緋色の翼
17章 緋色の翼
ヴェルナントとヴォルテイルの『手合わせ』の日と同じ日に、テンベルクのアルクイン王からトリエントに対しての宣戦布告がなされた。トリエントは、というよりほとんど教皇派だが、これに対して激昂。さらに鉱山はテンベルクの手のものによって奪い取られた、これはテンベルクによる侵略だ、と非難した。教皇派にそこまで喧伝させたのち、テンベルクは鉱山の労働状況や鉱山の労働者の人攫いのような集め方を暴露。非難合戦となった。
どのような形であれ、教皇派の私軍である黒鱗隊の戦闘力を担保していた鉱山が片方とはいえ、教皇派の手を離れたこと、鉱山の運営のために教皇派が行っていたことが白日の下にさらされた。アウステーラが教皇派に落とされてから日和見を決めていた周辺国も、不満を溜めこんでいたのでこの状況になって一気に反教皇派に傾いた。
この状況下での周辺国やテンベルクが懸念していることを挙げるとすれば、『黒の魔剣』の力はアウステーラ城を吹き飛ばして以降、解放されずに魔力を蓄え続けていること、アウステーラ城を吹き飛ばした力が最大威力だったのか、というところであった。
「ようやくこの状況まで来たな」
翡翠の鉱山、かつて総督府が置かれていた本部区画の屋敷の前に、飛竜が3匹降り立つ。マシアスとアルクイン王、もう一人護衛を連れて、ここに来ていた。
「皆、王が来たと知れば驚くでしょうな」
「喜ぶとは言わんのだな」
「……驚きのほうが勝るでしょう」
王は戦場に出るべきではないと、ほとんどの騎士は言うだろうが、竜騎士の王と呼ばれるアルクイン王は王城にこもることを良しとしなかった。この2か月で目まぐるしく変わる状況を自分の目で確かめたいとも考えていたのだ。そのため、宣戦布告をする前に、準備と根回しをしておき、布告を出してすぐにテンベルクを発った。
(この場で王にしかできない決済があれば連れてきた意味もあるのだが。……なんだ、あれは)
気を遣うことが増えたことと、出発前にはなかった建物の崩壊跡を見て、マシアスは疲れを感じるのであった。
「アルクイン王!? いらしたのですか!」
「出迎えご苦労、ヴェルナント。そなたもよく働いていたみたいだな。ターミナのほうでも、ストーナー家の従臣たちはよく働いておるぞ!……雰囲気が変わったな。建物も損傷している。何かあったのか?」
ヴェルナントは突然のアルクイン王の訪問に面食らっている。バーネットがやってきて、助け舟を出した。
「アルクイン様、これまでの説明はこちらで致します。マシアスが鉱山を発ってからも重要な出来事がありましたので、併せて説明いたします」
「ふむ、そうするか。ではな、ヴェルナント」
ヴェルナントは頭を下げて、アルクイン王の背中を見送る。自分ではうまく説明できるか自信はなかったので、正直助かった、とヴェルナントは思っていた。
「ん?バーネット、珍しい客じゃな」
「これはシズヤ殿、ご無沙汰しておりました。……そなたはザクセンの」
アルクイン王がシズヤに挨拶する。シズヤはティアーナの用意した茶と菓子をつまみながら、フリードに竜石の講義をしているところだ。昨日の封箱の扱い方を指南していた。
「竜騎士の王がなぜ!?」
フリードにとっては別の意味で竜騎士の王は憧れの対象であった。
「目まぐるしい状況の変化は自分が赴いて理解したいと思ってな」
空いている席にアルクイン王が座る。ティアーナがお久しぶりです、と挨拶をしながら茶と菓子を人数分用意した。バーネットによるこれまでの状況の説明が始まる。
「―――以上がこれまでの出来事です」
「まさか私が鉱山を発った後にそんな事件が立て続けにあったとは……」
「ベルにとっては災難じゃったが、『黒の魔剣』に対抗できる可能性が飛躍的に上昇した。……テンベルクや周辺国のこの状況においての懸念事項は、『黒の魔剣』の魔力はいつ解放されるのか、どのくらいの威力か、といったところかの?」
シズヤの指摘にアルクイン王は苦笑する。
「……私が現地に赴いたのはその確認もしたかったからだ。なにか推し量れるものはあるだろうか」
「そんな簡単な話はないのう……」
シズヤも苦笑しながら茶をすする。が、封箱がカタカタと震えていたのを見て、表情を引き締める。同時に、何かが崩れる音がした。
