翡翠の鉱山 総督デカルテス
13章 翡翠の鉱山 総督デカルテス
翡翠の鉱山の5合目くらいに、広く開けた場所がある。そこに鉱山の総督府は置かれていた。鉱山とはいえ、一つの集落といっていいほどの人が集まり、鉱山以外でも農場や技師として働く者もいる。翡翠の鉱山の総督であるデカルテスも総督府をそのまま住居としており、使用人や騎士たちを従え暮らしていた。家族に先立たれ、竜神教に入信し、鉱山の総督になり10年。鉱山が滞りなく運営され、蓄財に励むことが彼の生きがいとなっていた。
しかし、人生はままならないものだ、とデカルテスは改めて思う。鉱山の竜石の産出量は急落し、財産を切り崩しながら鉱山を運営する状況に陥っている。死後に持って行けるものではないとはいえ、身を切られるような思いだ。脱走者も増え、見張りの騎士たちの不満を隠せない状況だ。
「……」
総督府の屋敷から見える橙黄の鉱山を見据える。橙黄の鉱山の総督であるコルベールとは1年近く顔を会わせていないが、やはり同様の状況になっているのだろうか?
考えにふけるデカルテスであるが、慌ただしい足音に思考は中断される。騎士の中で大怪我人でも出たのか、と首にかけている竜石を手で撫でた。勢いよく扉が開かれる。
「失礼します!総督、反乱です!」
「……つぶせばよかろう」
来るべき時が来たと思ったが、総督府に務めさせている騎士たちは手練れの集まりだ。労働者たちの反乱などものの数ではない。しかし、付け加えられた情報はデカルテスに衝撃をもたらした。
「第2区画の騎士、ルネ=テリングが首謀者です!レジスタンスを名乗り、労働者たちがほとんど合流しています!」
「……なんだと?」
デカルテスはルネのことは知っていた。騎士の中に女性がいる、というので彼の中では目を掛けてやっていたつもりではあった。真面目で実直。同僚や労働者たちから信頼が厚い人物で、デカルテスに陳情をしてくることもあったのだ。
「陳情を聴いてやっていたというのに……。調子づきおって……」
かわいさ余って、憎さ100倍、という言葉の通り、彼女に対する多少の哀れみや尊敬は怒りという炎にそそぐ油となっていた。
「……仕事だ、ハウザー!」
「……了解」
部屋の中で気配を消して佇んでいた剣士を呼びつけ、戦闘用の竜石を用意する。第2区画はここと近い。総督府を攻撃、制圧し、鉱山ごと乗っとる腹積もりだろう。……良いだろう、返り討ちにしてくれる!この鉱山は渡さん!
デカルテスは本部区画の騎士たちに召集を掛け、迎撃の体制を整えるのであった。
この5日間、最善を尽くしたつもりだ。ルネは総督府のある本部区画までの道を進んでいた。彼女が首謀者である、ということにしたほうが労働者はまとまるし、騎士たちの動揺を誘えるだろう、とバーネットが提案したので彼女は先頭集団にいる。
「さて、第2区画でわかりやすく反乱する、と宣言したから労働者たちが集まったが、相手は迎撃態勢を整えるだろう。本部区画の中での守りの要所は頭に入っているな?」
ルネの後ろにいるバーネットが確認をするように尋ねている。彼の後ろにいる者たちの正体はこの5日間の間に知ることになったが、驚く者たちばかりだ。まず、竜の少女であるというシズヤ。貴族の子女であるティアーナ、ヴェルナント、フリーデン。脱走者であるリック、ロック。志願して参加したというミュウ。別働隊として動く天馬騎士エミ―、テンベルクの竜騎士マシアス。テンベルク王であるアルクインの後ろ盾があるとはいえ、トリエントの教皇派全体を敵に回して戦うレジスタンスがいるとは思いもしなかった。自分がそのレジスタンス『緋色の剣』の一員として参加することになることも。
「ルネが労働者を引き連れ、陽動として敵の正面に立ち、敵の目を引き付ける。それを横から地上の別働隊で攻撃。他は竜舎を制圧しに行く。エミ―とマシアスが遊撃。フリードが竜石による要所への攻撃を試みる」
ヴェルナントが答える。
「地上の別動隊の指揮は任せる。俺は竜舎のほうを制圧したら、総督府の屋敷の中に行くぞ。けが人は後ろに退かせてティアとシズヤに治療させてくれ。……よろしくな」
「ああ」
領主の息子として教育を受けてはいたのだろうが、若干15、6の少年を抜け出す時期のヴェルナントの振舞をルネは頼りにしてもいい、と評価した。父親の仇を取り、領地を再建することを目指していると聞いたが、彼らならば心配はいらないだろう。
