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竜血琥珀と運命の姉弟  作者: ワタリヤ
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霧と血にまみれて

14章 霧と血にまみれて


 宴も終わり、夜が更けていく。見回りは誰が担当するのかを決めていなかったため、疲れを押してヴェルナントとバーネット、マシアス、ルネらが担当することになった。バーネットはデカルテスに対する尋問を終え、適当に料理をつついていたようだ。人員整理で余計に疲労しているだろう、とのことで先にヴェルナントとルネが仮眠を取り、今交代の時間になったところだ。顔を濡らした布で拭き、頭を切り替える。


(……デカルテスへの尋問の結果も確認しなければ)


 最悪、反乱直後に知らせが届いていると考えたほうがいいだろう。翡翠の鉱山の中に眠る竜の骸の向きがわかるようになったので、竜石は効率よく採取されるようになり、順調に『緋色の竜石』に魔力は蓄えられている。しかし、シズヤが言うには、まだまだ魔力が必要らしい。『黒の魔剣』の魔力を封じ込めるにはまだ足りないのか。


(最初にヴォルテイル卿がアウステーラ城を吹き飛ばして以降、『黒の魔剣』の魔力が解放されたという記録はない。その間も魔力を溜め続けているとすると……)


 城を吹き飛ばす戦術兵器だ。あれが最大威力であるという保証はどこにもない。もしかしたら鉱山ごと吹き飛ばす力もあるかもしれない。


(……弱気になるな)


 両手で頬を叩き、己を鼓舞する。支度をして、バーネットたちの下へ向かった。




「寝れたのか?ベル。特に異常なし。……みんなよく寝ているよ」


 バーネットも碌に寝ていないはずだが、いつも通りに見える。密偵の経験の差か?


「そういえば、あの後私は先に仮眠を取ったのでデカルテスの尋問の結果を知らないのだが、何かわかったのだろうか」


 ルネも知らないだろうから、この場で確認したほうが良いだろう。


「デカルテス自身が密偵を脱出させた、ということはない。だが、デカルテスの知らない教皇派からの密偵がまぎれている可能性があるからな。反乱を知らされている前提で動くぞ」


 バーネットが神妙な表情で3人を見回す。


「……その場合、騎士たちの処遇はどうする?王都に家族を残している者たちがいるのだぞ」


 ルネにとっては一番気になるところだ。彼女自身の家族もいるはずだ。


「死んだことにするのも『緋色の剣』の正当性が問われる。デカルテスの鉱山の統治がひどいものであったことは事実だし、上奏の手続きを踏まなかったが、反乱を起こさざるを得なかった、……ということにする」


「その情報を誰がどのように広めるのだ?バーネット」


「……テンベルクがトリエントの教皇派に宣戦を布告する。そのときに大々的に発表する」


「「!!」」


 ヴェルナントとルネの表情が驚愕のものに変わる。マシアスが進み出る。


「もともと宣戦布告をする機会の候補に鉱山の解放はあったからな。この数日で調整していたんだ。アルクイン王もターミナに滞在されている。仮眠を取った私がターミナまで飛んで行き、宣戦を布告していただく」


「もともと周囲は教皇派のやり方に不満を持っていた。黒鱗隊の武力と『黒の魔剣』を前に黙っていただけだ。それが鉱山の解放でバランスは崩れる。橙黄の鉱山のほうも獲りたかったが、教皇派に嗅ぎつけられずに、2つの鉱山に工作する体力は『緋色の剣』にはないからな」


 バーネットがもう一人いれば……とあり得ないことを考える。


「シズヤは何か言っていないのか」


 ヴェルナントは一応聞いてみた。


「宣戦を布告するかは迷っていたんだが、シズヤの占いでは時間を掛けるほど困難になると出ていた。それが決め手になったよ」


「占いで決めたのか……」


 ルネがあきれたようにバーネットを見る。


「もともとが綱渡りだしな。それに戦と占いは歴史的に深いかかわりがあるんだぜ」


「……私は仮眠に行く。なにかあれば知らせてくれ」


 マシアスが背を向けて去っていった。バーネットと二人で屋敷に急襲を試みたから、ここまでうまくいったのだ。


「マシアス。……ありがとう。ターミナに戻ったらゆっくり休んでくれ」


 ヴェルナントの感謝に、マシアスは指3本で返事をした。


「……俺も寝るか」


「バーネットも、ありがとう。会ったときから、世話になりっぱなしで……」


 ヴェルナントの言葉を、バーネットは遮って、


「……こういうことはお互いさまってヤツだ。それに、まだ終わってねえ」


「!」


 そうだ、まだこれからだ。なぜ気を緩ませているんだ?


