『手合わせ』
16章 『手合わせ』
ヴォルテイルは早速行動に移ることにした。クウヤが休んでいること、カルレオから鉱山奪回の命令が下れば単独行動に制限が掛かるからだ。
「レジーナ、日が昇る前ですまないが、翡翠の鉱山まで運んでくれないか?」
「仰せのままに。その後はいかがいたしましょう」
「ヴェルナント=ストーナーと『手合わせ』できる環境を整えたい」
「……少しお待ちください……。『黒の魔剣』の爆裂を一回分、使用していただければ」
レジーナは翡翠の鉱山の本部区画と総督府の屋敷の見取り図を見ながら答えた。爆裂一回分は部屋一つを吹き飛ばす『黒の魔剣』の能力で、一日3回程度なら魔力の補給なしで発動できる。
「『黒の魔剣』を賜ってからは1回使ったきりだから、加減できるだろうか」
ヴォルテイルが苦笑しながら返事をする。中級の竜石を使えば同様のことはできるので、1回使用して威力を見た後は発動させることはなかったのだ。威力の大きい一発を放つほうが戦術的な意味を持ち、結果的に魔力を節約できるだろうと考え、彼はそういう運用をしてきたのだ。
「別なところで注目を引くことが目的ですので、暴発させても問題はありませんが、この後の『作戦』のために魔力切れだけは避けてください」
「わかった」
ストーナー家の屋敷から翡翠の鉱山までは飛竜の翼なら数刻も飛べばたどり着く。レジーナは翡翠の鉱山のレジスタンスに見つからないように、橙黄の鉱山の反対側を飛んでいった。レジスタンス側は橙黄の鉱山の動きに注意を払い、その反対側、自分たちの背中にあたる部分の哨戒は疎かになっていたのだ。やがて翡翠の鉱山の本部区画を眼下に置く位置までくることができた。朝陽が昇ろうかというところだ。
「それで、総督府の屋敷に爆裂を仕掛ければよいのか?いや、先に私が降りたほうがいいか」
飛んでいる間にヴォルテイルはレジーナが何をするつもりか大体の見当がついていた。
「そうですね。爆裂を試みるのは……屋根にしておきましょう。屋敷から出てきたところを狙います」
ドォン!! という爆発音とともに、総督府の屋敷の屋根が崩れ、燃え上がる。屋敷内にいた者たちは確認と避難のために外に出てくることになる。
「何が起こった!」
「敵襲か!」
出てきた者たちの中にはティアーナもいた。起き抜けに慌ただしくしていたものだから、自分の足が地面から離れても何が起こったのか理解するのに、多少の時間が掛かった。
「?!!」
「初めまして、そして申し訳ありません。おとなしくしていればあなたも弟も悪いようにはしない」
「……!!」
ティアーナはこの時になって、自分が攫われて、飛竜の上にいるということを理解した。
「姉上!!」
「ティアーナ様!!」
弓を構える者もいるが、構えだけだろう。レジスタンス側もティアーナを人質に捕らえていることは理解している。やがて、飛竜に注目していた群衆の一部が吹き飛ばされ、悲鳴と怒号の中で、ヴォルテイルが飛竜の真下まで歩んできた。
「……ヴォルテイル卿……!」
ヴェルナントはヴォルテイルとの面識はなかったが、黒鱗隊の特徴的な鎧、長い黒髪、そして『黒の魔剣』から、父の仇であることを理解した。
(父を殺し、そして今姉上まで危険にさらすとは……!)
ヴェルナントの心は嫌でもざわついて来る。左胸の緋色の竜石も熱くなってくるが、相手の出方は見なければならない。人質をとる、ということは要求があるはずである。
「……要求は、なんでしょうか、ヴォルテイル卿」
ヴェルナントにはもっと言いたいことはあったが、どうにか怒気を抑えることはできた。ヴォルテイルは『黒の魔剣』ではなく、腰の二本の剣を外し、ヴェルナントに向けた。
「レイオン卿の息子である君と『手合わせ』がしたい。邪魔が入らない状態でな」
「!」
ヴォルテイルの嗜好は聞いたことがあるが、ヴェルナントは自分がそれに巻き込まれるとは思ってもいなかった。そして、『決闘』ではなく『手合わせ』。……ある意味「眼中にない」と言われているようなものだ。
(時間を稼げれば、姉上を助け、2人を倒せるのだろうか? ……いや、小細工の通じる相手ではない)
ヴェルナントは後ろのバーネットのほうをちら、と見る。両手を後ろに回し、下に動かした右手を左手で掬いあげる動作を二回繰り返す。バーネットが後ろにいるフリードに耳打ちした。最悪の事態には備えなければ。
「お受けします。……しかし、先に姉上を降ろしていただきたい」
「それでは私が後ろから斬られるだろう? 2人ともここでは殺しはしない」
この人数で一斉にこの男に襲い掛かったとして、何人の刃が届くのだろうか。何十人が死ぬのだろうか。
「……剣を」
ヴェルナントはヴォルテイルから剣を受け取る。鞘に入ったままの剣を強めに握り、手首をこねて仕掛けがないか確認する。舞台を整えるために手段は選ばないが、勝つために何でもするわけではないようだ。
「ここで殺すつもりはないが、失望はさせてくれるなよ。無傷で返す気がなくなるかもしれぬな」
「……!」
(落ち着け、落ち着け……!)