「バーネット、橙黄の鉱山のほうはどうなっておる?」
シズヤの声の調子から嫌な予感がしたバーネットは窓を開き、望遠鏡をのぞく。―――信じられない光景が広がっていた。
「橙黄の鉱山の頂上に、黒い霧が集まっている。魔力の塊か……!?」
『黒の魔剣』には本当に鉱山ごと吹き飛ばす威力があるのではないかと、バーネットは思い至らざるを得ないのであった。
橙黄の鉱山の総督はコルベールという人物である。彼もデカルテス同様、竜石の採掘量の急激な枯渇にあえいでいたが、竜石を発破に使用し、採掘効率を上げるという方法を取るなど、なんとかノルマを乗り切っていた。テンベルクからの宣戦布告と同時に翡翠の鉱山が反乱によって落とされたことを知らされても、それ見たことか、としか思わなかった。しかし、次はこの鉱山が狙われるのは自明のことである。むしろ、教皇派に反旗を翻し立場を保証してもらおうか―――。
そう考えていた矢先に、ヴォルテイルがレジーナの飛竜に乗せられてコルベールの下を訪ねてきた。そして、コルベールにとっては驚くべき提案をしてきたのだ。
「この鉱山の竜石の魔力を使用して、翡翠の鉱山をレジスタンスごと爆砕する!?」
「この鉱山で採掘された竜石は『黒の魔剣』の魔力の源として使われているのです。王都でそれを行うとここで行うと同じことである、と。こちらが命令書です。教皇殿は余程お怒りらしい」
たしかに命令書の内容、署名に間違いはない。
「……竜石は王都に運ぶ前の在庫がありますが、鉱山を爆砕するとなると、足りるものなのでしょうか?」
「力の使い方次第だと思われますな。鉱山の地下を露出させることが目的ですので」
「……?」
「総督府の施設からなら翡翠の鉱山が目視できますな。……では、コルベール殿。竜石の用意を」
総督府の屋上にヴォルテイルとレジーナが赴き、竜石が運び込まれる。量にして馬車3台分になろうかというくらいだ。いったい何が起こるのかと、コルベールも護衛をつれてついてきていた。ヴォルテイルは『黒の魔剣』を抜き、頭上に掲げる。竜石が輝きだし、魔力の流れが『黒の魔剣』に吸い込まれていく。同時に、『黒の魔剣』から黒い霧が噴出し、もやもやと立ち上り、ゆっくり回転しながら禍々しい魔力の塊を形成していた。ゆったりとした動きをしていた塊は黒い霧を巻き込みながら上昇し、加速度的に大きさを増していく。どこまで巨大化するのか。
「アウステーラ城を破壊した時より、はるかに大きいですね。竜石があるからでしょうか」
レジーナの言葉にコルベールは戦慄する。しかし思い浮かぶ疑問がある。
「この大きさだと翡翠の鉱山からも見えているのでは?」
「……むしろ見せているのではないかと思われます。アウステーラ城を吹き飛ばした時も見せつけるようにしましたし、後の進軍で結果として魔力の節約になりました。これほどの大きさの魔力の塊を落とせるという伝聞が広まれば良い、との考えかと思われます」
話している間にも、黒い魔力の塊は総督府の建物をはるかに超える大きさとなっていた。竜石からの魔力の流れは途切れていたので、大きくなるのはここまでのようだ。
「これからこの塊が翡翠の鉱山に落とされると」
「ええ、掲げられている剣を目標に向けて振り下ろせば、同時に」
一生のうちに二度とみられる光景にはならないだろうとコルベールは震えていた。
「ベル!!」
「来ている!」
「シズヤ!!」
「……落ち着け」
バーネットが少し取り乱しているようで、珍しいものを見たと思うが、状況は非常に差し迫っている。おそらくあの黒い塊がそのまま翡翠の鉱山めがけて振り下ろされるのだろう。外ではパニックを起こしている所もあった。
「緋色の竜石の力を見るいい機会だな」
「……アルクイン様は避難の準備をなさってください」
アルクイン王はなんだかんだと言ってマシアスの進言をいなしている。
「それで、どうやってアレを防ぐんだ?」
「まず、外に出よ。ティアも連れてこい。例の『魔剣』も忘れるな」
シズヤに言われるがままに、ヴェルナントとティアーナは総督府の屋上に出る。部屋にいたアルクイン王やバーネット達も一緒だ。橙黄の鉱山の上空に魔力の塊がある。黒い霧を巻き込んでいて、見た目の大きさだけなら鉱山全体より大きく見える。その光景を見ている眼下のレジスタンスや労働者はパニックを起こし、ルネやケイスなど騎士たちや『緋色の剣』の初期メンバーが落ち着かせようとしていた。