「門が見えたぞ!」
後ろの集団に聞こえるように、ロックが大声で叫ぶ。
「行くぞ!戦士たちよ!」
まさかこんなセリフを吐く機会があるとはな、と思いながらルネは労働者たちを率いて門をくぐるのだった。
ルネたちの前に、整列した騎士たちが並ぶ。数名の竜石の使い手―――魔導士もいる。自分たちの仕事は敵を倒すことではなく、生きて敵の目を引き付けること。形式的に弓を構えさせ、相手を牽制しながら距離を保つ。
「この人数で反乱を起こすとは、自暴自棄にでもなったのか?」
相手の騎士たちからそんな言葉が聞こえてくる。顔なじみもいるが、今は戦う相手だ。人数の少なさから、別動隊の存在は悟られるかもしれない。少し、前に出るべきだろうか。
と、思案していたが、騎士たちの後ろから爆炎が発生し、何人か巻き込まれた。遊撃隊のフリーデンが上空から竜石の魔力を行使したのだ。難を逃れた騎士たちがこちらに突撃してくる!後退しながら簡素ではあるが盾を構えさせた者を前に出させる。ルネ自身も盾を構えた。
「……無理はするなよ!生き残ることが勝利だ!」
「「「おお!!!」」」
ルネの鼓舞に労働者、いや戦士たちは雄叫びで応える!
「―――水を差すようだが、この戦いに勝たなければ」
ヴェルナントは別動隊に突撃の指示を出し、自身も先頭を駆ける。ちょうど総督側の騎士たちの横を殴りつける形になった。
「隊長!右手から別動隊です!」
「なんだと!」
奴がこの部隊の長だろうか。拘束できればここでの戦闘は終了できるだろうか。バーネットはここの騎士たちも労働者たちと同様に戦力として取り込みたいようであったし、後々のことを考えればお互いの犠牲者はなるべく少ないほうがいい。
「ダン、あそこに敵の隊長がいる。私が相手をするから、拘束してくれ。ここでの戦闘を終わらせられそうだ」
「なるほどな、暴れるのはまた後にしといてやるよ」
敵の隊長との間合いを詰めていく。こちらの突撃に気づいた何人かが戻ろうとしているが、ヴェルナント達のほうが先だ。切り込みつつ、露払いを任せ、敵隊長に迫る。直前に一呼吸置き、敵隊長に一気に踏み込んだ!
「!?」
敵隊長のとっさに構えた盾を影に、ヴェルナントは低い姿勢のまま相手のすぐ後ろまで駆けながら、剣を振り抜く。肉を断つ手応えを感じる。左の大腿の裏を深く切り裂かれた敵隊長は左脚から崩れ落ちた。
「……俺は要らなかったんじゃないか?」
「露払いは必要だし、私では背が足りなくて」
「それもそうか」
武装解除をし、左脚の付け根を縛り簡単に止血をする。
「全員、武器を捨てよ!そなたらの隊長はこちらの手に落ちた!本部を落とした後はそなたたちにも竜石による治療を行う!」
ヴェルナントの声に敵の騎士たちに動揺が走る。
「改めて告げる。武器を捨てよ」
この場での戦闘は終結し、武装解除が行われようとしたとき―――、ヴェルナント達の頭上に、巨大な火球が現れていた。
「上だ―――!! 全員!退避―――!!」
フリードの叫びが響き渡る。戦闘の舞台となっていた通路が炎に包まれる。倒れていた者たちも炎に包まれる。―――総督の屋敷からこちらに射線が通っている。迂闊だった……!フリードが竜石の魔力を行使するなら当然、デカルテスも同様に行使できるのだ。
「……っさすがに!……っやばかった!」
ダンが息を切らしている。敵隊長も抱えられたままだ。しかし、その眼は総督の屋敷のほうを向いていた。
「……我々ごと、攻撃、するとは……」
「……とりあえず、この場を収めたい。協力していただけないか」
「……」
ヴェルナントの提案にゆっくりと敵隊長は頷くのであった。
「ふははは、秘蔵の竜石を使ってみたが、なかなかのものだな」
竜石を行使する仮面を外し、総督の屋敷からデカルテスは町のほうを覗く。
「……総督さまの町じゃなかったのかい?」
傍についていたハウザーがこぼす。
「こ奴らに渡すくらいなら、潰す!ここは、わしの、ものだ!」
「……」
とっととおさらばしておくんだった、とハウザーは後悔していた。宝をくすねようとして機会を伺っていたが、なかなかデカルテスが隙を見せなかったのだ。財産に対する執着は相当なものだと見受けられる。
「さて、次は……」
デカルテスは次に行使する竜石を見繕っている。その時、ハウザーには窓に飛竜の影が見えた。男が2人乗り込んでくる!