ティアーナが危険にさらされていること、父を殺した相手が目の前にいること、その相手が神経を逆なでしてくること。ヴェルナントは揺れ動く己の心を必死に抑えて、剣を抜き放つ。腕に余分な力がこもり、剣先が震えているのがわかる。明らかにヴェルナントは平常心を失っていた。
「……!」
ごっ、という音に見守る者たちが静まりかえる。ヴェルナントが自身の額に剣の柄をぶつけたのだ。血は出てはいない。鞘を丁寧に後ろに置く。『手合わせ』で助かったというのがヴェルナントの正直なところだ。
「……すまない。ヴォルテイル卿。―――胸をお借りします」
ヴォルテイルの口角が、少し持ち上がったように見えた。
(15年前は、彼の場所に私が、私の場所にレイオン卿がいたな……)
間合いを図りながら慎重に詰めてくるヴェルナントを見ながら、ヴォルテイルはめずらしく昔を思い出す。が、身体のほうは油断なく構えている。以前、レイオン卿が詰めてきた間合いにヴェルナントが足を付けた。が、踏み込むそぶりだけだ。また間合いが開く。
(……気取られたか)
ストーナー家の剣技の要は相手を撃ち貫く踏み込みにある。ヴォルテイルはそれを知っていて研究はしていたし、レイオン卿との決闘を意識して、一定の間合いに踏み込まれたケースでは、まさしく『反射』レベルで考えるより前に身体が反応するように自身を鍛えた。その挙動をヴェルナントは感じ取ったのだろうか。
(足運びも悪くない。身体のほうも鍛えられている。父親を下した私との決闘を想定していたのか、慎重だな)
「―――ふむ」
(ならば、こちらからいこうか)
剣先を向けながらヴォルテイルのほうから間合いを詰めていく。ヴェルナントは後ろに一歩下がり、二歩目を横にずらし、そこで踏み込んできた!ヴォルテイルは剣で払い落とすが、もともと彼まで届く剣の間合いではない。ヴェルナントもそれはわかっていたからか、剣を落とすようなことはなかった。とはいえ、多少姿勢は崩れている。
(殺しは、しない)
姿勢の崩れたヴェルナントめがけてヴォルテイルは剣を付きだす。致命傷にはならないとわかっていたからこそ、ヴォルテイルは全力で踏み込む。
「!」
ヴェルナントも避けた。右腕の袖に赤い筋が入る。踏み込んだ先にいる群衆は打ち込まれた殺気に固まるか、恐れおののいている。止血を勧めようとしたヴォルテイルだったが、ヴェルナントの傷の治りは異常に早かった。すぐに二人はお互いに剣を構える。ヴェルナントが間髪入れずに打ち込んでくる。クウヤほどの重さは勿論ない。しかし、的確に相手を追い詰める剣舞だ。
(レイオン卿ともこうして斬り合ってみたかった)
頭で考えて剣を振っているわけではない。斬り続けていれば軌道が見え、リズムも一定のものになって来る。ヴォルテイルは剣舞の隙を突き、ヴェルナントの肩口から振り下ろした。ヴェルナントは血を垂らしながら間合いを取る。多少の息は切れていたが、それでも斬り合っていた時間は長かった。
(剣先で固いものをかすった、と感じたが……)
ヴェルナントの胸当ては切られて投げ捨てられた。服の切れ目に竜石の存在を認める。緋色の竜石だ。ヴォルテイルはクウヤの『ちょっかい』の内容がなんとなく想像できた。傷の治りの早さと剣舞の持久力に納得する。
「ふぅ―――……」
ヴェルナントが息を吐き剣を構える。同じく剣を構えたヴォルテイルとの距離をゆっくり詰めてくる。先ほどはそこまでなかったヴェルナントからの殺気を感じる。
(今度こそ来るか)
ヴォルテイルの心は嫌でも昂って来る。
(ここで殺すのは惜しい。いや殺せ。いや殺すな。殺せ。殺すな。斬れ。きれ。キ――――――)
ギィン!! という金属音と、カツン、という乾いた音と、ポタリ、ポタリと血の垂れる音がする。群衆は静まり返ったままだ。金属音しか聞こえなかった上空のティアーナだったが、ヴォルテイルの身体に寄り掛かるヴェルナントと彼の足元の赤色を見て、状況は悟れた。ティアーナも自身の血が身体から抜けていくような錯覚を覚える。