「ちと騒がしいな」
アルクイン王が進み出る。彼の騎竜に乗り込み、広場の上で大きく息を吸い込み、声を張り上げた。
「戦士たちよ!向こうに『黒の魔剣』あればこちらには『緋色の竜石』有り!あの塊については我々に任せてもらおう!諸君らは落ち着いて次に備えよ!」
……いくらかは落ち着いたようだが、不安を拭えた感じはしない。ヴェルナントたちとしてはむしろ重圧をかけられている。アルクイン王が戻ってきた。
「あとは任せた」
「……全力を尽くします」
しかし、外に出ただけで具体的に何をするかはわかっていない。シズヤのほうを振り向くと、彼女は自分の右手を魔力で包み込み、刃物のようにしていた。
「上の着物は脱いでおけ」
「は?」
……とりあえず脱いだ。
「背中と腕に少し傷をつけるぞ」
「?!」
返事を待たずに魔力の刃が背中と腕を撫でた。それぞれの傷口から血が流れる。ティアーナも一連のやり取りに硬直していたが、治療のため前に出たが……。
「ティアの出番はまだじゃ。わらわが合図したらベルを抱きしめてやれ。ここからアレを受けきるための機構を構成する」
シズヤが『緋色の魔剣』をヴェルナントに持たせ、例の珠をヴェルナントの前に置いた。聞きなれない呪文のような言葉を紡ぐ。竜語だろうか。
「う、ぇ……?!」
身体を巡る血が自分のものではない感覚を覚える。同時に、体外に流れ出ていた血が浮かび上がり、さらに身体から血が出て行っては、浮かびあがる。その隙間を血の色ではない緋色の結晶が埋めていた。何かを、形作っていく……。
「「黒いのがこっちに来るぞおおお!!」」
広場が再びパニックに陥ったとき、巨大な紅い翼を思わせる何かが、八本、煌きながら周辺を包み込んだ。
アルクイン王が一旦は広場のパニックを押さえに出てきたタイミングで、ミュウはエミーやカルス達の計らいでヴェルナントたちのいる屋上に向かうことができた。ようやく屋上にたどり着いたミュウが見たものは、いくつもの翼を傷から生やし、『緋色の魔剣』を掲げ、発狂を思わせる叫び声を上げ続けるヴェルナントと、それを泣きながら抱きしめるティアーナと、血を吐きながら珠を抱え、ヴェルナントに手を当てるシズヤ、その3人が倒れないように必死で支える者たちであった。
「べ……ル……」
こんな状態で、いったい自分に何ができるというのか。ヴェルナントの身体は左右の腕から2枚ずつ、背中から4枚の翼が生えている。肌は燃えるように赤く、炭から灰が舞い上がるように組織が剥がれている。ティアーナが治療の奇跡を行使しているから人間の身体の形を保っているのだろう。
「!!」
翼が2枚、黒い塊に向かって羽ばたき、黒い霧を吹き飛ばした。核と言えるような部分が露出する。翼が続けて黒い核に向かって自らをはたきこむと、爆発はせずに、その翼の大きさと同じくらいの質量を消し、翼も消えた。ヴェルナントの腕が垂れさがる。ミュウは思わず駆出し、その腕を支えた。見た目ほど熱くはなかった。
「ミュウ?……ありがとう、ございます」
ティアーナがミュウに礼を言うと、ヴェルナントの右腕の傷が治癒された。また翼が黒い核に向けて叩き込まれ、お互いを消し去る。今度は左腕から生えていた翼が消えた。同様に治癒される。ヴェルナントの叫び声が落ち着いた。皆少し周りを見る余裕が出てきたようだ。
「あとは……あれか」
ヴェルナントが息を吸い込む。背中から生えている4本の翼がわななく。『緋色の魔剣』を向けると、4本の翼が黒い核に向かっていき、包み込んだ。
「なんとか、しのげた、かのう……」
息も絶え絶えに、シズヤが珠を掲げた。黒い核を包み込んでいた翼が収縮し、弾け飛ぶ。光の粒となって、翡翠の鉱山全体に降り注いだ。広場でのパニックは収まってはいたが、次々と起こる信じられないような出来事に言葉を失っている、と言ったほうが正しいだろう。マシアスから耳打ちをうけたアルクイン王が再び広場の上空にて演説を行った。
「戦士たちよ、我々は敵の最大級の攻撃を、ものともしなかった!だが、これで終わりではない!この鉱山に敵軍団が迫っておる!勝ち戦だと油断しておる愚か者たちだ。丁重に迎え撃ってやるのだ!」
