竜の姉弟
15章 竜の姉弟
「兄上!まさか生きて会えるなんて……」
騒ぎを聞きつけたエミ―とミュウがやって来る。カルスはバツの悪そうな顔をしたが、どんな形でも生きて再会できたことをよろこんでほしいと、ヴェルナントは願う。ミュウがこちらを見て驚いている。エミーも気づき、同様の反応だ。……傷は治ったのだが、衣服についていた血は残る。着替える暇もなかった。
「ヴェルナント様、それは……」
エミーの言葉に、なにか言おうとしたカルスを制したヴェルナントは、先ほど起こったことを話し始める。
「兄上……。ヴェルナント様……」
「エミ―、この件はもう終わったことだ。考えるべきなのはこれからのことだ。緋色の竜石の魔力は想定外の方法でだが、強力になったし、カルスが戻ってきたんだ。これ程心強いことはない」
ヴェルナントは改めて兄妹で仕えてくれる2人を励ます。
「なんだか、雰囲気が違うなぁって思ったんですけど、そういうことだったんですね。……着替え、取ってきましょうか」
ミュウが気を利かせてくれた。
「ああ、助かるよ。でもこれからシズヤの話を聞かなければならないから、羽織る者だけ頼む」
「すぐ持ってきます!」
ミュウが部屋を出ていった。……バーネットがこちらを見ている。笑顔だ。
「なるほどな」
「……何がだよ」
バーネットはティアーナと目配せをした。ティアーナのほうも笑顔だ。……これ以上は何を言われるかわからない。ミュウの名誉のためにも沈黙するべきだろう。……エミーも笑顔だ。
「長い話になりそうですから、温かいお茶を入れましょう」
「……うむ」
ティアーナ達が茶を用意し、シズヤの話が始まった。
「まず、クウヤはわらわの弟じゃ。もちろん竜である。……そして、このフレイスの大地に残るただ2柱の神竜じゃ」
神竜は巨大で、さまざまな魔力を行使するという、もはや伝説上の生命だ。人間の力ではどうにもならない災害や現象は神竜の力に由るものとされた。
「トリエントが建国される以前の、はるかに昔の話じゃな。竜と人はそれなりにうまく付き合っていたのじゃ。しかし、いずれ終わりはくるもの。竜たちに滅びのときが来ようとしていた」
「……竜は死ぬものなのか?」
フリードの言う通り、確かに想像がつかない。
「竜の身は魔力の塊、魔力そのもの。器として心身が維持できなくなれば、魔力は暴走し、世界に災害をもたらした。わらわ達の役目は、竜の魔力の流れを読み、その寿命を予知し、暴走の被害を最小限に抑えることであった」
「シズヤと、クウヤがその役目を?」
「わらわの父母や、ご先祖じゃな。必要があれば魔力の流れを整えたり、吸収したりする。そうしてわらわ達は大地フレイスの破綻を防いできた。しかし、竜の数は減ってきていた」
シズヤが目を閉じる。
「それをクウヤは良しとしなかった。なぜ、座して死を待たねばならないのかと。……クウヤは魔力を吸収することに長けておった。その力で不老不死を目指しておった。そして、生命力を魔力に変換する術を編み出し、魔力を持たぬ他の生き物から生命を吸収する暴挙に出た……」
シズヤのカップが空になった。すかさずフリードが次を注ぐ。
「当時の人間たちに竜石を与え、なんとか戦力を整え、そして、父、母、わらわの身体ごと、この地にクウヤを封じたのじゃ」
「「「!!!」」」
2つの鉱山は竜の骸でできている、とシズヤが言っていた。こういうことだったのか。……新たな疑問が湧いてくる。
「では、今目の前にいるシズヤ様は……」
「分体じゃ。本体は奥深くクウヤの本体とともに沈み込んでおる。最近になって、意識を取り戻した。そして、身を犠牲にして封じたはずなのに、目が覚めた理由に思い当たると、わらわは絶望するしかなかった」