「もう、もういいでしょう?私を、ベルのところに!お願い、お願いです!!」
レジーナのほうもその雰囲気については察せられたので、降りたいのだが、
「―――合図がありません」
すげない返事をするしかないのであった。
(やってしまった……)
昂ってくると本来の目的を忘れてしまう。ヴォルテイルは己の悪い癖を恨んだ。ヴォルテイルの脇腹の鎧に阻まれ、ヴェルナントの剣は折れた。相応の業物を用意したはずであったが、剣舞で消耗していたようだ。そして、ヴォルテイルの剣はヴェルナントの脇腹を裂いている。先ほどよりだいぶ血が流れていた。
(もし、剣が折れていなければ)
鎧に阻まれたとはいえ、その衝撃は残っている。疲労とは違う汗が、背中を流れた。そのとき、身体を寄り掛からせていたヴェルナントが動いた。ヴォルテイルは多少ほっとする。脇腹を押さえてはいるが、血は止まっているようだ。ヴェルナントはふらついていたが、姿勢を正す。……脇腹にはまだ右手が当てられていたが、ヴェルナントはそこから赤い、剣のようなものを、いや、剣そのものを引き抜いた。
(いや、その場で生成したのか―――)
「これ、ならば、折れない、でしょう。……つづ、き、を―――」
ヴォルテイルは言葉が途切れる前にヴェルナントを抱きかかえ、静かに横たわらせた。呼吸の確認をし、自らの外套をヴェルナントの肩から掛ける。そして、『黒の魔剣』を抜き上空に向ける。レジーナが手近な、射線の通りにくい建物の屋根にティアーナを降ろした。しかし拘束は解いていない。
「機会があれば、今度は『決闘』をしよう」
声は発せられなかったが、ヴェルナントの口が動くのを見て、ヴォルテイルは満足できた。
「今日は帰らせてもらおう。いい『手合わせ』だった」
ティアーナはまだレジーナに拘束されている。ヴォルテイルの歩みを止めようとするものはいなかった。レジーナとヴォルテイルが飛竜に跨ったところでようやくティアーナは解放された。『黒の魔剣』の剣先は向けられたままだ。そして上空に舞い上がっていき、橙黄の鉱山のほうに飛んで行った。エミーがティアーナの傍に寄っていく。
「ベル……!ベルのところに!!」
傍の建物に運び込まれ、寝かされているヴェルナントの手を、ティアーナが強く握る。
「ぃて……」
「ベル……。よかった……」
「姉上……」
涙を流すティアーナを見て、ヴェルナントも「やってしまった……」と思うのであった。
「射る隙は、ありませんでした」
「仕方ない。その辺はあの二人キッチリしてやがった」
ミュウとバーネットだ。
「大丈夫か?ベル。昨日も今日も身体に穴開けちまったが。腹から剣まで抜いちまうし」
「……問題ない」
「でもこれ、本当に『緋色の剣』そのものですね」
ミュウが握るヴェルナントが腹から抜き出した血の色の剣を見て、運命というものだろうかと、苦笑する。そこにシズヤも現れた。バーネットは言いたいことがあるようだ。
「どこにいたんだ。魔力でなんとかできなかったのか?」
「魔力とて万能でない。ティアーナが死ぬ可能性はなんとしても避けたかった。ヴォルテイルと『黒の魔剣』もじゃが、あの女竜騎士もやっかいじゃな」
そう言いながら『緋色の剣』をなぞる。
「ふむ……」
つられて黙り込む一同。
「これも、魔剣といっていい代物かもしれん。これを得るきっかけになっただけでも、まだよかったと考えるべきじゃな」
「「……!!」」
今度は息をのむ一同。
「……得られたのは、魔剣だけじゃないさ」
ヴェルナントは立ち上がる。
「それと、『今は』殺さない、とヴォルテイルが言っていた。なにかする気だと思う」
「……マジで『黒の魔剣』で鉱山ごと吹き飛ばす気かもな。―――鉱山の放棄を考えるべきか」
重要な事件が次々起こる。今夜の軍議も長引きそうだな、とヴェルナントは苦笑するのであった。