先ほどの耳打ちは敵軍が迫ってきているとの報告らしい。本来はこの鉱山への塊を落とした後の殲滅戦のつもりだったのだろうが、先ほどの光景をみたこと、またアルクイン王の演説でレジスタンスたちは熱狂の叫びを響かせた。なだめに回っていた者たちが今度は軍団の編成に奔走する。アルクイン王が屋上に戻り、マシアスからの報告を全員で共有し、これからの方針を決定する。
「敵軍団が迫っているのは本当ですが、数、編成はこの鉱山を丸ごと落とせるものではありません。また、テンベルクの竜騎士団がこちらに向かっている頃です。……本来はアルクイン様の迎えの騎士団として向かわせていたのですが」
マシアスの言葉にアルクイン王は口角を上げる。
「ちょうど挟み撃ちにできるな。戦闘にならんだろうが、相手が逃げ帰ったと宣伝できるようになるからちょうどいい。『緋色の竜石』は『黒の魔剣』の魔力をものともしなかった、という事実と共に広めておくぞ。……ヴェルナントよ、ティアーナ、シズヤ殿も休んでおくとよい。今は言葉だけでしか礼はできんが、―――よくやってくれた。必ず褒美は用意しよう」
「……はい……」
ヴェルナントは返事を絞り出す。寒気を感じる。ミュウが脱ぎ捨てていた上着を持ってきてくれていた。
「あり、が―――」
立ち眩みか……。少しふらつく。
「―――ベル、お願いだから、……休んでて」
その言葉を最後に、ヴェルナントの意識は落ちていった。
ヴェルナントが目覚めたときは夕方で、ミュウが額に載せていた濡れ布を取り換えようとしていた時だった。
「熱を出していて、すごく心配したんですよ?―――ティアーナ様、ヴェルナント様が起きました」
あの時が昼前だったから、数時間は傍で世話をしてくれていたのだろうか。あの後どうなったのか状況を知りたい。ティアーナがシズヤを呼びに行くと出ていった。ミュウがその後のことを教えてくれた。結局戦闘は起こらず、黒鱗隊が逃げ帰る構図となったようだ。演説の内容を考えているアルクイン王が頭の中に浮かんでくる。『緋色の剣』の名前も広がることになるだろう。
「……」
ヴェルナントは己の手を見つめ、確かめるように動かしていた。
「なあ、ミュウ……」
「……ベル?」
「私はまだ人間か?」
「!」
屋上で見た、ヴェルナントの姿を思い出す。あの姿を見て、人間だと思う者は……。ヴェルナントの寂しそうな表情に気づき、ミュウの良心が痛んだ。
「……いいんだ。ここまでしなければ、『黒の魔剣』を制することはできない。一介の若造が力を手に入れたければ、代償は必要なんだ。たとえ、この身が―――」
ヴェルナントの言葉はそこで遮られた。ミュウが抱きしめてきたのだ。弓を引き、獲物を捌く彼女の腕力は意外と強い。しかし、彼女の与える痛みは、暖かい。ヴェルナントは自分の人間としての存在を実感できたのだ。ヴェルナントもミュウを抱きしめる。
「……ベル」
「泣いてくれるな。でも、ミュウが傍にいてくれて、よかった」
そして、ヴェルナントは耳に顔を近づけ、ささやく。
「これからも、傍にいてほしい」
「~~~!!」
さらにミュウの目から涙が溢れてくる。が、ドアが半開きであることに気づき、続けてこちらを覗く顔に気づき我に返る。
「ベル、はなして、みられてる」
「……」
ヴェルナントは離さない。そのうえあろうことか出歯亀たちに入るように促したのだ。ミュウは別の意味で泣きたくなってくる。
「立派になりましたね、ヴェルナント。でもあまり女の子を泣かせてはいけませんよ」
一人目、ティアーナ。
「アフターケアが必要かと思うたが、……必要ないの。良い魔力の流れじゃ」
二人目、シズヤ。
「アルクイン様が王女をベルに宛がおうと画策していたが、こりゃ無理だな。……部屋割りも変えておこう」
三人目、バーネット。
「ミュウ、おめでとう!ヴェルナント様も良かったです!兄も泣いて喜ぶと思います!」
四人目、エミ―。流石に多いなぁ、とやっとヴェルナントは入室を遠慮させた。ミュウは顔を見られないように向きを変え、さらにヴェルナントをきつく抱きしめた。
(これからあたしはどう振舞えばいいんだろう)
頭を撫でるヴェルナントの手の感触を心のどこかで心地よく感じながら、ミュウは考えを巡らせるのであった。