「そんじゃ、よろしく」


 バーネットの背中を見て、ヴェルナントは姿勢を正す。


「……」


(若いから不足している部分があるのは仕方ないと思うが、10年後が楽しみな公子殿だな)


 口には出さないものの、ルネはヴェルナントを評価しているのであった。




 見張りにルネとともに立つが、特に異常はない。このような機会もめったにないだろうから、お互いのことをぽつぽつと見張りに影響が出ない範囲で話すことになった。


「……テリング家は妹に然るべき婿を迎えることで存続を図るはずだったが、こうなってしまっては教皇派を打ち倒さねば取りつぶしに会うだろうな」


「……それは」


 鉱山に努めている騎士たちが誰しも考えていることだ。ヴェルナントはそれに対して答えられない。


「いや、責めているわけではない。竜石が枯渇した状況になっても、教皇派……いや、トリエント全体が竜石を前提とした生き方を変えられなかった時点で、破綻していたんだ。いずれこの時は来た」


「……」


 見張りの時だから、話のときに顔の向きを変えることは幾分やりやすい。ヴェルナントは返答をひねり出そうと視線を夜空へ向ける。今夜は星がよく見える。月は有明月だから、朝が近づかないと見えてこない。数日過ぎれば新月だ。


「ルネ、鉱山は新月の夜に変わったことはなかったかい?」


 ルネは長く鉱山で過ごしている。もしかしたらバーネットが襲われたという、新月のバケモノについて知っているかもしれない。


「新月に? バーネットにも訊かれたことがあるが……。鉱山の運営が順調だったころの記録でも、新月の日は毎回行方不明者、死者が出ていた。労働者たちの間でも新月付近の採掘は絶対にやめておけ、と噂になっていたよ。最近では行方不明者も死者も珍しくなくなってしまったから、訊かれるまで思い出せなかったがね」


 バケモノが出た、という話にはなっていないようだ。……見た者がすべて生きて帰っていない、という話なのかもしれないが。


「それより、ミュウと仲がいいみたいだな」


「……今その話するのか?」


 ―――あとは他愛のない話をして見張りは何事もなく終わった。




 早朝、打ち合わせ通りマシアスがテンベルクに向けて飛び立った。明日には宣戦布告がなされるはずだ。鉱山のほうでは、シズヤがアタリをつけた場所で竜石を効率的に採掘している。古参の労働者は両手に抱えた竜石を見て驚いていた。バーネット、ルネたち鉱山の騎士の管理職は教皇派が鉱山を取り戻す場合にどのように攻めてくるかを想定していた。ヴェルナントも食料品の残りを記録した後、同席する。シズヤもついてきた。


「……黒の魔剣の魔力が解放されることはあるだろうか?」


 昨夜ヴェルナントの頭の片隅にあった懸念をルネが口にする。


「テンベルクが宣戦を布告するから、アウステーラ城を吹き飛ばしたような一発撃てばしばらく使えなくなる規模では使ってこないと踏んでいる。鉱山で撃てば教皇派も瓦礫の下敷きだ」


 さすがに鉱山全体を吹き飛ばす威力は無いと思いたい、とバーネットは付け加えた。


「……一応、橙黄の鉱山全体の竜石を使えばもしかしたらできるかもしれんのう」


 恐ろしいことを言うシズヤ。


「その場合はヴォルテイルが鉱山に向けて動いているはずだ。お付きの竜騎士で移動することが多いから、橙黄の鉱山上空を見張らせよう。テンベルクから応援の竜騎士も来る。最悪鉱山は放棄するぞ。竜石は持ち帰るがな」


「……」


 ルネの顔が曇る。その状況は『緋色の剣』の旗色が明らかに悪い状態だ。トリエント国内の騎士たちの家族に危機が迫る確率が上昇する。


「さて、地上から攻めてくる場合だが……」


 教皇派の攻めを想定した軍議は夕飯のあとも続けられることになった。




 昨夜とは打って変わって簡素な夕飯だ。とはいえ、今回はティアーナが食事を作ったそうなのでヴェルナントは楽しみにしていた。ティアーナとフリードも同席し、楽しい夕飯となった。―――突然ノックが鳴る。急な知らせか?と一同に緊張が走る。ドアが開けられると、思ってもみない人物が立っていた。


「―――カルス……!」


 ティアーナが口を両手で覆う。ヴェルナントも驚く、もう、死んだものと思っていたのだから!


