなければと、ヴェルナントも短く息を吐き、細剣を抜く。後ろからの追手は、カルスを信じるしかないだろう。1対1の命を懸けた実戦は初めてだが、やるしかない。
「おとなしくしろ、命まではとらん――」
どうやら、相手のほうは命の捕り合いという認識はしていないらしい。大きく歩幅を取って近づいてくる。それなら、そのまま油断していてくれ。訓練で自らに覚えこませた間合いに相手が踏み込んだと同時に、ヴェルナントは細剣を構えた。
―――ストーナー家の剣技の要は踏み込みにある―――
そうでしたね、父上。
「がっ―?!」
獲物、としか相手を認識していなかった追手の騎士は突如踏み込んできたヴェルナントの細剣をよけることはできなかった。その瞬間に認識を改める。痛みとそれを凌駕する怒りがふつふつとこみあげてくる。
(黒鱗隊の一員であるこの自分が、このような失態を犯すとは!)
(しかし、しょせんは細剣、そして、踏み込みが『良すぎた』な)
貫通した細剣に構わず剣を振り下ろす。ヴェルナントの左肩を切り裂いた。
「―――ッ!!」
左肩の燃えるような痛み、自らの返り血、自分と姉の危機はヴェルナントの身体を生きるため、相手を殺すために突き動かした。細剣を握り替え、ねじるように手首を力の限りこねる。声にならない叫びをあげて、追手の騎士は剣を落とした。すかさず相手を倒すように足をかけた。倒れた相手の顔めがけて、右手で拾った剣をたたきつける。ヴェルナントの左肩からも血が噴き出す。そこまでしたところで、
「もう、もういいです!ヴェルナント!止血を、止血をさせて!」
ティアーナが泣きながら駆け寄ってきた。このときになって自分も血を流しすぎていることをヴェルナントはようやく自覚した。眩暈もする。
「止まらない……。どうしたら……。」
姉上、衣服をダメにしてまで血を止めようとしてくれるのに、すみません、私はもう駄目なようです。
「姉、うえ、早く……逃げ…」
「……いや」
どうすれば一人で行ってくれるだろう……。死を受け入れるとむしろ冷静に考えられるものだな、とヴェルナントは思った。
「こもりうた……」
もう、眠らせてほしいと思い、口から洩れた。ティアーナは汲み取ってくれるだろうか。
「……ベルったら」
10にも満たないときは、父も母も、そう呼んでいた。
「―――♪」
ヴェルナントの頭を膝にのせ、耳元に顔を寄せる。
(ペンダントに血が―――でも)
かまうことはない。
「―――……?」
歌い終わるころ、異変に気付く。竜石が熱い。そして光っている。ほんのり温かいと思ったことはあったけど、こんなことは初めてだ。同時にヴェルナントがうめいた。傷口が、ほんのり光って、血も止まっている!
「ベル!」
「……私は、死んだのでは」
竜神教の司祭は竜石と呪文で治療の奇跡を起こすというが、同じことが起こったのだろうか?ならば、カルスも―――。
「姉上、さらに追手が来ています!」
「!」
―――無情。複数の足音がする。ヴェルナントに手を引かれ、小舟に乗り込む。弟に命があっただけでもよしとしなければ。暗い森を抜け、川を下る。ティアーナの心も、見上げた空も、黒雲がかかっていた。