「窓の光が見えたから来てみたが、当たりだな」
「……地上部隊が無事だといいのだが」
無精髭と、竜騎士だ。竜騎士のほうは紋章は見当たらないが、あの鎧の形は確かテンベルクのもののはずだ。ハウザーの中で天秤がさらに傾く。
「!? 侵入者だと?ハウザー!叩き斬れ!」
……構えるが、戦意は感じさせないようにした。相手も察しているようだ。
「今度はこの竜石であの女騎士どもを―――」
天秤の皿が地面を舐めたと同時に、ハウザーはデカルテスに剣の柄を叩きつけた。あっけなくデカルテスは気を失い、竜石とともに床に転がる。バツの悪そうな顔を無精髭と竜騎士に向けた。
「あんたも、俺たちと来ないか?」
バーネットがハウザーを『緋色の剣』に誘う。
「……世話になる」
剣を収め、ハウザーはバーネットとマシアスに向けて右手を差し出すのであった。
次の攻撃に備えてレジスタンスの体制を整えようとしていたヴェルナントは、マシアスの飛竜であるフレンタスが窓に向かっていたのを見た。攻撃するときに窓が光っていて、それで見当がついたのだろうか。何人か率いて屋敷に向かおうと人員を見繕っていると、
「総督デカルテスは捕らえた!!」
「我々レジスタンスの、『緋色の剣』の勝利だ!!」
バーネットとマシアスの叫び声が響く。声のほうを向くとマシアスがローブを槍に突き刺し、窓から見せつけている。
「あのローブは……」
「色からしてデカルテスが身に着けていたものだ。首尾よく制圧できたようだな」
後方にレジスタンスを下がらせ、武装解除と編成をしていたルネがヴェルナントの傍に立った。
「屋敷の中に抵抗するものが残っていないだろうか?」
「ケイス殿―――先ほど投降した隊長だ、彼によれば屋敷にいる騎士の数は少なく、使用人たちのほうが多いようだ。士気の低さからして、屋敷の中の者たちも投降する可能性が高いな」
「一応屋敷に行ってくる」
「……私も行こう」
数名を率いて屋敷に向かう。途中でエミ―、フリードとも合流した。
「敵部隊の後方に火を落としてから、竜舎のほうに向かっていたのだが、屋敷のほうから光が見えたんだ。バーネットはマシアスと一緒にあっという間に屋敷に飛んでいってしまったよ。……叫ぶだけで精いっぱいだった」
「私もセイルもびっくりしましたよ~。フリーデン様はあんな声出せるんですね」
「でもあの叫びがなければ甚大な被害が出ていた。ありがとう、フリード」
昔はよく必殺技を叫んでいたものな、と懐かしいことを思い出す。やがてヴェルナント達は屋敷にたどり着いた。
「……ハウザー」
ルネは雇われの剣士の姿を見て少し驚いたが、制圧が迅速に進んだことに納得した。
「俺もレジスタンスの世話になることにしたぜ。よろしくな、騎士様」
ルネの予想通り、デカルテスが捕らえられたあとは屋敷の者たちは抵抗することはなく、武装解除と屋敷と本部区画の検分が進められた。一つの町としての運用が考えられており、レジスタンスとして残る者たちの食料にしばらくは困らなくて済みそうだ。屋敷内にある宝と竜石は、『緋色の剣』に竜石を多めに分配し、宝は鉱山を降りる者たちに多めに分配した。
その後、この戦いでの負傷者の治療と斃れた者たちの埋葬を行う。重傷者はティアーナとシズヤが竜石で癒した。以前はデカルテスが担当をしていたそうだが、めったに行うことはなかったらしい。
「ルネ殿。私たちの中にはトリエントに家族を残して単身でここに勤めていた者がおります。私は敗軍の将ですが、彼らを連れていかねばなりません」
脚の治療を終えたケイスが悲壮な表情でルネに『緋色の剣』には参加できない、と伝える。しかし、このままトリエントに帰らせても彼らに待つのは厳罰だろう。彼らの家族も危ない。
「バーネット、この戦いの詳しいことはまだ外には伝わってはいないだろうか」
「ん、密偵らしい奴は見ていないが。ベル、どうしたいんだ?」
「しばらくは鉱山の運営を続ける、というのはどうだろうか。竜石自体は効率よく探せるのだし。デカルテス自体も死んではいない。いずれは露見するだろうが、それまでは安全に採掘ができるのではないだろうか」