「よかった、あなたが、こうして―――」


 涙を浮かべるティアーナに対してのカルスの反応の薄さに、違和感を覚える。右手は震えながら腰の剣を抜こうとしていて、、左手がそれを押さえている。何か言いたげな口の端からは、黒い霧のようなものが漏れてて、―――猛烈に、嫌な予感がした。


「に……げ……」


 カルスの目の焦点が震えたのとは対照的に、手の震えは止まり、腰の剣を抜き放つ。


「カルス?」


「―――姉上!!」


 ティアーナを突き飛ばす。そして、


「ベル!!」


 ヴェルナントは、胸を貫かれた。


「「―――あ、あああああああ!!!」」


「動くな!おとなしくしておれ!」


 朧げな意識の中、カルスの震える叫び声と、ティアーナの悲鳴と、重なる怒号と、強い光が最後にヴェルナントが感じたものであった。




「ベル!死ぬんじゃねえぞ。ティア!シズヤ!」


 バーネットがヴェルナントの止血の処理をしながらティアーナとシズヤを呼ぶ。先ほどの侵入者―――ティアーナはカルスと呼んでいた―――はヴェルナントを刺した後、シズヤから魔力を浴びせかけられ、おとなしくなった。椅子に縛り上げられている。


(それより、こっちだな)


 半狂乱のように叫んでいたティアーナを落ち着かせ、シズヤと一緒に治療を開始させる。


(滅ぼされたストーナー家の嫡男、旗印として、戦力として、何より仲間として失うわけにはいかねぇ)

 

 出血は止まっている。息も吹き返したようだ。


「バーネットもじゃが、ベルの悪運も大概じゃな」


「……ベル、良かった……。……?」


 ティアーナは違和感を感じた。少しでも治癒が進むように、途中から緋色の竜石をペンダントから外して直接当てていたのだ。少し強く押し付けていたのだろうか。傷口に浅く潜り込んでしまっている。


「これ、離したほうがいいでしょうか?」


 外すのはまだ早いかもしれないと、シズヤに確認をする。シズヤはカルスのほうを凝視していた。


「……うん?どれどれ……」


 シズヤがヴェルナントの傷のほうに顔を向けたとき、触れてもいないのに、緋色の竜石が傷口に潜りこんでしまった。


「え!?」


「……いかん。これは、どうしようもない。無理に外せばベルが死ぬ。それと、こっちじゃな」


 シズヤはまたカルスのほうに顔を向ける。カルスも意識を取り戻したようだ。頭を振り、周囲と自分の状況を見て、そして倒れているヴェルナントを見て言葉を失っている。


「―――私は、なんという……」


「おっと、舌を噛むんじゃないぞ、カルス。沙汰は下るだろうが事情をしゃべってもらってからだ」


 フリードが布をカルスに噛ませる。


「……ヴェルナントは死なずには済みました。あなたが囮を買って出たから、私たち姉弟の今があります。話すのは死ぬよりつらいかもしれませんが、あの後貴方になにがあったのでしょうか」


「それは……」


 布を外されたカルスは語り始めた。ティアーナとヴェルナントを逃がした後、屋敷内の案内をさせるため捕虜となったこと。前回の新月の夜に、黒い霧のようなものを取り込まされ、身体を乗っ取られたこと。


「クウヤ、と呼ばれているようでした。ヴェルナント様くらいの少年に見えました。彼の手から身体が、黒い霧になり、私の身体に入り込んできたのです」


「……」


 クウヤの名を聞いたシズヤの表情が沈む。


「……それで、乗っ取られたままここに来たんだな」


「……ヴェルナント様……!」


 ヴェルナントが意識を取り戻した。呼吸をゆっくりと長くしている。


「ベル、あなたは……」


「重要な、話だと、思う。……自分の耳で聞かなければ」


 ヴェルナントは椅子に身を預けて、息を切らしたような呼吸をしてはいるが、意識はカルスの言葉に向けていた。緋色の竜石はかすかに光が波打っているようだ。もしかしたら、心臓の鼓動と連動しているかもしれないとティアーナは思う。カルスの話は続く。


「私の身体を乗っ取った理由は、クウヤが新月の夜、短い時間しか動けないことを不便に思ったからでした。私の身体を乗っ取った間は夜の間、出歩き、ヴォルテイルと手合わせをすることができるようになりました」