くい、とシズヤはカップの半分ほどを飲んだ。
「クウヤが目覚めて、その影響でわらわが目覚めたのだからな」
「「……」」
一同が固唾を呑んで聞いていた。
「まずどういう状況なのか知らなければならんかった。しばらく鉱山付近を飛び回り、まだ間に合う、と結論付けた。わらわと同じ分体で目覚めていること、人間に取り入り、鉱山を掘らせていること。生命力を魔力に変換する術は分体のクウヤは使えないと見当がついた。この術が仕えたなら問答無用で使っていたであろう」
「……俺を見つけたのは?」
「数年経ち、分体の身でも実体を持てるようになって、すぐじゃな。クウヤの魔力を感知して、たどりついた所にバーネットが虫の息で倒れておった」
……そして、今に至る、と。ヴェルナントはシズヤの話の内容に圧倒されていた。他も同様だろう。シズヤの隣にいるティアーナがシズヤの手を握っているのを見て、シズヤ自身も話していてつらいのだ、と察せられた。
「クウヤの目的は、当時と変わらず自身の不老不死であろう。クウヤの本体が目覚めたとき、それが現実になる」
「それを防ぐには?」
バーネットが次の言葉を促す。
「クウヤの分体を消し去り、本体の封印を強固にすること。……緋色の竜石が受け継がれていて、本当に、幸運じゃった」
ヴェルナントは自身の左胸を撫でた。ほんのり体温とは違う暖かさを感じる。
「今の緋色の竜石ならば、黒の魔剣にも対抗できるじゃろう。あれが今のクウヤの分体じゃ。カルスの言う少年の姿はそこから作り出されたものじゃな」
シズヤは2杯目を飲み干し、フリードを手で制した。
「さすがに疲れた……。ティア」
「……なんでしょう」
「今夜は一緒に寝てくれ」
「はい」
2人は部屋に戻っていった。さすがに止めようとするものはいない。シズヤの話を受け入れるには時間が掛かりそうだ。今夜はここで解散となった。
同時刻、ストーナー家の屋敷内。相変わらずヴォルテイルは屋敷内の書物を読み漁る。傍に置いてある黒の魔剣が震えた。
『なかなか、やるものだ』
ヴォルテイルの頭の中にクウヤの声が響いてきた。
「上手く事は運ばなかったようですな」
ヴォルテイルがレジーナの用意した茶を飲みながら答える。
『翡翠の鉱山はシズヤとその一味に獲られていた。緋色の竜石の使い手にちょっかいを出そうとしたが藪蛇だったな。カルスという男、あの姉弟を前にした途端に全力で抗ってきた』
「……藪蛇とは?」
『シズヤのほうに感知されるようになったな。お互い筒抜けだ』
ヴォルテイルは苦笑する。ただ、展開が早まるのは彼の望むところだ。
「鉱山のほうに黒鱗隊を動かしましょうか。表立った理由は鉱山を取り戻すため、で十分でしょう」
『面倒になってきたし、父の骸に残された竜石の魔力を使って鉱山ごと吹き飛ばしたい。俺の本体がそれで目覚めれば万々歳だ』
「私も『下見』がしたいのですよ。……この会話も筒抜けですかな」
『わかったところでどうにもならないよ。今日は疲れたから、もう寝るぜ……』
それきり、声は聞こえなくなった。ヴォルテイルは考える。鉱山を吹き飛ばす前に、レイオン卿の血を受け継ぐあの姉弟と会ってみたい、と。レイオン卿の薫陶を受けているはずの息子がどれほどのものか試してみたい、と。
(クウヤ殿と『手合わせ』は、なにかが違ったのだ)
ヴォルテイルは我儘な男であった。人間としての技にこだわる性分であった。
(……彼に期待するか)
レイオン卿の息子というだけで、ヴォルテイルはあったこともないヴェルナントに勝手に期待を寄せていた。