「……あと数日で新月の夜を迎えることになるから、鉱山からはみんなの慰安もかねてテンベルクへ戻るつもりだったが、それも手かもしれんな。騎士たちも帰らせずに済む」
バーネットが考え込んでいる。
「まずは、この鉱山の騎士、使用人で残っている者たちの点呼、埋葬者との照らし合わせで、把握していない鉱山を降りた者がいないかの確認か。竜舎の騎獣の数の確認も必要だな。……ルネとケイスにも手伝ってもらうか」
「……デカルテスは尋問するのか?密偵がいるかどうか、このような事態になったときの連絡手段があるか」
「尋問のほうは俺がやろう。ベルはルネとケイスに人員の確認、点呼をさせてくれ。その後竜舎の騎獣の頭数を数えて、屋敷に騎獣の目録があったから、それと照らし合わせる。不足していたら行き先を知りたいところだが、反乱のことを知らせに行ったと考えて行動するべきだな」
戦闘は終了したが、その後の処理のほうが何倍も大変だ。やるべきことをメモに書いて改めて確認し、本部区画内を走り回る。騎士の人員の確認はルネとケイスの助力もあって、その日のうちに終えることができた。
走り回ったヴェルナントに痛感したことがある。鉱山の騎士や労働者を含めれば2000人を超える組織に急激に膨れ上がってしまった。騎士たちの分の名簿はあるのだが、労働者たちの名簿の管理はいい加減なものであった。とりあえずの管理体制を作り上げなければならない。鉱山での労働区画をそのままあてはめ、騎士たちに管理してもらうか?頭が破裂しそうだ……。
「……一人の頭で考えることでもないな」
晩飯を腹に入れて、みんなで考えよう。ヴェルナントは屋敷の庭に向かう。今夜くらいは戦ったみんなで楽しまなければ。今晩は総督府の食料の残りに注意しつつ、宴を行うことになっている。
「ヴェルナント様!始まってますよ!」
「ミュウ、今用事が終わったんだ。何かおいしそうなものはあるかい」
「じゃあ、これがオススメです!こんなおいしいの食べたことないです!」
揚げ物……コロッケか。油を贅沢に使わないとできない料理だ。ヴェルナントもなかなか食べられるものではない。
「いただこうか。……あ」
同時に手が伸びる。ごつごつとした働く男の手だ。ダンがコロッケの最後の一つに手を伸ばしていた。
「……ダン、君が食べてくれ」
「……! いいのか、ベル」
「ダンがいなければケイス殿は助かっていないし、ケイス殿がいなければ私の用事が終わっていなかった」
「そういうことなら、ありがたくもらうぜ。……!! うんめぇ~」
ヴェルナントの言ったことは事実だ。ケイスがいなければ騎士たちの確認は今日中に終わる者ではなかっただろう。しかし、今になって惜しむ気持ちがふつふつと湧いてくる。ダンは美味しそうに食べるものだなぁ……。
「……あの」
ミュウがヴェルナントに皿を差し出す。半分になったコロッケが乗っている。
「食べかけですけど、ヴェルナント様。……やっぱり嫌ですよね」
指がわなないたので、手を後ろに隠す。喉がごくりと唾を飲み込む。ミュウと顔が合ってしまった。……目をそらされたが、真っ赤になっているのがわかる。口周りに衣が付いている。
「……も、もったいないしな!うん、ありがたく頂くよ」
早口になった。口にコロッケを放り込んだが、味がわからない。しかし、嫌な感じはしない。ごくりと飲み物を流し込む。沸騰していた頭が多少は冷えた。
(べ、ベルが私の食べかけを食べたぁあ……。差し出したのはあたしだけど、恥ずかしいぃ……)
少し離れた場所にいたティアーナは微笑ましいものを見るように、目を細める。
(お父様とお母様の婚約が決まったのは16のころだと聞きましたね―――。状況が状況だし、エミーとくっつけようとするよりは現実的かしら?)
彼女は一応ストーナー家の年長である。跡継ぎのことを考えねばならない立場なのだ。
宴の夜は更けていく。この後、戦士たちはどのような運命をたどるかはわからないが、暗く曇る日も、明るい夜もあるのだ。