 新月のバケモノはそのクウヤという少年だったのか?ヴェルナントとバーネットの視線がかち合う。同じことを考えていたようだ。


「そして、新月の前の夜に、ここに来たのです。緋色の竜石をたどってきたようです」


「……シズヤと同じように竜石の魔力をたどれるのか」


 バーネットがシズヤのほうを見る。シズヤはまだまだ話していないことがあるのだろう。ここまでの状況になったのなら、話してもらわねば。


「……あとで話す。それより」


 バーネットに小さい声で返答したシズヤはカルスの手を掴む。


「カルスといったな。オヌシ自身わかっていると思うが、まだクウヤの気配が残っておる。また先ほどのように乗っ取られかねん。クウヤの残り香である黒い霧を竜石として凝結させるが、……その際カルスの血をかなり巻き込んでしまう」


「……私は主君を害した身です。生きるつもりもありません。どうか、遠慮なく」


「……そうか」


 カルスの返答を受け、シズヤはカルスの右手を掴み、掌をシズヤの抱える珠の上に乗せる。


「……シズヤ様……!」


「姉上」


 ティアーナをヴェルナントが呼び止め、何かをささやく。同時に、カルスの掌を光の刃が貫き、血が噴き出る。


「……!」


 カルスは歯を食いしばっている。


「血に交じって黒い霧が……!」


 もはや儀式と呼べるような現象にフリードが感嘆とも呼べる言葉を述べる。カルスの血が床に広がっている。ヴェルナントとティアーナは手をつなぎ、意識をシズヤとカルスに向けた。


「……」


 血を失い、カルスが再び気絶したのか、頭を垂れたと同時に、キィン、という金属同士がぶつかったような音がして、黒い結晶がカルスの血にまみれた床に転がった。


「終わったのか?」


「ああ」


 言うが早いか、シズヤの返事を待たずにヴェルナントはティアーナに支えられ、カルスのほうに歩み寄り、手を握る。


「姉上と同じことを言うが、カルスがいなければ今の私たちはなかった。勝手に死ぬことは許さない。己が許せないというのなら、これからも私たちを助けてほしい」


「……」


「だから、目を開けてください。私には、私たちには、あなたが必要なんです。カルス」


 ヴェルナントとカルスの手を握ったティアーナは涙を浮かべながら訴えた。そして……、


「……ヴェルナント様、ティアーナ様……」


 カルスは意識を取り戻した。先ほどまでの嫌な気配はしない。シズヤも観察する。


「うむ、残ってはおらんな。さてと」


 黒い結晶を拾い上げる。


「フリード、以前作らせた封箱を持ってくるのじゃ。一番できの良いやつじゃぞ。これを入れておく」


 返事をしたフリードが足早に部屋を出ていく。


「緋色の竜石の癒しの奇跡は以前と同じように行使できるみたいだな」


 バーネットが少し安心したような声を出す。


「……むしろ、正道ではないが、魔力は増しておるのう。魔力の器としての大きさも」


「結果としてはよかった、のか?」


 シズヤの所見に、ヴェルナントは少し安心できた。


「……ベル個人にとってはどうかの?本来人間の身体で耐えられるものではない。おそらくあと10年も生きれんぞ」


「「「!!!」」」


 ヴェルナントとティアーナに衝撃が走る。それ以上にカルスの表情に驚愕と絶望が浮かぶ。またフォローしなければ。


「なんでカルスが本人より絶望しているんだ。黒の魔剣への対抗手段への確実さが増した―――、いや、カルスはまだ事情を知らなかったな。とりあえず、悪いことではない!バーネット、説明を頼みたい」


 バーネットたちも交えて、これまでのことを説明する。その間にフリードも戻ってきていた。


「師匠、この黒い結晶はそのまま封印してしまうのか?」


「いや、この結晶をつかえば向こう側の、クウヤの動向をある程度は掴めるかもしれん。泡を食わされたが、せいぜい利用させてもらうさ。クウヤも同様にこちらを感知してはいると思うがの」


「もうお互いに隠れて行動はできない状態ってわけか」


 バーネットの言葉にこの場の全員が腹をくくっただろう。宣戦も布告されるし、これからは表の戦いが多くなる。


「……ところで、ヴェルナント、このような事態になってしまいましたから、跡継ぎをはやくつくりなさい」


「それここでする話ですか、姉上!?」


「あー、まあベルの齢ならそういう話が出てきてもおかしくないな。……で、相手はいるのか、ベル」


「止めてくれ、バーネット。跡継ぎの話なら姉上に然るべき婿を迎えてもいいはずだろう?」


「結構いい感じになっている女性がいますよね?」


「!??」


 先ほどまでの少し重たい空気は吹き飛んでしまった。カルスはどんな顔をしていいかわからない。カルスを縛りつけていたロープが解かれる。


(誠心誠意、お仕えさせていただきます)


 ティアーナたちにいじられるヴェルナントを見て、懐かしいかつての情景を思い出しながら、カルスは決意するのであった。

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